六、竜王の指南

 寝心地の良いベッドに、毛布もスベスベの肌触りで、そして……背中には、人肌の温もり。


 ――どうしよう?

 なし崩しのような感じで、甘やかされながら初夜を……。妻の役目を受け入れてしまった。

 なんか……なんかものすごく、状況に流されてしまった。

 ――気がする。


 でも、だけど。

 死んですぐに転生して、たぶん自分の体なんだけど別人になっちゃってて、魔族で……正直わけわかんないよ。

 頭の中グルグルに回ってて、そんな時に優しくされたら、魔王さまの妻になっちゃったし、流されちゃってもおかしくないよ。



 けど一晩眠って、少しは落ち着いた。

 だからこそ、ママとパパにお別れ出来なかったことが今になって、心に重くのしかかる。

 せめて、一応こっちでは元気だよって、伝えたい。


 いきなり魔王さまの妻になりましたとか、ママに言って驚かせたい。

 パパは……卒倒しちゃうだろうけど。


 ママ……パパ。

 私……とりあえず今のところは、大事にしてもらってます。

 竜王さんは怖いけど。

 魔王さまと、お爺さんは優しいです。


 ごはんも美味しかったです。

 ベッドもふかふかでした。


 夜も…………。って、こんなことまで言わなくていいよね。

 だけど本当に、初めてだけど幸せを感じた。



 ――せめて、伝わるといいなぁ。

 あんな事故で死んじゃったから……。

 私がママとパパの立場なら、泣き叫んじゃうよ。

 自分でも……今になってふつふつと思うもの。

 許せない、って。


 私を轢いた後もあの人は、アクセルを踏んでエンジンをふかしてた。

 逃げるつもりだったんだ。

 自分のことしか考えてない、最低な人だ。



「サラ。祈っているのか? それとも、何か怒っているのか?」

 寝起きの低い声で、魔王さまは後ろから優しくささやいた。

 って、あれ? 昨日までは小娘とかお前とか、そんな呼び方だったのに――。


「魔王さま。私のこと、名前で呼んでくれるんですか?」

「俺が聞いているんだがな。我が妻は寝起きから何をしているのかと」


 ふかふかのベッドで、後ろから私を抱きしめるように眠っていたはずなのに、物思いにふけっている間に起きたらしい。

 基本的に紳士な人なのだけど、私を優先してくれるわけではない……というのは、昨日の夜に思い知ったから、分かっていたのだけど……。



「祈り……の方が、長かったと思います。ママとパパに、私は大丈夫だよって」

「そうか。サラは、この世界は嫌いか」


「……まだ分からないですけど、好きかもしれません。それよりも私の名前……」

「なんだ。昨日さんざん、名前で呼んでくれと懇願してきたじゃないか。あまりにも可愛らしくて、少々いじめてしまったが」


 そう言われて、乱れていた時のことをうっすらと思い出してきた。

 魔王さまにしがみついて、名前を呼んでくださいと……たしかに懇願してた。

「は……恥ずかしいので、忘れてください」


「ほう。では忘れるとしよう。ならば今夜もまた、名を呼んでくれと聞かせてくれるのだろうな。子猫のような鳴き声でニャアニャアと」

「も、もう! 魔王さまってば……!」



 優しいくせに、いじわるで……私の歪んだ性癖に刺さっているぅぅ!

 変なハマり方をしそうで、自分が怖い。


 ……ちなみに、魔王さまの御名前は『ルガルアディ様』というのだけど、私自身が一歩下がった感じでいたいものだから、ずっと魔王さまとお呼びしてる。

 あとは、ちょっと呼びにくいというのもあるけれど。

 竜王さんのグィルテという名前も、魔王さまのルガルアディ様という御名前も、発音し慣れないから舌を噛んでしまいそうで。


「そういえばサラよ。今日からグィルテに竜魔法を教わると言っていたな」

「あ、はい。朝からだと……。えっ、今何時ですか?」

「もう昼前だろうなぁ」

「ええええええ! し、死んじゃいます。ぐちゃぐちゃにされちゃいますよぉ!」


「ほう?」

 という魔王さまの顔は、昨夜のことを思い出しているっぽくて、少しケダモノの気配になった。

「え、えっちなことじゃなくて! 物理的に! あの人、私のこと嫌いだと思いますし! 魔王さまも一緒に謝ってくださいお願いします! ぜったいむり……殺されるより酷いことされる……」


