第16話 もうあきらめよう

学生会室の窓から中庭を見下ろす。

そこには誰もいない。わかっているけれど、確認するのをやめられなかった。


「……本当に令嬢たちといるのをやめたんだな」


「アルフレード様」


「探してたんだろう?婚約者が令嬢といるんじゃないかって」


「はい。まさか本当にいなくなるとは思っていなくて、

 そのうち警告を忘れて令嬢たちと過ごすようになるんじゃないかって」


「……大丈夫なのか?」


エラルドなら、私が言ったことを忘れて、

いつもと同じように令嬢たちと過ごすだろうと思っていた。

だから、それを理由にして婚約解消しようとしていたのに。


あれ以来、エラルドは令嬢たちと一緒に過ごさなくなった。

授業が終わればすぐに帰ってしまう。

ブリアヌ侯爵家で監視させている使用人からの報告でも、

侯爵家の屋敷に令嬢たちは来ていないとのことだった。


あと少し。あと一か月もすれば学園を卒業する。

そうなれば、エラルドをカファロ領地に連れて帰って、

結婚しなければいけなくなる……。


アルフレード様に返事ができずにいると、エルネスト様に聞かれる。


「なぁ、ディアナ嬢。本当に後悔しないのか?」


「後悔ですか?」


「ああ。あんな男と結婚して、うまくいくと思うのか?」


エラルドと結婚……想像できない。

十歳で婚約したけれど、ほとんど一緒にいたこともない。

交流らしい交流をしてこなかったのに、結婚してうまくいくだろうか。


「うまくいかないかもしれません。

 ですが、ブリアヌ侯爵家を敵にすることはできません」


「それは……そうだけど。でも、わかっているのか?

 結婚ってことは、あの男と子どもを作るんだぞ?」


「それは……」


エラルドと子どもを作る。

婿にするんだから当然のことなのに、ぞくりとする。

そんなこと、できるんだろうか。

エラルドにこの身体を任せることを想像したくなかった。


「ほら、耐えられないだろう」


「それでも……貴族として、カファロ家を継ぐものとして、

 家同士の契約を一方的に破棄することはできません」


「……公爵家の力を貸そうか?」


「え?」


「カファロ家でも調べたんだろうけど、うちの力なら、

 もっと詳しく調べられると思う。

 きっとあの男の過失がでてくるはずだ」


コレッティ公爵家の力を借りる?

たしかにそれならカファロ家が監視するよりも詳しい情報が手に入るだろう。

力を借りたい……だけど、ぐっと我慢する。


「いえ……そこまでは」


「ディアナ、エルの申し出を受けてくれ」


「いいえ。そんなことをすれば、コレッティ家とブリアヌ家の仲が悪くなります。

 宰相の家ともめたりしたら、王妃様が困ることになります。

 私のことで、そんなことは望みません」


「だが……」


まだ何か言おうとしたアルフレード様に静かに首を振る。

こんなことで内政が荒れるようなことはしてほしくない。

そんなことをすれば、エルネスト様だけでなく、

アルフレード様の評判も落ちてしまう。


「エラルドが令嬢たちと会わなくなったというのなら、

 私と、カファロ家と向き合ってくれる気になったのでしょう。

 今は難しいかもしれませんが、いつかお互いに信頼しあえるようになったら、

 エラルドを受け入れられるかもしれません。

 いいえ、受け入れられるように私も努力しなくてはいけないと思います」


エラルドが嫌だなんて言えない。だけど、時間が必要だ。

結婚してすぐに閨を共にするのは無理だとしても、

いつか受け入れられるように……


忘れなくてはいけない。アルフレード様への気持ちを。

学園での思い出だと、すべてを封じてしまわなくてはいけない。


「……いつでも、困ったことがあったら頼ってくれ」


「え?」


「ディアナは俺の、俺たちの仲間だ。

 同じ教室で学んだ仲間だから、頼ってほしいんだ」


「アルフレード様……ありがとうございます」


「俺は……まだあきらめないぞ」


「エルネスト様?」


「まだ、決まったわけじゃない。

 ディアナ嬢の心配することはわかった。

 公爵家の力は使わない……俺にできることはさせてくれ」


「……わかりました」


本当はもう何もしてほしくなかった。

婚約解消できるかもと期待して、あきらめるのが嫌だった。

期待した分だけ、あきらめるのがつらくなっていくから。


だけど、エルネスト様の目が真剣で、断ることができない。

仕方なくうなずいたら、アルフレード様もほっとした顔になる。


あと一か月なんだ。

そうしたら、もうこんな風に三人で話すこともできなくなる。


暗くなる前に学生会室を出て、寮に戻る。

部屋には一通の手紙が届けられていた。

それは、エラルドからの手紙だった。


手紙には令嬢たち三人のことについてきちんと話し合いたいと書かれていた。

心臓がどくんと大きく鳴った。

……エラルドはまだ令嬢たちといることをあきらめていない?


もう期待しちゃだめだとわかっているのに、もしかしてと思ってしまう。

はやる気持ちを抑えながら、朝が来るのを待つ。




エラルドへの返信に、話し合いたいので学生会室へ来てほしいと書いた。

この時期は学生会の仕事も少ない。

中庭のように人目がつくところで話をするわけにもいかないし、

立会人としてエルネスト様にお願いするつもりだった。


だが、授業が始まる前にエルネスト様にお願いすると、

アルフレード様もついてくると言って聞かなかった。


「アル、お前がいると令嬢たちが黙るかもしれないだろう」


「だが、お前だけに任せるのは……」


「学生会室なら、奥に隠れる場所があるから、そこで聞いていればいい。

 ディアナ嬢を守りたいなら、相手を油断させておかないと」


「……油断か。わかった。奥で聞いている。

 それでいいか?ディアナ」


「ええ。お二人がいてくれるなら安心です。

 授業が終わった後、よろしくお願いします」


きっとこれが最後の機会。

早く授業が終わってほしいと思いながらも、不安で仕方がない。

エラルドが何を言ってくるのか、そればかり考えていた。




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