第67話 初戦の激闘
歓声沸き立つコロシアムから離れ、普段は闘技者しか入れないコロシアムの訓練場へと向かう。
ノンソーの初戦の相手はギーゼラ。
聞いたことがない相手であり、既に始まっている他の予選の試合を軽く見た限りでは、予選で負けることはないとノンソーは確信していた。
なにせノンソーには、英雄アダムの鍛錬に付き合ってきたという自負がある。
冒険者を引退してから五年もの歳月が経とうとしているが、冒険者をやっていた時よりも今の方が強いのではとさえ思っている。
対人戦だけで見れば、冒険者だった時より確実に強くなっているため、アダムと当たるまでは負けない……いや、アダムと当たったとしても、手の内は知り尽くしているためワンチャン勝てるのではとノンソーは密かに思っていた。
自分の今の力を試すには持ってこいの舞台であり、アダムが過度に緊張をしている中、ノンプレッシャーのためノンソーは軽い足取りで訓練場へとやってきた。
試合場所は6-B。
足元に書かれているマークを見ながら試合が行われる場所に向かうと、既に待っていたのは非常に若い女性。
黒髪で短髪のボーイッシュな感じだが、顔立ちは整っており美しい女性だ。
「待たせてしまいやしたか? あっしはノンソーというんでやすが、お嬢さんがギーゼラですかい?」
「ああ、私がギーゼラだ。よろしくお願いする」
立ち振る舞いは中々。
ノンソーにも一切ビビっている様子はなく、弱い相手ばかりの中から実力者を引いてしまったと一瞬残念に思ったが、それでも負けることはないと自分自身に言い聞かせ――大きく深呼吸をした。
「中々強そうでさぁ。予選の初戦なんて、サクッと終わらせてしまいやしたかったんですがねぇ」
「ふっ、同意見だ。見た目は小者だが、あんたが実力者だというのは剣を交えなくても分かるよ」
「初対面で見た目の悪口とは頂けやせんね。まぁあっし自身も小者の見た目をしているとは思いやすが」
試合前にそんな軽口を叩いていると、審判が少し遅れてやってきた。
ノンソーとギーゼラであることを確認してから、審判は二人に定位置に着くように指示を出した。
「二人共、準備はいいか?」
「いつでも大丈夫でさぁ」
「私もいつでも大丈夫」
「それでは予選第一試合——始めっ!」
審判の合図と共に、ノンソーは一気に攻撃を仕掛けにいった。
小さな体を最大限活かすため、地面スレスレまで体勢を低くさせて潜り込むように突っ込む。
下からの攻撃というのは非常に対応が難しいようで、アダムもこの攻撃は非常にやりにくそうにしている。
経験の浅いであろうギーゼラは対応できないと踏んでいたのだが――下から突き上げるようなノンソーの攻撃に合わせ、バックステップを踏んでから完璧に攻撃を合わせてきた。
すぐに短剣の柄を握り変えてガードへと移行したノンソーだったが、一撃の重さに耐えきれず軽々とふっ飛ばされた。
「うおっと……強すぎやせんかい? アダムさん並に一撃が重いでさぁ!」
「初速のキレが凄まじいし、今のを受け切るのか。やっぱり……強いな」
お互いにお互いの実力を認め、そこからは激しい攻防が始まった。
ノンソーの速度を生かした連撃と、全てをひっくり返すギーゼラの強烈な一撃。
手数はノンソーで、有効打はギーゼラという非常にハイレベルな戦い。
試合時間的にそろそろ勝敗をつけたい審判ではあったが、あまりにも互角な戦いに動けずにいた。
次第に周囲にはギャラリーが集まり始め、声を出して応援するものまで出てきた。
試合が長引いてしまうと、有利なのは若いギーゼラの方。
「……本当に強いな。一体何者なんだ?」
「それはあっしの台詞ですぜ。一体何者なんですかい?」
鍔迫り合いの状態でそんな会話を交わす。
お互いに息が切れ始めている状態だが、スピードで崩そうとした分、ノンソーの方が疲労は大きい。
「できれば奥の手は使いたくないんだがな。降参してくれないか?」