「大げさなやつだ。一緒に見ててやるから、ちゃんと教わってこい」

「あぁぁぁぁ……」



   **



 広くて大きなお城には、訓練用の広い土地も城壁に隣接されていた。


 そびえ立つ極厚の城壁を背景に、広場の真ん中に黒いボディスーツの長身女性が立っているのを見た時――それだけで私は、失神しそうになった。

 まだ遠くて、目が合っているかどうかなんて分からないはずなのに、確実にその人は私を見ていて、私も睨まれているのをはっきりと感じたから。



「羽虫ぃ……とても肝が据わっているようだなぁ? 契約の主従が、そのまま現実になるとでも思っているんじゃないか? あぁ?」

「ひぃぃぃすみませんすみませんすみません。お怒りはごもっともですが、どうかどうか、ご容赦をぉぉ……!」


 竜王さんの前に立った時と、そしてこの会話で私は、立ったまま気を失いそうだった。

 そして、殺されるにしても痛くないようにお願いしますと祈ったくらいには、全身脂汗でびっしょりになった。



「まぁ許してやれグィルテ。昨日は俺の相手をさせたのだ。こいつは少々疲れている」

 魔王さま……それは一緒に謝ってくれたうちには、入らないと思います……恥ずかしいですし。

「魔王よ。貴様も我の事を、小間使いのように思ってはおるまいなぁ?」

 長身の竜王さんよりもまだ高い魔王さまに怯むことなく、ねめつけるように睨みあげるその姿はまるで――。


 まるで、長年連れ添った夫婦のように見えた。

 ちょっとした痴話ゲンカ。よく知った者同士のじゃれ合い。

 風格もお互い似合っていて、一夜を共にしたくらいじゃ埋まらないくらいの、仲の良さがうかがえる。

 ……二人は、付き合ったこととかが、あるのかも。



「おいサラ。見てくれるそうだぞ。ちゃんと身に着けるんだ。この世界はあまり、弱者に優しくはないからな」

 魔王さまの穏やかな声なのに、耳に残らなかった。

 つまらない嫉妬心のせいで。こんなものが、私の中にあったなんて。


「羽虫。聞いているのか。さっさと我の前に来い」

「は、はいっ」

 返事はしたけど、目を合わせられない。

 怖いのもあるけど、いまはもっと、自分の中の嫌な気持ちが見透かされそうで。


「早速はじめるぞ」

 こんな気持ちでイヤだし、それに……しっかり寝不足で、正直体が一番つらい。

「あの、ちょ、ちょっと待ってください。今日はやっぱりもう無理です。私、もう限界です」

「あぁ? 羽虫は大遅刻をした上に、まだ何もしておらんだろうが」


「し……してないですけど、色々とあり過ぎて……。だって、昨日死んで、何も分からないままこの世界に放り出されて、わちゃーっと色々あって今に至るんですよ? せめてやっぱり、明日からに……」

 ……明日も寝不足になるかもしれないけど。今日だけでも、怖い竜王さんとマンツーマンなんて避けたい。キツ過ぎるよ……。


「あぁ。なんだ羽虫、死者転生だったのか。てっきり生者転生かと思っていた」

「……それって、何か違いがあるんですか?」



「明確にある。死者転生はそもそもお人好しが多く、しかも魂が浄化されて送られてくる。だが生者の方は業を持ったままでな。つまり、性質の悪いまま送られてくる。圧倒的に後者が多いから貴様もそうだと思っていて、死なぬ程度に痛めつけ続けてやろうと思っていた。転生者には同胞を殺しまくられて、腸はらわたが煮えくり返っているからな」

