地味で最弱な幻影魔術を極めたら、派手で最強な魔術に進化した件

月影リン

第1話

「……うーん。あんまりピンと来るのがないな」


人々から寄せられた依頼が張り出されている掲示板を一通り確認し、俺は首を捻った。

ここは、 酒の匂いと肉が焼ける音、そして怒鳴り声が四六時中充満する酒屋兼依頼受付場。魔術師……つまり戦闘を生業とする者たちにはやはり癖者が多く、彼らが友誼を結ぶために酒場と兼ねるのが合理的……と、判断されているらしい。

今日の仕事を終えて明日の依頼を探しに来たわけだが、 今のところあまり緊急性の高い依頼は無さそうだった。


「ま、平和なのはいいことだな」

「おいアレン。そろそろ他の属性の魔法は覚えたかぁ?」


平和を喜んでいると、酒の入った様子の青髪の若者がいきなり俺に絡んできた。確か……この王都でも最近評判の新人魔術師だったような気がする。名前は覚えてないが。

 俺はどうも悪い意味で有名人になってしまっているようで、こんな風にろくに話したこともない奴から絡まれることもしょっちゅうだ。


「いや、俺にはほかの属性の適性がないからさ」


属性を宿した魔術を使うためには、魔力回路を用いて自分の魔力を属性魔力に変換する必要がある。しかし誰でもそれができる訳ではなく、例えば人によっては炎への変換が得意だが水は不得意などのバラけがある。それを、一般的に「適性」と呼んでいるわけだ。

そして俺は、とある事情により属性への変換能力をほぼ完全に喪失してしまっている。


「おいおい、また冗談言ってやがるぜ! そんなのでどうやって魔術師やってくってんだよ!?」

「はは……ぼちぼちやってるさ」


俺が得意とする魔術である「幻影魔術」は、他の炎や氷、雷といった属性の魔力を用いた魔術と異なり直接的なダメージを与えるものではない。更にそもそもの扱いが難しく、戦闘で実用できるまでマスターしている魔術師はほぼいないと言われている。

それらの要因が合わさり、地味で最弱の魔術と呼ばれているらしい。らしいが、別にそんなことはどうでもいい。


「氷と雷なら教えてやるからよ、いつでも教えを乞いに来いよ! ハハハ!」


優しいことを言っているようだが、彼はどう見ても俺を嘲っていた。彼の言葉につられて笑う周りの魔術師たちも、同じ。


「そんなに幻影が使いたきゃ、もっといい職業があるぜ? 舞台小屋の演出、ってのはどうだ!? ハハハ!」

「おいおいそりゃ傑作だな、ガハハハハハハハ……」


他の男がそう言うと、魔術師たちがみな笑い出す。

別に見下すだけ見下せばいいが、そろそろまともに相手するのも疲れてきた。


「……仕方ないな」


 幻影魔術と『透明化ステルス』を発動することに決めた。

まずは適当に相槌を打ち続ける俺の幻を自分に重ねるように設置。そしてステルスを発動させ透明になってすり抜けると、周囲の誰も俺本人が移動したことに気づいた様子はなかった。

幻影魔術には元々周囲の意識を惹きつける効果があり、更にそれを魔力で増大させている。ステルスは魔力探知には普通に引っかかる上、透明になるだけなので実体はそのままだし音も普通に立つというまず使い所のないような術式だが……こうやって組み合わせれば、相手が街中で気を抜いているなら騙すことはできる。もちろん、戦闘中ならこう簡単にはいかないだろうが。


「一生幻と喋ってやがれ」


ザマアみろ、あの幻影はしばらく消えないし相槌も打つからさぞ気分が良かろう。好きなだけ幻とお話していればいい、俺はそれを肴に美味い飯を食わせてもらうぜ。

 せめてもの抵抗にそう毒づきながら酒場を出ると、遠くにある王城を夕日が照らしていた。


「……はぁ」


田舎にある故郷から、王都に出てきて早三ヶ月。いい加減にこんな扱いをされるのにも慣れてきた。

こんなことで傷つくようなヘタレメンタルじゃあ、魔術師なんてやっていけないぜ……と強がってはみるが、決して効いていないわけでもない。たまに、皆が優しかった故郷が恋しくてたまらなくなる。

それでも、俺には叶えたい夢がある。守るべき信念があるどれだけ辛かろうと、そのために戦い続けなければならない。


「おい、デュランダルさんが帰ってきたぞ!」

「凄いよなぁ、あの剣の腕に固有術式まで持ってるとか。全魔術師の憧れだよ」


歓声を耳にし、俺は顔を上げた。

 街の住民たちが拍手と敬意で出迎えたのは、銀色の髪を短く刈り上げた偉丈夫。俺も百八十三セルチあるのでかなり背が高い方だと思うが、あれは恐らく百九十はあるだろう。

背負っている大振りの無骨な剣が特徴的な、重厚な鎧を纏った大男。彼こそが「デュランダル・カリバー」だ。

まさに剣士の中の剣士。比肩する者のない卓越した剣の腕故に、「剣聖」との二つ名を取る生きる伝説だ。さらに、全世界で見ても数人しかいない最上位の称号である「冠位」を持つ魔術師でもある。家柄もとても立派で、カリバー家といえば代々聖剣を継いできた高名貴族のひとつ。