「まだ奥の手なんか持っているですかい! ……こりゃあっしが勝つのは難しそうでさぁ」
「なら、降参してくれると助かる」
「いいや。意地でも奥の手を使わせてやりやすぜ」
「……そう言われたら、意地でも使いたくなくなってくる」
互いに顔を見合わせてから笑った後、激しい斬り合いが行われた。
ヒリつく真剣での斬り合い。
神龍祭では殺してはいけないというルールがあるものの、殺さなければ何をしてもいいという無茶苦茶なルールのため、大怪我を負う可能性は十分に考えられる。
そんなヒリつく試合展開の中、戦況は徐々にギーゼラへと傾き始めた。
ノンソーも頑張ってはいるが、単純な一撃の重さがまず桁違い。
それに加えてスタミナが落ちたせいで肝心の速度が落ち、更に単純に対応され始めたためギーゼラに上をいかれはじめた。
ここまで激戦を繰り広げていたノンソーだったが防戦一方となり、肩を斬られたことで片腕しか動けなくなった。
それから太腿を斬られて動きが止まり、首に剣を突きつけられたところで――。
「参りやした。完敗ですぜ」
ノンソーは降参を告げた。
本当は奥の手を見たかったのだが、結局使わせることはできなかった。
「ふぅー、本当に強かった」
「何度も言いやすが、あっしの台詞ですぜ。まさか予選落ちするとは思いやせんでした」
「一歩間違えれば私が予選落ちしていた。良い試合をありがとう」
ギーゼラが差し出してきた手を握り返すと、訓練場内がドッと湧いて拍手が巻き起こった。
予選落ちは本乙に予想外過ぎる結末であり、アダムになんて説明しようか悩んでいると……ギーゼラの仲間が駆け寄ってきた。
「くっ……苦戦していたところを見られていたか」
「あの相手だ。苦戦するのも仕方がない相手だったろ。……この人は一体何者なんだ?」
「分からない。とにかく只者ではなかった」
「ただ、これで全員勝ち上がりですね!」
ギーゼラ以上の美女と、美女二人を侍らせている浅黒い男。
ノンソーは目の覚めるような美女を二人連れている男が非常に気になったが、流石に声は掛けられなかった。
「次はどこで試合ですかね?」
「また案内があるんじゃないか?」
「次はクラウディアとエリアスの試合が見たい。私だけ見られたのは不公平だからな」
「時間が掛かった方が悪いんだし、別に不公平ではないだろ」
ノンソーは立ち上がり、傷の手当てをしながら立ち去ろうとしたのだが……。
去り際の三人の会話が聞こえ、アダムの下に戻ろうとしていた足が止まった。
「…………今、エリアスと言ってやしたよね?」
ポツリとそう独り言を漏らした後、先程の会話を思い出し――完全に『エリアス』と口にしていたことを確認。
ノンソーは急いで三人の下に向かって走り、呼び止めて声を掛けた。
「ちょっと待ってくだせぇ!」
「ん? あー、ノンソーだったか? どうした? まだ戦い足らないとかか?」
「そうじゃねぇ! そっちの浅黒い兄ちゃんに話がありやす!」
エリアスと呼ばれていた男は首を傾げた。
第一声を何と発するか非常に迷ったが、回りくどいことはせずにシンプルなのが一番。
そう結論付けたノンソーはストレートに尋ねた。
「ローゼルって知ってやすか? あっしはそのローゼルと知り合いなんでさぁ」
「ローゼル? ローゼルって言うと……あのローゼルか?」
「やっぱり知ってやしたか! ローゼル・フォン・コールシュライバー。あんたはローゼルの弟子のエリアスですかい?」
「そうだが……お前は教国の人間なのか?」
本当にこの男が例のエリアスであり、偶然出会うことができたことにガッツポーズを決めた。
初戦で負けたのは大誤算もいいところだったが、エリアスと出会えたならプラマイはゼロ。
ノンソーは少しでも仲良くなるべく、色々な話をエリアスと振ったのだった。
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