第35話 いざ、入城

 皆の意識が外に向いた一瞬——。

 イリスの首から提がる虹色の石とルカの中に眠る石が僅かに反応した。

 女神の力に惹かれ、光沢のある紅葉色の光が穏やかに共鳴する。ひっそりと隠れるように微光を纏った後、無機質な石へと戻った。



 雲一つない空を見て、ツワブキが思い出したように「あぁ」と呟く。

 御者台に繋がる布を上げ、シィロに声をかけた。


「家へ寄ってくれ。すぐに終わる」


 それだけ言うと、ツワブキの家——公爵邸に立ち寄ることになった。

 事前に知らせてあったのか、門前まで執事らしき人物と高貴な雰囲気の男性が待っていた。

 必要最低限の会話を終え、ツワブキは馬車へと戻る。


「もういいんですか?」


 親しげな様子だったため、一人は家族なのではとイリスは予想していた。


「ふんっ。気遣いなんぞ無用だ。時間が勿体ない。さっさと行くぞ」


 相変わらずの悪態にも段々と慣れてきたせいか、今日も元気なジジイだな……と、受け止められるようになっていた。

 すると、ルカが小さく声を出して笑う。


「ふふ。爺やはこんな態度だけど、今のは照れ隠しだと思うよ。気にかけてもらえて嬉しかったんだ。ボク以外には、ちょっと嫌な奴だけど悪い人ではないから」

「ルカ様ー! 私のことを、そんな風に思っていたのですか!?」


 シィロの肩が、笑いを堪えて小刻みに揺れる。その後、ツワブキから拳骨を喰らったのだが完全に八つ当たりだ。理不尽な暴力に涙目になるも、暫くすると忘れたようにけろっとしていた。


 再び馬車を走らせ、近くの森まで移動する。

 皇城は、もう目と鼻の先。なぜ迂回して森に来たのか、イリスには疑問だった。

 それが言葉になるより前に、表情から察したツワブキが答える。


「今回の登城——いや、入城というべきか……は、奇襲に近い。軍部に気取られる前に城内に入りたい。だが、こんなボロ馬車では門前払いもいいところ」

「なので、ここで公爵家の馬車に乗り換えるんです」


 話を引き継ぎつつ、シィロは停めた馬車から荷物を運び入れていた。

 それに倣い、イリスも持てそうな物を一緒に運ぶ。レイは先ほどから、ものすごい勢いで黙々と荷物を移していた。


「さすがに怪しい馬車を通すほど門番さんも無能ではないので、ここはひとつお祖父様の過去の栄光にあやかり、公爵家の馬車で強行することにしたんです」

「『過去の栄光』とか言うでない! 貴様はいつも一言余計だ! シィロ」


 元気一杯な、過去の栄光ジジイの怒声が飛ぶ。

 驚いた小鳥がバサバサと、木々と羽の音を立てながら飛んでゆく。


「お祖父様、そんな大声を出したら見つかっちゃいますよ」


 小心者なのかそうではないのか、いまいち判然としないシィロだが、言っていることは正論だった。

 これ以上、顔を赤くして大きな声を出さないように、ルカが必死でツワブキの口を塞いでいる。


 元宰相様の血管が切れそうだけど、大丈夫かな?


 やや不安を覚えながらも、順調に荷物を運び終えたイリス達は、明らかにグレードが上がった豪華な馬車に乗り換えた。

 御者台にはお抱えの運転手が座り、シィロは馬車の中で寛いでいる。


「ところで、小娘の母親はどこにいる? 伝手があって城の中か、それとも門の前で待ち合わせなのか?」


 イリスの目が泳ぐ。


「……ど、どこなんでしょうね?」


 ツワブキは眉をぴくりと動かすと、信じられないものでも見るように目を見開いた。


「貴様らは阿呆なのか!? そんなことは当然、決めてあるもんだと思っておったわ!」


 呆れたツワブキは、イリスに聞こえるように大きくため息を吐いた。

 ツワブキは、客車内のカーテンを片目で覗ける分だけ開ける。皇城に繋がる門の前には門番のみで、他にそれらしい人物は見当たらなかった。


「門の前には居なさそうだな。中に入っている可能性もある……待っている時間も惜しい。このまま先に行くぞ」


 ツワブキがシィロに視線を向ける。

 ここまでだらけていたシィロだったが、その一つの視線だけで理解したのか、すぐに姿勢を正した。


「どうぞ」


 シィロが目を瞑り一言それだけ言うと、ツワブキが袋から土を取り出して魔力を込める。

 すると土が意思を持った砂金のように輝き始め、手のひらから浮遊する。輝煌な金茶色の土がシィロの顔を覆い隠した。

 シィロは光を帯びた土が定着したことを確認すると、ゆっくり目を開く。


「顔が変わった!」


 イリスは驚き、レイも食い入るようにシィロを見る。


「この顔と、公爵家の紋章の入った懐中時計を見せれば通してもらえるんです。ちなみに、これは父の顔です」


 そういえば、公爵家に立ち寄った時、似たような顔を見かけたような……。


 遠目だったためイリスはうろ覚えだったが、レイは小さい声で「そっくりだ」と声を溢した。


「爺やは魔力量は少ないけど、器用だから繊細な魔術が得意なんだ」

「ルカ様を安全に入城させるために、完璧な息子の顔を作らせていただきました!」

「僕は、父親と同じ顔で複雑な気分だけど」


 ルカに褒められて喜ぶツワブキと複雑な心境のシィロだったが、門番が立つ入り口が目前まで迫ると気を引き締めて口を噤んだ。


 シィロ以外は、改造された客車内に隠れる。座席の下と背面に細工がされていたのだ。


 イリスは、声だけを頼りにシィロと門番のやり取りを聞いていた。会話が終わるまでの間、緊張で心臓が忙しなく跳ね、音を立ててはいけないと思えば無意識に呼吸も浅くなっていた。


 体感では何分も経っていたように感じたが、実際には一分も経ったかどうかだった。


「みなさん、もういいですよ」


 シィロのその声に安堵し、深呼吸する。


「事前に当主が登城すると連絡はしてあったから、スムーズに抜けられたな」


 ツワブキは軽く服を叩き、身なりを整える。


「ここまで来れば、後はなんとでもなる」


 口の端を上げ悪い笑みを浮かべたツワブキは、久方ぶりの皇城を刺すような視線で睨めつけた。

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