第95話 リベンジ花火大会 ⑶

 花火が鳴り止むとたくさんの人たちが家に帰ろうと歩き始める。


 家族、恋人、友達、色々な関係の人達がここに集まり、そして花火を一緒に見て、家に帰る。

 誰かと一緒に見る花火がこんなにも綺麗で幸せなものだとは知らなかった。


 いや、滝沢と一緒だったからこんなにも世界が華やかになったのかもしれない。


 花火が終わると滝沢は私の手を離した。花火も終わり、彼女に触れられている部分はどこもないのに、私の心臓だけは彼女に触れられている時みたいにとくとくと鳴り止まない。


 今日も滝沢は綺麗だった。綺麗すぎた。そして、花火を見上げる彼女は私の目に映るものの中で何よりも綺麗で言葉にせずにはいられなかった。


 星空そら――。

 

 滝沢は私のことを友達だと思っていて、その関係を望んでいる。

 だから、私は頑張って友達を演じているが、あんな熱のこもった目で滝沢を見て、綺麗なんて言ったら引かれると思っていた。とても友達がするようなことではない。


 しかし、滝沢もわからない。滝沢は私の唇を奪い、私の名前を呼んで私と同じことを思っていてくれた。

 

 こんなのまるで恋人のようだ……。

 

 私はそれを望んでいるし、滝沢も私に対してそう思ってくれることを期待するけれど、きっと滝沢の行動に深い意味はないのだと思う。今までもそうだった。



『陽菜も綺麗だよ――』


 さっき言葉が頭にずっと響いている。私の頭の中でやまびこされるその言葉は私の内蔵をいじめてくる。


 彼女に呼ばれる名前は特別で、名前を呼ばれるだけなのに心臓が壊れてしまいそうなほどおかしな動きを始める。


 多くの人が花火や祭りの感想を話す中、私と滝沢には無言の時間が続いていた。

 舞から合流は厳しそうだから各々帰ろうと連絡が来ていたので、わかったとだけ返信してスマホをポケットにしまう。


 花火大会の会場を離れて家の近くの道になると人がだいぶ少なくなり辺りはより静けさをましていた。


 だいぶ長く無言だった滝沢が口を開く。


 

「……遠藤さん、花火どうだった?」

 

 当たり前のことだが、滝沢が私を名前で呼んでくれることはない。

 

「素敵だった。滝沢、一緒に見てくれてありがとう」

 

 滝沢が居なかったらきっと花火を見ていてもこんなに気持ちは高ぶらず、こんなものかとなっていた気がする。


 去年は花火を最後まで見れればいいという考えだったのに、今年は滝沢と見れなければ意味がないと思っていた。


 私は滝沢と過ごして、だいぶ欲張りになってしまったようだ。


「滝沢はどうだった?」

「普通」


 普通というのは私の中では良くも悪くもない微妙な時にしか使わない言葉なのだが、滝沢にとっての普通は良かったに近い時に使う言葉だと最近わかるようになった。きっと、つまらなかった訳ではないのだろうと安堵する。


「来年も滝沢と一緒に花火みたい」

「もう学校違うし、お互いどこにいるかわからないから無理じゃん」

「もし、遠くの大学になっても会いに行くよ」

 

 私は滝沢の志望校の近くの大学を何個か受けるつもりで、全部落ちない限りは滝沢に会える距離にいることができると思う。

 しかし、もし遠くに住んでいたとしてもそれが海外だったとしても会いに行くだろう。


 それくらい、私にとって滝沢という人間は必要で、なくてはならない存在になっていた。


 

「そんなのわかんないじゃん。大学入って友達出来れば、その約束もどうでもよくなるんじゃない」


 いつもの淡々としている滝沢ではなく、少し声が震えてる。

 

「滝沢はどうでもよくなる?」

 

 私の質問に回答はなかった。そんな彼女の顔に手を添えて、優しく彼女の唇にキスをする。


「勝手に変なことしないで」

「滝沢だってさっき勝手にした」

 

 そういうと滝沢が黙って下を向いてしまう。


「滝沢と来年も花火一緒に見る。約束の証だから」

 

 そのままもう一度、滝沢の唇に近づこうとすると口を押えられた。

 

「遠藤さんってなんでそんな変態なの。いつもこういうことばっかりする」


 怒っているけれど滝沢の顔は本気で怒っている時のものではなく、少し赤い気がした。暗くて夜道だから気のせいかもしれない。


「滝沢だからしたいと思うんだよ」

「それはなんで……?」

 

 ほんとに分からないという顔で滝沢は私を見てくる。そんなのずるい。こんなことをしたいと思う理由なんて一つしかない。


「滝沢だっていっぱいしてくる。それはなんでなの?」

 

 そう質問すると滝沢は私から目をそらして下を俯いてしまう。


「しらない」

 

 分かりきっていた答えだ。やはり、滝沢は何も考えずにしている。その事実に胸がちくちくと痛む。


 

「でも、遠藤さん以外の人としたことない」

 

 さっきまで痛かったはずの心臓が私の体の中で独立した生き物になり、分離したいと主張してくる。


 私は自分の心臓が落ち着くまで言葉を発することが出来なかった。


 好きという言葉が溢れてしまいそうだった。


 きっと、今、滝沢に好きと言っても違う意味に捉えられてしまうだろう。友達として好きなのだと勘違いされそうだ。

 だから、言うのは今ではない。


 滝沢が私のことを恋愛的に好きになってくれたと感じた時、いや、恋愛的な好きが何なのかわかった時に言いたいと思っている。

 それまで、私が友達としてではなく、そういう意味で好きだと分かるような行動を取り続けるつもりだ。

 

 滝沢に少しでも意識してもらえるように……。




 美海ちゃんにそんなのじゃいつか誰かに取られてしまうと言われたことがある。

 

 確かにその通りだ。

 

 だから、気持ちが先走り自分でも制御出来ない行動に出ることがある。



 

 はぁ……このまま滝沢と関係を保って行けるのだろうか。帰り道はそれ以外なにも話さず滝沢の家まで送ることにした。

 

「家まで送らなくていいのに」


 滝沢を家まで送ったことに不満そうだが、少しでも長く一緒にいたかったので私の気持ちを優先して動いた。玄関に向かう滝沢の背中に向けて語りかける。

 

「滝沢、改めて、今日はありがとう」


 彼女はゆっくりと振り返った。何を考えているのか、かなり距離があるのにそれでもわかるくらい眉間に皺が寄っている。



「約束は守ってね、約束破る人嫌いだから」


 それだけ言って滝沢は家の中に入ってしまった。


 

 胸が一気に熱くなる。

 その約束はさっきした約束のことでいいの?

 滝沢は来年も私と花火を見てくれるの?

 来年も滝沢の隣にいていいの?


 滝沢のその不器用な言葉は私をいつも困らせる。いつも私ばかりがゴールのない道に立たされて彷徨さまよい続ける。


 

 一つ確実に言えることは来年も滝沢のそばにいたいという私の思いとそれは滝沢もそう思ってくれているかもしれないということだけだ。

 そのために私はいくらでも頑張れる。


 ないと言われた未来ではなく、あるかもしれない未来のために今できることを精一杯頑張ろうと思った。

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