二、命の危機はもう一度

   



「しかし、あまりこの場所に留まっているのは良くないな」

「何かあるんですか?」

 話相手の剣には顔が無いので、とりあえずは膝に乗せている持つ部分の、金糸の装飾を見ることにした。


「いや、もう遅かったようだ。来たぞ。俺をこの地面に突き刺すんじゃないぞ」

「えっ?」

 その言葉の意味が頭に入るよりも先に膝元の剣は、上空を見上げているような気がしたので私も釣られて振り仰いだ。


 ほとんど真上の空高くでは、その空間がぐにゃりと歪み、黒い巨大なモヤが掛かっている最中で――。

 そしてそれは帯電していて、バリバリと青白い雷を伴っている。



「小娘、絶対に俺を離すなよ? そうすればついでに護ってやる」

 それは真剣な声だった。

「え、あ。はい……」

 けれど私は空の現象に見惚れて、剣の声がどうして緊迫しているのか分からずに、生返事をした。


 その瞬間――。

 巨大な黒いモヤから、有翼の格好良い巨人トカゲ――なんて形容している場合じゃない――。

 真っ黒な巨大ドラゴンが現れた。


「う、うわわわ! どどどどドラゴン! は、初めて見ました! すごいすごいすごい! かっこいいいいいい!」

「阿呆かお前は……」

「だって剣さん! あんなにかっこいいんですよぉ?」


 ――ガルルルォオオオオオオオオ!

 全身に響いて震えるほどの、重く強大な咆哮。

 それさえ、憧れともいえる幻想生物そのもので感動してしまう。

 と同時に、生き物としての格差に本能が怯えて、もはや腰が抜けてしまって立てない。

 座り込んだままの姿勢ではしゃいでいたのも束の間。最後に残った感情は、ただ恐怖のみ。



「おい、貴様立てないなどと言わんだろうな」

「……む、むりです…………腰が……それに、ちょっと、もらしちゃった……うぇぇん」

「ちっ! 使えんクソガキだ!」

 そんな非情な叱責を受けていると、空に浮かぶ黒いドラゴンが言葉を発した。

 脳に響く重い声で。


「おや、いつのまに小娘になった? ……いや、ソレは別のものか?」

「グィルテ! 俺様はこっちだ! てか知ってて言っているだろう!」


「ハッハッハ! ようやく見つけたぞ! まさか、女神ごときの封印を受けて弱体化しているとはな!」

「くっそ……。それがどうした! ちょっとした余興だ!」


「ほほぅ。ならば、今ここで我に滅ぼされようと、文句はあるまいなぁ!」

 その言葉とほとんど同時に、空から巨大な火炎が放射された。

 私は……とても動けないしそれに、仮に動けようとも、避けられるような大きさじゃない。


「ラル・ラキタ!」

 剣さんがそう叫ぶと、目の前で火炎が拡散して、少しの熱も感じなくなった。

「ブレス程度では、防がれるか。ならばやはり、魔力を込めよう――」


「させるかっ! 借りるぞ小娘!」

 剣さんがそう言うと、私の体は意図せず剣(彼)を持って立ち上がり、ブンと振り上げた。

「魔剣神気(まけんしんき)! 魔空断衝(まくうだんしょう)!」


 それは、空を――おそらくは空間そのものを大きく切り裂いた。

 その真っ直ぐな切断線に、周りの雲が激しく吸い込まれていく。

 そこに黒いドラゴンが居れば、真っ二つになっていただろうけど、ドラゴンは一瞬で別の空に移動していた。


「それは何度も見た! 当たるものか!」

「転移で避けたか。前はスパっと斬られてたくせによぉ!」

 なんだか、ものすごい戦いが繰り広げられている。

 かすりでもしたら、この体は丸焦げかズタボロにされてしまう。


 でもその前に……私、裸なんですけど……思いっきり色々全開な感じに動いてくださって……。

 だけど今は怒られそうだから言えないし、そもそも怖くて、声が出るかどうか。



「その小娘も魔族か。いや……転生者だな? お前がそんなものと組むとはな。だが、そうと分かれば絶対に滅ぼしてやる」

「おい! こいつはそこらの調子乗りどもじゃねぇ! 見逃してやれ!」


「笑止! 転生者は誰も彼もが、ドラゴンを狩ろうとする。そやつも力をつければ同胞を討つだろう。そうはさせん!」

 そう言うと黒い巨竜は、何か詠唱を始めた。



「おい小娘。あいつに向かって、さっきやったように俺を振り上げろ。あいつの大技をいなしたら合図をする。振り上げるだけでいい」

「ひゃ、ひゃいっ」

 服がない心細さだけではなく、本当に恐ろしくて心が震えたままなので、声も震えてしかも裏返った。

 そうこうしている内に、黒竜の詠唱らしきものも終わってしまった――。


「無下に討たれし同胞よ。怒り半ばの同胞よ。その無念、我に集わせ吐き出すがいい――顕現せよ。復讐の業炎サウザンドブレス」

 それは、空を埋め尽くすくらいに浮かび上がるドラゴンの姿と、その彼らが吐き出す尋常ではない数のブレスだった。


 彼らは、向こうの空や雲が透けて見えるような儚い存在なのに、そのブレスだけは灼熱であるのが分かる。

 まだ届いてなどいないのに、すでに焼けるように熱い。

 防ぐ手立てがなければ、私はここで生きたまま焼かれて死ぬ――。


「今だ。俺を振り上げろ! 炎は防いでやる!」

 剣さんの声にハッとして、とにかく剣を振り上げた。

 細身の剣だというのに、しっかりと重くて肩が持っていかれそうになりながら。



 でも、炎は私を焼かなかった。

 私を中心に半径二十メートルほどは、見えないバリアに護られていて、地面の草ひとつ燃えていない。

 その代わりに、それ以外の全てがすでに炭化して、辺り一面が炭になっていた。


「なんなのよこれぇ……」

 私はすっぽんぽんで、周りは灼熱の地獄絵図。

 青と赤の轟炎渦巻く光景と、一糸まとわない心もとなさとで、もうこの恐怖の連続に耐えられないと思った。

 そこに――。


 剣を掲げたような姿で固まっていると、すぐ近くにドスン!

