第42話 こたえ
姉?ナズに姉がいたのか?
不思議な顔でトーカを見ると、トーカも戸惑っていた。
「姉と言っても、本当の姉じゃなく自分の前のヤドだと言っていた。たしかナノカさんだったかな」
トーカの妹さんのことだ。まさかこんな所で妹さんの話がでるなんで。トーカがピクリと反応したのが見えた。
「ヤドというのは役目の前に49日間旅をする決まりがあるのか?」
「そうです」
地上の様子を知るためだと、トーカがこっそり教えてくれた。
「その旅から帰ってくるとナノカさんがまるで別人のようになっていたらしい。それでナズは自分が旅をする番になって、ナノカさんがお世話になった人に会いたいと思ったらしいんだ。俺はたまたまその人がいる村までの案内をすることになった」
別人のように。ナノカさんが満足そうな笑顔で最期を迎えたことと関係があるのだろうか。
「ナズは不思議なヤツで人形みたいに表情が変わらないかと思えば、弟を亡くしたばかりの俺に変な慰めを言ったり妙なところで驚いたり。なんだかもう1人弟ができた気分だったよ」
幸せそうな顔だ。きっとナズと過ごした時間はこの人にとって大切な思い出なのだろう。
「ナノカさんの恩人にも無事会えてね。その人が妊娠中に道で具合が悪くなったところを助けた縁で、49日間ずっと一緒に過ごしたらしい。嬉しそうに話をしてくれたよ」
トーカを見る。表には出さないようにしているが、目が潤んでいた。きっと妹さんの幸せな時間の話を聞いて、そんな時間があったことを知って、嬉しいのだろう。
「そのあとナズは旅が終わるまでうちで過ごしてたんだが、時折どこか遠くを見ているようで。いよいようちで過ごす最期の日になって急に言われたんだ。明日自分は死ぬんだって」
サカドが手を強く握ったのが見えた。ここから先は彼にとって辛い話なのだろう。
「そこでヤドのことを聞いたんだ。楽しい時間を過ごせただけで良かったから、本当は話すつもりはなかったらしい。でも、俺に泣いて欲しいと思ってしまったと。世界の誰も自分の死を悲しまず、無かったようになるのが辛い。誰か1人ぐらい泣いて苦しんでくれる相手が欲しいと思ってしまったと」
きっと目の前の人はたくさん泣いたのだろう。疲れた顔も、生活感のない部屋も、この人のぽっかり空いた心を表しているようだ。
「その話をした次の日、普通にナズは去って行ったんだ。だから死んだという実感がわかなくて。でも、そうか。あいつはもういないんだな」
ほんの少し会っただけの、おとぎ話のような役目を追った少年がカタチを得る。誰かに自分の死を泣いて欲しいと、悲しんで欲しいと切実に願ったその心を知る。
「俺が会ったナズは満足そうな顔をしていました」
この人にナズの最期を知って欲しい。
「別れ際にこう言ってました。俺も随分とお人好しになった。あいつの影響かなって。きっとこれは、あなたのことですね」
サカドが弱く微笑む。切なくて、悲しくて、少し嬉しい。そんな笑いだ。
「あいつ、そんなこと言ってたのか」
無事金貨を渡せ、ナズの最期も伝えられた。俺たちはサカドに玄関で見送られながら別れを告げていた。
「よかったら持っていってくれないか」
サカドが金貨を1枚、俺に手渡した。
「これはナズがあなたにと渡したものです」
「いいんだ。ここまで届けにきてくれた君への礼だ。これからもこの金貨が君を守ってくれるように」
ああ。優しい人だ。ナズが会えたのがこの人で良かった。
「それに弟に心配されるほど金には困ってないしな。残りの金貨もどこかに寄付するよ」
イタズラに笑う顔は晴れやかだ。きっとこの人はこれからもナズを想って泣くんだろう。でも、それは優しく暖かい涙だ。
金貨を首から下げた袋に入れて、改めて礼を言う。
「ありがとうございました」
「またいつでもおいで。今度はナズが好きだった料理でも振る舞うよ」
「はい」
もう地上に上がることはないだろう。でも、その気持ちが嬉しかった。
見送るサカドの姿が見えなくなるまで、何度も振り返って手を振った。
「ありがとうな」
帰り道、トーカがぼそっと呟いた。
「え?なんのこと?」
「ナノカのこと。まさかあいつの地上でのことを知れるなんて思わなかった」
「それはナズに感謝だな」
「……そうだな」
ハハっとトーカが笑った瞬間、地面が裂けた。
俺はトーカが抱えて移動してくれたおかげで怪我はなかったが、周りを見回して驚愕した。
「シムト………⁉︎」
「お久しぶりです、ヒスイ。まさか地上で会えるなんて」
ニコリと笑うシムトがいた。
「なぜここにいるんだ⁉︎」
「いえね。最近君の行動が派手だから、何か理由があるのかなと思いまして。調べていたら今日のテラスタワーの警備は君に関係のある人ばかりではないですか。気になって来てしまったんですよ」
よりにもよって。一番危険なヤツにバレてしまった。このままではサカドも巻き込んでしまう。なんとかしないと。
「ヤドには君以外にも大切な人がいたんですね。それはいい。これで君の首をヤドの前に持っていったらどうなるか、私の好奇心を満たしても問題なくなりました」
「そんなことをして、ヤドの逆鱗に触れて殺されてもいいのか?」
「構いませんよ。ヤドの心がそれで知れるなら」
トーカの言葉にも揺さぶられない。シムトはクキを傷つけた時と同じように腕を振ろうとする。トーカが俺の前に立って守ろうとしたその瞬間。
「これって………」
俺とトーカを守るように強い風が吹いた。
渦を巻く風の内側で、俺たちを囲むように地面が盛り上がる。
「………守ってくれるのか?」
ふわりと優しい風が頬を掠めた。
それはナズの無言のメッセージに感じた。
シムトは茫然と土と風の壁を見ている。やがてポツリと呟いた。
「そうですか。これがヤドの心なんですね………」
憑き物が落ちたような顔だ。シムトは体から力が抜けてトボトボと歩きだした。
「君たちやヤドの関係者にはもう関わりません。教会の人間にも手出しをするなと言っておきます」
そのままシムトは去っていった。
完全に姿が見えなくなったあと、風は止まり土の壁が崩れて地面にかえっていった。
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