第8話 強さと優しさ
「というわけで、こちらがお前に稽古をつけてくれるアルアさんだ。」
「中央に行く時に一度会ったな。アルアだ。よろしく」
「…よろしくお願いします」
鬼ごっこから1週間。トーカが約束を守って連れてきた護身術の専門家は、ニセ星の子事件で運転手をしてくれた女性だった。
「アルアは普段は運転手してもらってるけど、実は元軍人さんで近接戦のエキスパートなんだよね〜。いや〜、いい先生に恵まれたね〜」
「怪我をして退役したが、教えるのには問題ない。安心してくれ」
「あ、はい」
てっきりムッキムキのおっさんが来ると思ってたので、目の前の小柄な女性に戸惑いを隠せない。
「もっと屈強なヤツが来ると思ってたか?」
「え⁉︎あ、その……」
「君は顔に出過ぎだ。そんなんでは身を守る以前に任務にならんぞ。動揺してる時ほど冷静な態度を見せろ」
「はあ……」
「それに護身術は相手を倒すためのものではない。逃げるためのものだ。なら弱い者ほど使えるものでなくてはならん」
「はあ。………ん?」
あれ?今聞き逃してはいけない事を言った気がする。
倒すためじゃない?逃げるため?
慌ててトーカを見ると、ニヤーッとした笑いが目に入った。
アイツ!俺が護身術が相手を倒すためのものって誤解してるの気づいててこの状況を作ったな!
「じゃあ俺は仕事があるから。あとはよろしく〜」
シレーッと逃げやがった!
「ははは。それであんな変な顔をしてたのか」
「勘違いしてたオレも悪いけど。俺は敵を倒す力が欲しくてあんだけ頑張ったのに……」
「まあ、まずは護身術を習うのも悪くはないさ。自分の身を守れないとどうにもならないからな。その上で、もう一度トーカに頼めばいいだろう。私はトーカの許可さえあれば何でも教えてやるぞ」
「トーカの許可は必要なんですね」
「あれは一応君の保護者だからな」
なんだか納得いかない。たしかに保護されてる身ではあるが、守られるだけの関係だとは思いたくないんだけど。
「それに……」
いきなり腕をグイッと持ち上げられる。そのままジーッと値踏みされた。
「こんな細腕で格闘技も何もないだろう。護身術と並行して筋トレだな。まだ15歳なら体作りが先決だ」
トレーニングメニューを考えてやるから毎日やるんだぞと笑いながら言われる。少し寒気がした。さすが元軍人。スパルタの気配が恐ろしいほど漂ってくる。
「つ〜か〜れ〜た〜」
結局あのあと護身術から筋トレから休む間もなく動かされ、毎日のトレーニングメニューを渡されて終了となった。次は3日後らしい。
今はヘロヘロの状態で夕飯を食べている。
「護身術習うのって大変なんだね」
「初日からそんなんで大丈夫かよ」
イッカとウノが心配そうに顔を覗きこんでくる。
「う〜ん。でも自分から言い出したことだし、頑張るしかないよ」
「そもそも何で護身術なんか習いたかったんだ?」
イッカに聞かれビクッとなる。
「まさか…またこないだみたいに危ない事しようとしてないよね」
ウノが珍しく怒った顔で問い詰めてくる。
「う〜、あ〜、それは~」
「図星なんだな!危ない事しようとしてんだな!」
「こないだだって大怪我して帰ってきたんだから、ダメだよ!絶対ダメ!」
2人に思いっきり詰め寄られる。
心配は嬉しいが、詳しい事情を話せないのでどうにも心苦しい。
「いや、あのさ、実はこないだのもさ、俺が頼んでトーカに連れてってもらったんだよ」
「「は?」」
「前にさ、将来の話しただろ。俺、あの時は何も答えられなかったけど、あの後色々考えてさ。んで……トーカみたいな仕事したいなって」
「トーカみたいなって?」
「困ってる人を助ける仕事。だからトーカにお願いしたんだよ。俺が役に立ちそうな時は連れてってくれって」
嘘は言ってない。本当のことも言ってないけど。
