第20話 最強の可愛がり

「あぁ、そういえば……家の近くにネズミを放ったのもお前だろう? 彼らにも同情するよ、無能な上司をもつと部下が大変だ」


 アイネはルバーブを煽るように、見下した態度と物言いをする。

 ルバーブは憤りから体がわなわなと震えていた。彼からすれば、一回りも下の小娘にバカにされているのだ。怒りが込み上げるのも当然だった。


 そんな二人の会話を聞きながらイリスが、呆然としていた。


「……は、母?」


 まさかの母召喚。


 えっ? この年で母を召喚したの? 帰ってもらうことはできないだろうか。


「普通に恥ずかしいんですけど……」


 イリスは伏し目がちに小さい叫び声をあげ、不意に思い出したことがある。

 グレイに言われた、ある一言を……。


『爆発の方がマシかもしれんな』


 本当にそのとおりだった。


 恥ずかしすぎて精神的に窮地といえるこの状況を思えば、一瞬で終わる爆発の方がマシだったのかも……と逡巡する。


 その様子を見ていたアイネが、尊大な態度はそのままにイリスに声をかけた。


「恥ずかしいのと死ぬの、どっちがよかった?」

「……恥ずかしい方です」

「でしょうね! だったら、この母に言うことは?」

「あ……りがとう……ござい……ます」

「よろしい!」


 そうなんだけども、そうじゃない。


 イリスは思った。そもそも魔石に刻む力を、母召喚ではなく防御魔術とかにできたのでは? と。


 母アイネの嫌がらせも多分に含まれているだろうと結論付けて、じっと疑惑の目をアイネに送る。


 実際、アイネが現れなければイリスは死んでいたかもしれない。母に会えて嬉しい気持ちも、もちろんある。


 魔王のようなアイネの存在により、この場の勝利をもぎ取ったような気分を得ていた。


 行け! 魔王。


「イリス……また、なんか心の中で良からぬことを思ってない? なんとなくわかるんだよね」

「いいえ。思ってません」

「あんた嘘つく時、敬語になるんだよ」


 イリスは思わず口に手を当てる。心なしか目も泳いでいる。


「嘘だよ。今何を思ったのかは、事が全て終わったら聞くから覚悟しな」

「はい。……ところでお母様、一つ聞いてもよろしいでしょうか?」

「許可する」


 イリスは自分の手の中で、真砂のように粉々になった赤い守護石の残骸を見つめていた。


「守護の定義とは? この石は守護石だと、いろんな人から聞いたんですけど……?」

「そうよ! 私が作ったんだから完璧だったでしょ?」

「どのへんが!?」

「あんたに必要な縁を紡いでサポートして、さっきだって私の魔術——癒しの炎で傷も治してあげたでしょうが」


 アイネ出現の際に昇った火柱の爆風で火傷したかと思ったが、驚くことに治癒魔術だったらしい。


 炎なのに癒せるんだ?


 よく見ると、イリスの上腕部分の袖が破れている。守護石が発動して軌道を逸らしたが、水刃が掠めていた。瞬時に治癒の力で傷が消えていたことを、この時はじめて知った。

 なんせ治癒云々より、火傷するかと思うほど熱かった印象の方が強い。


「いや、だとしても召喚魔術? にする意味あった?」

「正確に言うと転送魔術の応用で、召喚魔術ではないんだけどね……まあ、どっちでもいいじゃない、そんなこと」


 と興味なさげに宣うアイネだが、娘の様子を見て喝を入れる。


「まだ、気ぃ抜くんじゃないわよ」

「わ、わかってるよ!」

「こいつらの相手は私がしてやろう。目には目を、歯には歯を……神官には神官を! この私に相手をしてもらえること、光栄に思いなさい」


 イリスは顔を傾げ、アイネの言葉を反芻する。


「……神官には神官? 誰が?」

「私に決まってるでしょ」


 イリスは、この時はじめて母親の職業を知った。


「今は休職中だけど、名簿に名前は載ってるわよ」


 驚愕の事実に呆気に取られるイリス。

 それを視界の隅に置き、アイネは値踏みをするように、前方の神官達を見渡す。その瞳は爛々と輝いていた。


「……で、うちのイリスに危害を加えたのは、どこのどいつだい? この一帯を焼け野原にしてやろうか?」

「あの人」


 躊躇いなく、イリスが氷漬けの男を指し示す。


「ウチの子が世話になった礼はきっちり返さないとね……生き地獄を味わう覚悟はできているだろうね?」


 アイネの艶やかな唇が歪み、酷薄な笑みを浮かべる。

 アイネの足は、イリスが指した方向へ真っ直ぐに向かっている。

 立ち止まり表情が抜け落ちると、殺気だった空気を放つ。強化魔術で覆った拳が、男のみぞおちを深く抉った。

 強い衝撃を受けた男は、呼吸困難に陥ると汚く涎を垂らし悶絶する。


 アイネは何事もなかったかのように笑顔で振り返ると、他の神官達を一瞥した。


 

 よく見れば、元同僚も紛れていることに気がついた。


「出世したもんだねぇ? 何回か手合わせしてやったことがあるけど、覚えてる?」


 恐れからか、遠目からでもわかるほど歯をガタガタと震わせ返事もできないほどだった。


「知ってる人って、戦いづらくない?」


 イリスは、母を慮る言葉をかけた。


「全然ー。久しぶりだから、ゆっくり可愛いがってやろうかなって感じ」


 アイネは、鼻歌を奏でるほど上機嫌だ。

 神官三人に向かって、左から順に指を滑らせる。 


「誰にしようかな〜天の神様の言うとおり〜」と歌いながら犠牲者…いや、対戦者を決めていく。


 本能的に危険を感じたのか、拘束されていない残りの神官二人が後退り、逃亡する気配を見せた。

 しかし、当然アイネもそれを見逃さない。


 瞬時に自身を中心とした魔術陣を描き、炎の壁を展開させた。


「この私が、直々に可愛がってやると言っているんだ。逃げるなんて失礼だと思わないか?」

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