その栄光溢れる姿が今の自分とはあまりに真逆に見え、俺は思わず目を逸らしそうになった。


「いつもありがとな、皆!」


丸太のように太い腕が、戦利品であろうなにかのモンスターの角を掲げるとさらに歓声が増した。

まさに歴戦の戦士。

そんな印象を受ける顔つきをした壮年の男の傍を歩くのは、二人の女性……いや、一人はまだ少女だ。


「それにしても、レイン様は相変わらずお美しいな」

「縁談があるって噂だぜ。くーっ、相手の男が羨ましいや」


一人は波打つ赤髪が目を引く、二十代半ばほどと思しき女性。そしてもう一人は、美しく輝く紫紺の長髪と、紅蓮の炎をそのまま閉じ込めたかのような真紅の眼が特徴的な少女だ。恐らくだが、俺とそう歳は変わるまい。

少女の方は有名だから俺でも知っている……デュランダルの兄の娘である「レイン・カリバー」。貴族の跡取りにして、美しい容貌と優れた人格、そして武才を併せ持つとんでもない高嶺の花。

 彼女に言い寄り、玉砕した男の数は数え知れないという。


「ん?」


レインと一瞬目が合う。すると、彼女はにこっと笑った。男たちからの歓声が上がる。

……意図的? まさか。ただの偶然だろう。


「はぁ。何考えてんだ……」


そんなことを考えてしまった自分が恥ずかしくて、凄まじい自己嫌悪に陥りそうになった。……こういう時はとっとと切り替えるに限る。

よし、そうと決まれば飯だ。今日は美味い肉でも食べよう


「……うぇーん。うぇぇぇん……」


行きつけのレストランに行こうと道を歩いていると、道端で年端もいかない幼い女の子が号泣しているのを見かけた。

座り込む少女の足元にあったのは、汚れてバラバラになった一輪の花。


「どうかしたか? ちょっと兄ちゃんに話してみなよ」


見て見ぬふりはできまいと少女に歩み寄り、極力優しい声で話しかける。


「あのね、わたしころんじゃって……お花ふまれちゃって……ママのたんじょうびにあげるお花だったのにぃ……! ふぇぇぇ……」


なるほど、事情はわかった。

この花の命はもう終わっている……が、僅かに生命力というリソースが残されているのを感じる。この花の命を、別の何かに引き継がせることはまだできよう。


「わかったわかった、兄ちゃんが何とかしてやるから泣き止むんだ」

「……でも、おこずかいもうないよ?」

「そんなのはいらない。このお花に手を添えて、そう。一生懸命、目をつぶって祈るんだ……もう一度元気になりますようにって」

「うん、わかった」


少女は、俺の言った通りに目を閉じた。

いけるという確信はないが、やってみなければ始まらない。


「……さて、やるか」


深呼吸しメンタルを整えて、術式を発動する。

イメージしろ、描き出せ。この花の命を糧として、決して枯れることのない花が生まれる……そんな情景を。


「よし、目を開けてみな」

「うん」


少女と俺の目の前で、ぼろぼろになった花が光の粒子となって解ける。

それらは宙を駆けて集まり、やがて元となった花と寸分違わずそっくりな造花へと成った。


「わぁ、すごいすごい! お花きれいになった!」

「今度は転ばないように持って帰ってあげるんだよ」

「うん、うん! お兄ちゃんありがと!」


少女は、あの泣き顔が嘘だったかのような満面の笑顔で駆けていった。

……のを見送るのが限界だった。


「はぁーっ……」


疲れが限界に達し、思わずその場に座り込む。

初めて目にするものをあそこまで精巧にイメージするには、相当な集中力が必要だ。日ごろから鍛えているとはいえ、さすがに反動は大きい。


「どうぞ」


座り込んでいた俺の目の前に、華奢な手のひらが差し出される。

魔力と集中力を振り絞り疲れ切っていた俺は、何も考えずその手を取った。


「どうもありがとう。もう大丈……」


そう言って離そうとした手を、相手の手が思い切り握る。華奢さに似合わない力にびっくりして顔を上げると、そこにあったのは美しい真紅の瞳だった。

 あの時一瞬だけ交わされた視線が、今度は正面から絡み合う。間近で改めて見た目鼻立ちは全体的にとても整っていて、同時にどことなく高貴な雰囲気が漂っていた。

 間違いない。レイン・カリバー……歩き去ったはずの彼女がなぜ、ここに。


「えっと、離して貰えませんか?」

「ふふっ、それはダメです。離しませんよ」


甘い響きのある清廉な声が、理解に苦しむ言葉を紡ぐ。

一筋の風が吹き、印象的だった紫紺の髪がふわっと揺れた。花のような爽やかな香りが、風に運ばれて俺の花をくすぐる。


「私はちゃんと『視て』いましたから。貴方がとてつもない奇跡を起こした瞬間を」

「は? いやいや、さっきからどういう……」

「ひとつお願いがあるんです。アレンさん……私の婚約者になってくれませんか?」


紅眼の少女は、その笑みを崩さぬままとんでもないことを言い放った。


「はっ? はああああああああああっ!?」


 王都一番のお嬢様に突然求婚され、日ごろから心がけているはずの平静は一撃でどこかへ霧散した。

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