第10話 近づく距離

「婚約者と踊った後、令嬢三人と踊る気なのか」


「すごいな。あれで浮気じゃないって……」


呆れたような声で振り返ると、アルフレード様とエルネスト様だった。


「もうあきらめてます。

 というか、お二人は相手を探しに行かないんですか?」


「探さないよ」


「え?最低でも一度は踊らないと」


この授業では、令息は最低でも一度は踊ることになっている。

おそらく、令息が誘わないと授業にならないからだと思う。

令嬢は誘われないこともあるので、踊らなくても問題にはならない。


二人は少なくとも一人、踊る相手を探しに行かなくてはいけないはずだ。

こんなところでのんきにエラルドの話をしている場合ではない。

それなのに、二人は私を見てニヤリと笑った。


「踊っていただけますか?ディアナ」


「は?」


「ほら、行こう」


「ええ?」


驚いているうちに強引に手を取られ、アルフレード様に連れて行かれる。

あちこちから令嬢たちの悲鳴が聞こえる。


「えええ?どういうことです?」


「ディアナと踊れば後は踊らなくて済むだろう」


「私と??なんでですかぁ?」


「俺が誰か選んだら、その令嬢が婚約者になってしまうだろう」


「だから私なんですか……婚約しているから」


なるほど。婚約者がいない令嬢を選んでしまったら、

アルフレード様がその令嬢と婚約したいと思われてしまう。

まだしばらくは婚約者を探さないと言っていた。


仕方ないか……令嬢ににらまれるけれど、

普段からいろいろと助けてもらっているんだし、

このくらいは我慢しよう。


私たちを見ている令嬢の方はなるべく見ないようにする。

見ていないのに、全身に視線が刺さっているような気がして怖い。


曲が始まって、アルフレード様と距離が近づく。

右手をつないで、左手はアルフレード様の腕にそえる。

そっと、私の背中にアルフレード様の手がふれる。

大きくて骨ばったような感触……


あれ……そういえば、こんなふうに手にふれるのは初めてだ。

すぐそばにアルフレード様の身体があることにどきどきして、

見上げるのが怖くて顔が上げられない。

アルフレード様の胸の辺りや腕を見ても緊張してしまって、

どこを見ていいのかわからなくて困る。


「……もしかして緊張しているのか」


「え……あの、ちょっとこの距離が近くて」


「さっきは平気そうに踊っていたが、婚約者だと違うのか」


「……エラルドだと、どうでもいいからかも」


言ってしまった後で、なんでこんなことを言ってしまったんだろうと思う。

これではまるでアルフレード様だから緊張しているみたい。


「俺は……ディアナが婚約者だったらと思う」


「え?」


「俺がディアナの婚約者なら、他の令嬢なんかとは踊らないのに」


「……ありがとうございます?」


他の人に聞こえないようにするためなのか、

さっきよりも近づいてアルフレード様がつぶやく。

まるで耳元でささやかれたようで、声が響いて聞こえる。


「信じてなさそうだな」


「そんなことないです……よ?」


「ほら、笑ってごまかそうとする。

 俺はディアナに婚約者がいなかったら、

 迷わずディアナに婚約を申し込んだだろう」


「……それは」


今もエラルドとの婚約は継続している。

あの三人とエラルドの関係が変わらない限り、

私はエラルドと結婚して領地に帰らなくてはいけない。


それに、婚約者がいなかったとしても、

王族に残るアルフレード様との結婚はできない。

私はカファロ領地に戻らなくてはいけないのだから。


思わず見上げてしまったら、アルフレード様と視線が合う。

そのまま目を離せずに、見つめ合ったまま踊る。


「……破壊力がすごいな。

 そんな風に頬を赤くしていたら、勘違いしてしまいそうになる」


「……申し訳ありません」


「怒ったんじゃないよ……俺が勘違いしたいだけなんだ」


「アルフレード様……」


勘違いなんて、させていいわけはない。

ただ、こんなにもアルフレード様が近く感じられて、

音楽よりも心臓の音がうるさい。


冷静になろうとすればするほど、焦りのようなものが生まれ、

どうしてこんなことになったんだろうと泣きそうになる。


「ごめん、困らせたな。でも嘘じゃない、覚えておいて」


「……はい」


これが精一杯の答えだ。

気持ちを受け入れることはできない。

でも、忘れない。

たった一曲だけの時間だけど、二人だけの時間だった。

きっと、最初で最後の。



曲が終わり、今度は待ち構えていたエルネスト様が手を差しだしてくる。

これは予想していたこともあり、あきらめてその手を取る。

令嬢たちからはグルルと獣のような声が聞こえてきたが、

そっちのほうは見ないことにした。


「あれ、俺には緊張しないの?」


「なんだか、緊張しすぎてよくわからなくなりました」


同じようにエルネスト様と手をふれあうのも初めてなはずなのに、

さっきのような緊張はしなかった。

普段通りに話す私にエルネスト様は面白そうに笑った。


「そっか。アルの一方通行じゃなかったんだ」


「……何の話ですか?」


「いや、こっちの話」


意味はわかったけれど、これ以上は聞いてほしくない。

その気持ちが通じたのか、エルネスト様はそれ以上は言わなかった。


ただ、曲が終わる時になってもう一度口を開いた。


「気持ちさえ決まれば、あとはどうにでもなると思うんだ」


「え?」


「変えたいと願うなら、手助けはする。その時は言ってくれ」


「……わかりました」


曲が終わって、アルフレード様のところへ戻る。

エラルドがエルマ様を連れて中央へ出て行くのが見えたけれど、

やっぱりそれについてはどうでもいいとしか思えなかった。


「おい、エル。お前、ディアナと何を話してたんだよ」


「いーや。俺は何も話していない」


「嘘つくなよ。口が動いていただろ」


「してないって」


言い合いしている二人に令嬢たちが熱い視線を送っているけれど、

二人はもう踊る気がないようだ。


この後、令嬢たちから何か言われるかもなと思ったけれど、

そのことよりもアルフレード様の声が心に残って、

どうしても熱が冷めてくれなかった。


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