八、歪んでしまったモノ


「魔王さま、私……この数日間、すっごく辛かったです。一緒に眠ってくれないし、ひとりで……寂しかったです。ていうか、ほんとにすごくひどい目にあいました」


 何日ぶりなのか、記憶がおかしくなるくらいには酷い目にあった。

 その久しぶりに泣きつこうとした私を普通に、しかも割と有無を言わさずな感じで抱いた魔王さまの鬼畜っぷりを、私は忘れない。

 唯一の救いは、ベッドがふかふかで毛布はスベスベで、この子たちが心地良いことだけだなと思った。

 ……アレはアレで気持ちは良かったけど、そういうことじゃない。



「す、すまんな、サラ。最初にグィルテに任せたのは、短時間で強くするために仕方なくだ。言ったように、この世界は弱者に優しくない。かと言って、俺は育てるのが下手でな」

「魔王さま? それで私の心がぶっ壊れたりしたら、どうするおつもりだったんですか? そもそも短時間て何ですか? ふつう、短いと言っても『期間』で考えませんか?」


「いや……まあ、そうかもしれんな。ただ、あいつの方がまだマシだったはずだ。サラに嫌われてしまうかもしれんから、俺から先に教えるなど出来なかった。許せ」

 ――それは絶句ですよ。

 アレよりきついっていうこと?

 どれだけエグイことしか出来ないんだろう。逆に興味は湧いたけど……。


 でもちょっと、魔王さまを見る目も一瞬だけ、感情が消えた。

(あと思ってることがあって、私の日中の服が布紐の数種ローテーションなんですよね。ベッドでは裸で寝間着が無いし。そういう文化なんでしょうか……)



「お、おいサラ。俺にまでそんな目で見るんじゃない。まだ何もしてないだろう」

「……しますよね。どうせこれからするんですし、もう同じですよ」


 ――あれ? さっき、私に嫌われてしまうかもだからとおっしゃった?

 割と酷い仕打ちをされているけど、私のことは気に入ってくれてる……のかな。

 それなら、ちょっとくらい許しちゃおうかな。

 ……いや、許せてしまう私ってどうかしてる?



