推しを死なせたくないので、悪役令嬢になりきって婚約破棄を狙います!

槿 資紀

第1話 待ちに待った断罪

「シルヴェーヌ・プリエン。近頃のきみの行いは目に余る。不当な理由で特定の生徒の名誉を貶め、その心を傷つけた、聞くに堪えない仕打ちの数々を、私が知らないとでも思ったか」


 学年末パーティーの夜。浮ついた生徒たちの賑やかな喧騒は、その一声で静まり返った。


 私は息を呑み、自分に対して、決して友好的ではない言葉を突き付けた相手へ向き直った。そして、今にも震えだしそうな両手を叱咤して、口元を扇子で隠し、大げさにため息を吐いてみせる。


「まあ、何のことでしょう。私は、高貴なる者の誇りに悖るような振る舞いをした覚えなどございませんわ。そこな下賤な輩に何を吹き込まれたか知りませんが、言いがかりはよしてくださる」


 こちらを真っ直ぐと射抜く美しいグリーンアイに失望がにじむ。私はついつい笑いだしてしまいそうになりながら、背筋を凛と伸ばし、彼の隣で心細げな顔をするストロベリーブロンドの愛らしい美少女を一瞥した。すると、その視線に気づいたらしい彼が、自分の背に彼女を隠し、こちらの意識を逸らすためか、厳しい声を上げた。


「いい加減にしないか。勇気ある生徒たちの告発をそのように中傷するなど、見下げ果てたものだ。私は君が婚約者だからと容赦はしない。この期に及んで悔い改めるつもりが無いというならば、こちらにも考えがある!」


 ああ、気付かないのだろうか。貴方に対して向けられる、侮蔑の視線を。


 まあ、きっと、気付いたところで、貴方は決して自分を変えることなどないのだろうけれど。


 それが、貴方の足元を掬って、身を滅ぼすことになるなんて、思いもせずに。


「悔い改めるべきなのはどちらでしょうね、レナンドル殿下。貴方様は、誇り高きノースの星として、ブランシュ家の威信を背負い、この学園に足を踏み入れたことをお忘れになってしまったのだわ。私は、貴方様の婚約者として、これ以上貴方が道を過つことの無いよう、尽力してまいりましたのに、まったく残念でなりません」


 今までなら、まだ、若気の至りで片付いたことだろう。でも、これ以上は、もう庇いきれない。貴方のスタンスが、ここまで多くの人間に知られてしまったのだから。


 誰にも気づかれないよう、私は生唾を飲んだ。嗚呼、いままでずっと切望してきた瞬間が、すぐそばまでやってきている。


「この学園において、生徒はみな平等だ。ここはノースではない。私の名がブランシュであるから何だ。私の信じるもの、私の愛するものに、生まれやしがらみなど、一切関与させるものか」


 彼のその言葉で、会場のノース出身者が集まる区画から、一斉にとげとげしい視線が集まる。矢面に立たされた私は、息が詰まるほどの重圧を背中にひしひしと感じながら、首を横に振った。


「ああ、嘆かわしい……真の王家に生まれながら、高貴なる瞳を曇らせてしまうほど、その女に入れ込んでしまわれて……一体、どんなペテンを使ったのでしょうね。これだから、大陸の生み出した、人心を惑わす魔法モドキは嫌なのです、汚らわしい!」


 瞬間、目の前の彼から、凄まじい魔力圧がのしかかる。魔法使いの威嚇、純然たる魔力だけを相手にぶつけ、怯ませる……宣戦布告にも等しい、紛うことなき敵対行為だ。


 つまり、今の私の言葉が、それほどまでに、彼の怒りを買ったということ。


 全くの、だ。


 彼の魔力に充てられ、圧倒的実力差から、気絶してしまいそうになるのを必死でこらえる。冷や汗が止まらなかった。


 パーティー会場は既に阿鼻叫喚だ。気絶するだけならまだ良し、中には魔力酔いして嘔吐するものもあれば、拒絶反応が出て、自身の魔力の制御を失ってしまったものまでいる。


 大丈夫、私はシルヴェーヌ・プリエン。こんなことで、膝をついてはいられない。


 取り落としかけた扇子を閉じ、握りしめる。ようやく慣れてきたみたい。


 私は左中指の指輪に魔力を流し込み、一番得意な風魔法を発動させるため、必死で口を開いた。


「そこまでです」


 しかし、すんでのところで、厳格な声が響き渡り、彼の魔力圧が霧散。堪らず崩れ落ちた私の眼の前に、声の主である学園長が降り立った。


 ああ、意識が朦朧とする。目の前で何か話している声が聞こえるけれど、何も分からなかった。こんなことじゃ、駄目なのに。


 だって、私、まだ。


 まだ、レナンドル殿下に、婚約破棄されてないのに!!!!

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