「色んな人の事情に関わるから、詳しい話はできなくてさ。心配かけるけど俺は大丈夫だから。自分の身は自分で守れるように護身術だって習うわけだし」
「まあ……それがヒスイの望みだってんなら……」
「僕たちは止めないけど……」
納得してくれそうで良かった。なんだか日に日にやり口がトーカっぽくなってくのがイヤではあるが。
「「でも!」」
「あんまり危ないトコには行ったらダメだぜ!」
「僕たちが待ってるのを忘れないでよ!」
2人が身を乗り出して力説してくるので、なんだか笑ってしまった。
ありがとう。お前達がいるから、俺は自分の道を進めるんだよ。
「良い友人を持ったな」
次の訓練日。休憩時間にアルアに2人のことを話したら、嬉しそうに聞いてくれた。
「はい。2人がいるから俺は頑張れてると思います。あ、でも……」
「どうした?」
「よく考えたら、一緒にいられるのってあと2年くらいなんだなって。2人とも外に出て働きたいって言ってるし」
「若い頃にできた友人は、離れても互いに支えになるもんだ。私にもそんな友人がいるぞ」
「え、どんな人なんですか」
「それはまた今度な。さあ、休憩はここまでだ。続きをするぞ」
次は筋トレメニューだ。フォームを間違えると容赦なくやり直しになるので、必死に体を動かす。やっとノルマを終えたところでアルアが思い出したとばかりに話を始めた。
「トーカがお前のトレーニング内容を詳しく聞いてきたんだが」
「へ?保護者としてちゃんとやってるか気になったとか?」
「いや、どちらかと言うと今の実力を知りたいという感じだったな。任務でもあるんじゃないのか?」
「任務……」
前回のことを思い出して手が震える。気づかれないように強く握ろうとしたが、アルアが見逃すはずもなく。
「私が力量を見極めて適切なトレーニングもさせている。大丈夫だ。私を信じろ」
「…アルアの言葉なら信じられそうです」
俺の師匠はとても頼もしい人だ。
ジーッ。
今日は珍しく早く帰ってきたトーカをガン見する。本人は気づかないフリをして机に向かっているが、いい加減限界がきたのか頭を掻きむしってこっちを向いた。
「あー、もう!何なの⁉︎俺、何かした⁉︎」
「アルアに俺のトレーニング内容聞いたんだって?」
「う………アルアめ。喋ったな」
バツが悪そうに目を逸らされる。
逃がさないからな。
「仕事が入りそうなのか?」
「う〜ん。かと思ったんだけどね。ヤド関連では無さそうだし、お前の出番はないよ」
「ヤド関連じゃなくても俺が役に立ちそうなら行きたい」
トーカが意外そうな顔をする。
「……なんで行きたいんだ?」
「自分の状況を考えたんだよ。ヤドのことがある限り俺はここを出られない。かと言って、ぬくぬく守られているだけはイヤだと思ったんだよ。お前みたいに誰かを救う仕事がしたい」
「………この前みたいな目に遭うかもしれないぞ」
「そのためにアルアに鍛えてもらってるんだろ。実力不足なら諦める。でも俺が役に立つなら行きたい」
「でも……」
「俺はお前の相棒なんだろ」
はあ〜っとため息をつかれる。
「お前は意外と頑固だよね」
「お前は意外と慎重派だよな」
口も達者になっちゃって。と苦笑いをされる。どうやら説得は成功したようだ。
心の中でガッツポーズをとる。
「でも、まだ下調べの段階だからね。お前を動かすにしても作戦を考えなくちゃいけないし。出番が来るまでは待機だ」
「本当だろうな」
「どんだけ信用ないの、俺。ここまできて嘘はつかないよ」
信用が無いのはお前が悪い。
やれやれと言う感じで部屋を出て行くトーカを見送る。
扉が閉まった瞬間、俺は「ヨシッ!」と拳を握った。
その数日後、俺はトーカと共にある貧民街に降り立っていた。
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