「と、とにかくあれだ。召喚は上手くいったのか? グィルテは満足そうにしていたが」

 そういえば名前を決める時に、竜王さんがやたらとイカツイ候補ばかり推してきたから、危うくゴツイ名前になるところだったんだ。


「はい。とっても可愛い子を従えられたんですよ? 今日はもう休ませてますけど、呼びましょうか?」

「いや、明日でいい。名は何というんだ」

「シェナと名付けました。ただ、少し教育が必要なので明日からお爺さんと一緒に教えることになりました」

 過酷なしごきを一日でも抜け出せるならと、私はこの世界に来て初めて、純粋に楽しみに思っていた。

 それに、シェナはものすごくかわいく懐いてくれるから。

 スベスベの、雪のように白くてやわらかい頬を惜しげもなく、スリスリと擦り付けてくれる。


「その教育は爺に任せておけ。サラは俺と剣の稽古だ」

「え?」

 私の……楽しみが……。



  **



 ショックを受けた私から、くちびるの所有権を奪った魔王さまは、そのまま私を召し上がられた。

 ……結局明け方まで、魔王さまは私を鳴かせて遊んだ。

 それは妻への愛情なのか、それとも捌け口なのかは分からない。

 とても甘やかしてくださるし、私も嫌だとは思わないから問題ないのだけど。


 けど……お年頃の身としては、どういう気持ちなのかが気になるというもの。

 だから頭の中では、どう思ってるんですか、好きなら好きだと言ってください、なんてことを聞いて答えをもらって、満足のいく結果にニマニマと微笑む。

 ――という妄想を繰り広げている。

 聞くに聞けないのもお年頃。


 そんな関係でも信頼というか、安心に近い気持ちでいられるのは、契約とはいえ妻となったから。

 魔王ゆえにお城もあるし、生活に困ることがないから。

 いや、このまま竜王さんのしごきが続くなら逃げ出したいけど……。


 あの人は基本、私に竜魔法を教えるという役目を果たしたらどこかに行くつもりのようだし、きっと大丈夫。

 だから、毎夜こうして弄ばれたとしても……優しい寝顔を見せてくれるこの関係は、悪くない。



  **



 あれから数カ月が過ぎた。

 以前、強くするためといっても、「時間」ではなく「期間」で考えてくださいと言ったことを覚えていてくれたらしく。

 竜王さんみたいな地獄の鬼ごっこは、しなくてすんだ。


 時折、手加減を間違えて腕を落とされたり、足が無くなったりはしたけど。

 意図的に心ごと刈り取られる竜王さんのしごきよりかは、幾分マシだった。



 それよりも、魔族が備えている再生の能力は、本当にすごい。

 まるで、デジタルでプログラムされたデータみたいに、失った部位が再構築される。

 その過程は瞬く間で、痛みや違和感もない。


 戦い方が、手足の損耗さえ計算に入れたものになるのも、うなずける。

 結局は、コアになっている魔核というものを失わなければ、きっと頭を消し飛ばされても生き返るような気がする。

 恐ろしくて試せないけど。


 それに、人によってその場所が違うらしいから、自分でさえどこにそれがあるのかは分からない。

 まるで、透明な臓器みたいに。

 例えば、心臓兼魔核、脳みそ兼魔核、といったように、魔核というそれらしい特定の形があるものではないのだと教わった。

 破壊した時に初めて、体が再生しないから気付く。


 おおよそは肋骨内のどこかか、頭蓋骨内の脳みそかの、どっちかだろうけど。

 そして、魔核の大きさが臓器よりも小さい場合、吹き飛ばし加減では核を破壊できていないことがあるという。

 だから、魔核を狙う時はなるべく、狙った臓器を木っ端にしろということで訓練を受けていた。

 道理で、竜王さんの攻撃はいつも、受けた部位が吹き消し飛んでいたわけだ。


 ちなみに竜王さんは、最初の数日で竜魔法を叩き込んだからと、シェナを従えたその次の日には居なくなっていた。

 ……教わったお礼くらいは、ちゃんと伝えたかったのに。

 魔王さま曰く、照れ隠しもあるだろうし、元々ドラゴンは自由で勝手な生き物だから気にするな、だそうだ。



  **



 城壁横の訓練場で、やっぱり魔王さまにも手も足も出せず、地面に転がされた後のこと。

 手を引いてもらって、魔王さまの複雑そうな表情を見上げながら立ち上がった時だった。


「サラ。お前に剣を教えるのは今日で終わりだ。仕方のない事だが、お前には才が無い。これ以上は無駄だろう。だが、それなりには鍛えたつもりだから、勇者ども……人間の転生者以外に負ける事はなかろう」

「あ……はい」

 自分でも自覚はしていたけど、面と向かって言われるとちょっとショックだ。


「ただ、やはり万が一の時があっては困るからな。この剣をやろう」

「え、これ……いいんですか?」

 この世界に来てすぐに引き抜いた、魔王さまだった剣だ。


 ガードの金細工がとても優美な、細身なのに意外と重い、黒刃の剣。

 あの時は、振り上げるだけで肩が外れそうだったけど、今は竜魔法の保護膜を使えば、人を軽く超えたパワーも出せるから使いこなせる。



「これは俺の魔力を極限まで練り込んだ代物だ。もしも離れていても、サラが助けを求めればいつでもこれに宿って助けてやれる」

「え……え……それってもう、私のことを失いたくない……みたいな?」

「当然だろう」

 あぁ、だめだぁ……涙が、おさえられない。


「お、おい。なぜ泣く」

「だって……だって、一度も……そんなこと、ベッドの上でも言ってくれないし。ただの捌け口なんじゃないかって……ちょっと不安だったり……」


 実際には……そうした行為にも愛情が感じられたり、言葉にしてくれなくても分かってはいるつもりだった。

 だけどやっぱり、はっきりと言って欲しい時もあるから。



「そうだったのか……。すまん。毎日のように可愛がる事が、その証だというのが魔族の常識だったものだから。だが、サラはそうした細かい常識は、知らなかったんだったな」

 そうだったのっ?

 それはこっちが、「そうだったのかぁ!」だよ!


「もう! そういうことなら……私、たくさん……たくさん愛を、感じていましたよぅ……」

 なんだこれ、なにこれ。

 胸の奥が……心の奥から、幸せでいっぱいになってる。

 全身が幸せでいっぱいになってる。


「もう泣くな。すまなかった。これからは言葉も尽くそう……なるべく」

「ふふっ。魔王さま……きっとですよ?」

 たぶん、きっとまた言葉では言ってくれない、かもしれないけど。


 でも、これはもう、今夜はあれよ、ものすごいことになる……!

 魔王さまのせいで、私は魔王さまとそういうことをするのが物凄く好きになってしまったから……。

 まだお昼過ぎだから、まだまだ夜には遠いけど……それはそれで、焦らされてる感じが好き。

 こんなに歪んでしまったのは魔王さまのせいだけど、それも全部愛おしい――。




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