第32話 ありがとう

トリ家での仕事を終え、次の仕事が決まるまで俺たちは隠れ家で過ごしていた。アジトに戻れないのは少し寂しいが、クキが嬉しそうにしているのでこれはこれで良かったんだろう。

朝食の片付けも終わり、ゆっくりしていると玄関がノックされた。


「アルア!」


クキが扉を開けるとアルアが笑顔で立っていた。


「え?まだ仕事入ってないよね?どうしたんですか?」

「いや、時間ができたんでな。トレーニングをサボってないか見に来たんだ」


ニヤリと笑われる。久しぶりのその雰囲気に嬉しくなって家に招き入れた。


「こないだの任務では見事協力者を得られたそうじゃないか。頑張ったな」

「ありがとうございます!」


普段は厳しいけど、頑張れば手放して褒めてくれる。これがアルアの優しさだ。


「だが、これからもっともっと厳しい任務が待っているだろう。そこにちょうどいい空き地があったから今から手合わせするぞ」

「はい?え?ちょっと………」


言うが早いか首根っこを掴まれてズルズル引きずられる。


「クキ!ちょっとヒスイを借りるぞ」

「はいはい。あまり目立つマネはしないでね。お昼ご飯までには返してくださいね〜」


クキに笑顔で見送られる。いや、止めてくれよ。




「遅い!そこでガードしないと左からの攻撃に対処できんぞ!」

「弱い!それでは相手に当たってもダメージを与えられん!」

「攻撃が単純すぎる!もっと頭を使え!」


アルアのしごき……もとい手合わせはいつにも増して厳しいものだった。


「うん。まあこんなもんだな。基礎はよくできてる」

「あ、ありがとうございます」


息も絶え絶えに礼を言う。アルアは散々動いて晴れやかな顔だ。


「そういえば、俺っていつになれば護身術以外も習えるんですかね」


息も整ってきたところでずっと思っていたことを聞いてみる。


「ん?もうとっくに護身術以上のことを教えてるぞ」

「え?」


アルアに何言ってるんだという顔をされる。どういうことだ?


「というか、初めからかなり実践的なトレーニングをしている」

「じゃあ最初の護身術しか教えないってのは何だったんですか⁉︎」

「そう言っておかないとお前がガンガン戦場に入って行きそうだからって、トーカに頼まれてああ言ってたんだ」


あんの過保護が〜!