「ひぃぃぃぃ。今初めて、死んでて良かったって思いましたぁぁ」


 でも道理で、私、死んだのにたぶん、ショックがあまりないし。ママとパパのことを考えると悲しいけど……。性格も明るくなった気がするのよね。もっと根暗で、人と話すのもかなり苦手だったのに。

(そっか……私、魂を浄化してもらったのかぁ……)


「すまなかった。サラといったか。今後は羽虫などと呼ばぬようにしよう。だが、多少辛かろうと、我の時間を無駄に使うことは許さん。諦めて修行せい」

「うぅ……。はい。そうですよね、すみません」


 なんか急に、口調も雰囲気も優しくなった。

 体を貫くような、ものすごく怖い眼光もなくなって……今はなんだか、先生みたいな?

 育ててやろうという雰囲気が、ちゃんと伝わってくる。

 ――そんな気がする。



「うむ。ではまず、我の加護がどの程度なのかを知っておけ。その有難味、もうちっと感じてもらわねばな」

 その言葉が終わる瞬間に、私は下腹部に爆発を感じた。


「――ヴッ?」

 竜王さんに、お腹をグーで殴られたらしい。

 その衝撃からしばらく、しばらくの間を後ろに飛んでいるような風を切る音と。

 ――ぐぎゃっ!

 今まで出したことのない声が、体から漏れ出た。



「な…………何十……メートル……も……」

 吹き飛んだ。城壁まで。

 訓練場は城壁に沿うように造られているけど、広場はもっと向こうだから……実際には、百メートル以上を殴り飛ばされたらしい。


「はよう戻って来い! 我の加護で痛みも無かろう!」

 た、たしかに、痛みはないしどこもケガしてないけど……殴られたおなかには、わずかに軋む感じがある。

 物凄く頑丈に保護されてるのは分かった気がするけど……手加減を間違えたのでは?


「む、無茶言わないでくださいよぅ」

 離れすぎていて聞こえないだろうけど、本当に無茶だ。

 戦いなんて生まれて一度もしたことないのに、いきなりだし。

 そんなことを思っていると、私のすぐ隣に、黒いモヤと静電気みたいな電流が現れた。

 間近だとそれには、向こう側の竜王さんが見える。


「あ、これって……」

 ――次は転移した。竜王さんの前に。

「ぐずぐずするな。それから、今の転移陣は見たな?」


 転移陣?

「あのモヤと電流が、ですか?」

「陣とは、何も幾何学模様と文字の組み合わせだけではない。事象そのものを陣とし、力を発現するものもある。まぁ、我にしか使えんだろうがな」


 あぁ、ドヤっているのが分かる。

 さっきまであれほど睨まれていたのに、今は笑みを見せてくれて、冗談ぽく自慢もしてくれて……その変わりようには驚くけれど、私は単純に嬉しい。


「ふふっ。はい、ちゃんと見ました。私に見せるということは、私でも使えるようになるんですか?」

「ほぅ。意図を読み取れる程度の頭はあるか。サラ次第ではあるが、我が与えた加護の力であれば、可能だろうと思ってな」



   **



 それから夕食まで半日の間、みっちりとしごかれた。

 笑顔だし優美なのに、めちゃくちゃ厳しかった。

 たぶん、教え方は原始的なんだと思う。


 ちょっとやそっと、泣いて謝っても訓練は終わらないし、何なら泣き顔を見ても微笑んでいるくらいにはどうかしている。

 これが、私にも竜魔法が使えるようになるまで続くんだって。


 ……やっぱり、竜王さんは私のことがキライなのかなって、裏を考えてしまうくらいにキツイ。

「使えるようになるまで、絶対に許さんぞ?」

 それを言った時の顔は、きっと一生忘れないと思う。

 吸い込まれそうなほど美しい笑みなのに、何も言わせない圧が……私の心を打ち砕いていくんだから。




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