 と地響きがした。

 反動で私が跳ね上がったんじゃないかと思うくらいの、ものすごい衝撃だった。



「フッ……ふははははは! 竜王よ! あんな流れ弾に当たるとはな! 追撃する手間を貴様が惜しんでくれたのか?」

 剣さん……は、突然に大きな高笑いをして、そしてこっそりと教えてくれた。


 私の切り上げで放った剣さんの魔剣技が、黒竜とは全く違う所に飛んだらしいのだけど、ちょうどその場所に黒竜が回避行動で転移して……どうやら、見事にクリティカルヒットしてしまったらしい。



「ぐ……まさか、このような小娘の、ハズレ弾でやられようとは……」

「竜王よ、なんだ貴様。魔核を抜かれてるじゃないか。もうすぐ死ぬぞ?」


「お……の、れ」

 自分で吐いた轟炎には微塵も焼かれていないのに、私の放ったハズレ撃ちのせいで、巨大な黒いドラゴンは真っ二つに割れている。



「なんか……可哀想」

 大量の血を流し、そして口からもなみなみと流れ出ているのを見て、哀れに感じた。

「ぐ……ごぼっッ。お人好しな――ごぷっ――……転生者だ」


「……そうだ小娘、こいつを従魔にでもしてやれ。そうすればこいつは死なぬし、小娘には良いボディガードになる」

 なんでも、瀕死の生き物と従魔契約をすると、命が繋がって助かるのだという。

 私が主で、この竜王と呼ばれる黒竜が従。

 本当なら格が違い過ぎて、私なんかでは到底従えられない超大物だから儲けものだなんて、剣さんは軽く言う。



「だれ、が……こんな……ごぽぉっ!」

「おいおい、早く許可せんと本当に体が滅ぶぞ。いくら竜種の生命力とて、あと一分もなかろう?」


「く、そ。契約しようともゴぼぉっ! 我は、従わん、ぞ」

「いいから早く許可せんか。小娘も貴様を従えてやろうなど思っておらんわ。なあ?」

 一瞬、かっこいいし凄いじゃん――なんて思ったことはナイショにしておこう。

 ただただ頷いて、私は言われるままに黒竜に向けて、空いている方の左手をかざした。

 黒竜も諦めたらしく、うなだれたような目でこちらをじっと見ている。



「よし。小娘はそのまま手の平に集中していろ。魔力操作は俺が手伝ってやる」

 握りしめている剣から、熱い何かが私の体中を巡って、そして左の手の平に集まっていく……。

「よし。お前は質の良い魔力をしているな。契約は終わったぞ」


 剣さんがそう教えてくれる前くらいから、真っ二つだった黒竜の体がみるみる繋がっていっていたから、契約が無事に終わったのはよく分かった。

「これで、小娘が死なない限り竜王も死なん。おい貴様、せいぜいこやつを守ってやるんだな」

「……言われ……なくとも」

 諦め声の、でも少し苛立った雰囲気で黒竜は、私にフッと息を吹きかけた。


「これで、多少のことでは死なんだろう」

 ――少し、血なまぐさい。

 だけどその黒竜の声には、わずかだけど情のようなものを感じた……気のせいかもしれないけど。


「ほう? 竜の祝福か。初めて見たな」

「仕方なかろう。こんな羽虫など、我の加護がなくてはすぐに死んでしまうのだぞ。我自身のためだ」

 やっぱりちょっと怖い……怒っているのは確かだ。

 それでも何か、特別なことをしてくれたみたいだから、お礼を言っておかないと。



「あ、あの。竜王さん、ありがとう」

「……我のためだと言っただろう。しかし小娘、我にあまり動じておらんな」

 最初に現れた時は、その声ひとつで震え上がったけど……死に際をみてしまったし、それに――。


「そ、それはだって、一応契約したのなら、殺されたりしないだろうし……って」

「貴様……いい性格をしているな」

 そんなこと、生まれて初めて言われた。


 その言葉の主が体を起こしたので、雄大な黒竜の姿に見惚れて見上げると……彼の頭上には、剣さんと同じ『レベルクラウン』がうっすらと見えている。

 剣さんのものも竜王さんのものも、よく目を凝らさなければ気付けないくらいだけど、それは確かに見えている。



 というか、この状況をほんとに誰か、説明してほしい。

 ファンタジーなのはわかったけど、私がこんな世界で生きていけると思えない……。

「それより小娘。ちびった所に俺を当てるなよ? 汚れるからな」

 剣さん……忘れてたのに、めちゃくちゃ恥ずかしい上に素っ裸なのもまた思い出したよ?


「魔王よ、さすがにそれは可哀想だろう」

 ――うん?

「まおう?」

 ――剣ではなくて? 魔剣じゃなくて?


「なんだ、小憎たらしい我が主よ。分かっていてつるんでいたのではないのか」

 ……何も理解が追い付かなくて、私の頭はただただゆっくりと傾いて、斜めになった。




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