トーカへの怒りがふつふつ湧いてくる。その姿をやれやれという感じでアルアが見ていた。


「苦情は本人に言うんだな。そろそろ戻ろうか」




隠れ家に戻ると朝から出かけていたトーカが帰ってきていた。この後の展開を想像して笑いを堪えながらアルアは帰って行った。


「あの、ヒスイさん、俺は何かしましたか?」


食事の間もずーっと睨んでくる俺に痺れを切らして、トーカが口を開いた。


「アルアに護身術以外も教えてくれって頼んでたんだって?」


ああ〜という顔をしてトーカが手を打つ。


「そうだった。しばらくしたら言おうと思ってたんだけど忘れてた」


ごめんごめんと悪びれなく言うトーカにブチギレそうになる。


「お前はいつもそうだよな。隠して騙して、最後にバラして笑うんだ。もういい。お前の言うことは信じない」

「え?ちょっと」

「クキ、ごちそうさま。食器の片付けはトーカがでかけてから手伝うから置いといて」

「はいは〜い」


クキが軽く返事するのを確認すると、そのまま部屋に引き篭もった。最後に見たトーカは情けない顔をしていた。




ベッドに腰掛けてぼーっとしてると、しばらくして部屋の扉がノックされる。返事をするとクキが入ってきた。


「トーカでかけたよ。だいぶ後ろ髪ひかれてたけどね」


苦笑いしながらクキが隣に座る。なんだか怒りに任せて子供じみた真似をしてしまったと恥ずかしくなった。


「ごめん。子供みたいなことして」

「いや、ヒスイくんまだ子供だからね。でも急にどうしたんだい?トーカが騙してくるのはいつものことでしょ?」


なかなか酷い言われようだな。クキも思うところがあるのだろうか。


「いや、あまりに信用ないんだなと思うと腹がたって。過保護にも程があるし」

「う〜ん。過保護は俺も同意するけど、信用してないわけじゃないと思うよ。信用してるから言わないこともあるんじゃないかな」

「信用してるから?」

「そ。ヒスイくんなら大丈夫だからあえて言わずにいてるのかもよ」


よくわからないけど、クキが言うならそうなのかな。


「とりあえず食器片付けてトーカが帰るの待とうか。夕方には戻るらしいから」




ソファに腰掛けてトーカを待つ。クキは横で本を読んでいる。俺は今までのことを振り返っていた。

仕事ではいつも最後に全てを聞かされた。ニセ星の子の時は何も知らされずボコボコにされたし、失踪事件の時は1人で護衛していると思わされた。ラボの時は犯人を知らされず囮にされたし、今回も何も言われなかった。………なんか思い出したら腹たってきたな。

でも、いつでも俺が成長できるように考えてくれてた。強くなりたいと言った時も、人を助けることを選んだ時も、地上へ行くことを選んだ時も。理解して道を示してくれた。

……ああ、そうか。信じてくれてるじゃないか。ちょっと過保護だけど、大切に思って信頼してくれてる。


「クキ………」

「なんだい?」


呼んでる本から顔を上げずにクキが返事する。


「俺、トーカに謝らないと」

「………仲直りできそうだね。なら、ちょっとトーカに仕返ししてやろうか」


クキはイタズラを思いついた子供のような笑みを浮かべていた。




夕陽が部屋を照らす頃、トーカが急いで帰ってきた。


「クキ。ただいま。ヒスイは?」

「トーカ!大変なんだ!ヒスイくんが家出しちゃった!」

「は?」

「部屋の窓からこっそり出てったみたいで、手紙が残されてたんだよ」


クキが泣きそうな顔でトーカに手紙を見せている。

もちろん俺は家出なんてしてない。キッチンの死角に隠れて、クキに言われて書いた手紙が読まれるのを見ていた。


「しばらく1人になりたいのでほっといてください?なんだこれ?」

「トーカのせいだよ!ヒスイくんを騙すようなことばかりするから!」

「いや、ああ、それは反省している」


意外と素直に非を認めたな。珍しい。俺の前じゃないからか?


「悪かったよ。つい人を試すようなことをしてしまうんだ。治さないとな」


言いながらキッチンに近づいてくる。ちょっと待て。これ、俺がいることに気づいてないか?


「だから出てきてくれないか。話をするなら顔を見てしたい」


俺が隠れている所を覗きこまれる。あっさりバレてしまったせいで真っ赤になった顔でトーカを見上げた。


「………なんでわかったんだよ」

「お前がクキや俺を悲しませるようなことするはずないでしょ」


笑いかけてくる顔は穏やかで。………その顔はズルい。


「もういいよ。俺だけ子供なんだ。勝手に拗ねて怒って空回りしてるんだろ」

「おやおや。まだ機嫌がなおらないみたいだね。でも素直に不満を言ってくれるようになったのは進歩かな」


言いながら頭を撫でられる。大人の手だ。俺がどれだけ背伸びしても届かない。


「………いつもありがとう」

「………どういたしまして」




「仲直りできて良かったねぇ」


クキがのんびりと話しながら夕飯の支度をしている。


「というか、家出騒動はお前の入れ知恵だろ。話をややこしくしてどうする」

「え〜?でもそのおかげで嬉しい言葉が聞けたでしょ。感謝してほしいくらいなんだけど〜」

「ん。それは、まあ。そうだけど」


トーカが照れてる。そうか。拗ねるよりも素直に感謝するほうがトーカには効きそうだな。覚えておこう。


「そういえばいつも俺を試すようなことばかりするけど、トーカって強いのか?」

「え?」


トーカが心外だと言わんばかりの顔をしている。


「あれ?そう言えばヒスイくんってトーカが戦ってるとこ見たことないんじゃない」

「つ、強いぞ!俺は!」

「え〜。でも自分で強いって言っても説得力ないし」

「ほら!ハイルだって俺を警戒してただろ!銃だって特別製だし!」

「ん〜。でも実際に戦ってるのを見たわけじゃないからなぁ」

「そんな………」


トーカがガックリと肩を落とすのを見てクキと2人で笑う。

頼り甲斐あるんだかないんだか。余裕があるんだかないんだか。よくわからないこの大人が相棒で良かったなぁと素直に言えるのは、もう少し先のことになりそうだ。

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