彼とワルツを(一回目)
(ん?)
「よろしければ、ミス・セルティア。一曲踊っていただけませんか?」
すっと手を差し出され再びリディアの脳内は真っ白になった。今の今まで立てていた計画がガラガラと音を立てて崩れていく。
(どうする!? ってそりゃ踊るしかないでしょう!? 拒否権なんか単なるミス・セルティアにはないんだから!)
一人突っ込みを行いながら、リディアは必死に回避を模索するがいい案は一つも思いつかない。差し出された手を拒絶するわけにもいかず、のろのろと手を差し出した。その手をしっかりと掴まれ、優雅な足取りで舞踏室の中央に誘われる。周囲から物凄い数のひそひそ声が聞こえてきてリディアは泣きたくなった。実際ちょっと泣いていた。
やがて向き合い、軽やかなワルツが始まるとリディアは心を殺した。とにかく無になるように心がける。
向こうが何を言ってくるかわからない以上、精神面はフラットでありたい。
「……緊張されてますか?」
しばらくくるくる回ったりふわふわ揺れたりした後に、くすっと笑う声が聞こえ、リディアはちらりと視線だけ上げた。見たことを後悔する、甘い笑顔がそこにあり、うっとりしたような眼差しに背筋が粟立った。
(何を考えているのか問いただしたいッ)
でも彼がブルーモーメントの一員としてリディアに接触してきたのかどうか、確信が持てないので曖昧に微笑むにとどめた。
「それはそうですわ……公爵閣下はこちらにいらっしゃる老若男女全てを魅了するお方ですから」
単なるミスでしかない私には分不相応ですので。
小声で消え入りそうに答えると、腰を抱く腕に力がこもり、心持ち引き寄せられた。
「!?」
はっと見上げれば、彼は無遠慮に接近してくるカップルからひらりとリディアの身体を護ってみせた。遠のく彼らが残念そうな顔をするのを見て肝が冷える。
ああやって少しでもリディアと公爵の関係を把握しようとしているのだ。
「ここは不届き者が多いですね」
ふうっと溜息交じりに言われ、リディアは「ええそうですね」と割と棒読みで答えた。
「ミス・リディアはそう思わない?」
ファミリーネームではなく名前で呼ばれた。
心の内側で悲鳴を上げながら、リディアは必死に笑顔を張り付けて男を見上げる。
「皆、閣下のご動向が気になるのでしょう」
「……どうして?」
すっと顔を近寄せた彼が、耳元で囁く。声音の甘さが逆に恐怖をあおり、リディアはターンと同時にぐいっと背を逸らした。
「閣下はご自分の地位と権力と容姿がトンデモナク素敵なことをご存じではありませんの?」
素っ気なく告げれば、彼がかすかに目を見張った。
「……面と向かって言われたのは初めてですね」
「でしたら教えて差し上げます」
これ以上オルダリア公爵と接触してもひとっつもいいことなどない。そう判断したリディアはワルツの終わりのフレーズと同時に可憐に見えるように笑って見せた。
「公爵閣下のその素敵な笑みは、意中の方のために取っておかれるのが良いかと。そうでないと、勘違いした人間が列をなして並ぶことになりますわ」
リディアの台詞とほぼ同時に曲が終わり、たったの一曲で疲労困憊した彼女はホールの真ん中から立ち去ろうとした。
だが。
「……面白いこと言いますね」
低く甘い声が耳朶を打ち、ぞくりと身体が震えた。はっと視線を上げれば、薄明色の瞳に物騒な金色が滲んでいた。彼はリディアの手を握ったままにっこりと微笑む。
「……あの……」
手を離すか舞踏室の隅へ誘導してほしい。そう思って怪訝な顔でちらりと舞踏室の脇を見て、手を引っ込めようとするが。
「もう少々、付き合ってもらえますか?」
「………………え?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます