第65話 追う者


「あーあ、本当ならグラッドフルリゾートでバカンスしてたのに! 誰かさんのせいで仕事だよ! ……ねぇ? 聞いてんの?」

「聞こえてる」

「はぁ!? 何、その態度! 誰のせいでこんなことになっていると思ってるのよ!」

「知らない」

「シアーラ、あんたのせいよ! 相変わらずむっかつくわね!」

「別にベアトリス抜きでも調べることができた」

「失敗してその言い草はないでしょ! あと敬語を使えっての! 私は第四席次であんたは第七席次。今回の失態で、あんたは序列が下がる可能性だってあるんだからね!」


 ドラグヴィア帝国の帝都を歩く黒いローブ着たシーアラとベアトリス。

 ベアトリスが癇癪を起こしているが、その叫び声は周囲の声にかき消されている。


 それもそのはずで、今日は四年に一度開催される神龍祭の開会式が行われる日。

 今年は例年以上に出場者が豪華ということで、他国からも神龍祭を観戦しようと人が集まっている。

 熱気は開催前をしてピークを向かえており、ベアトリスに限らずあちらこちらで雄叫びのようなものが上がっていた。

 

「ったく、鬱陶しい!! 何でこんなに人が集まっているのよ!」

「神龍祭があるから」

「んなこと知ってるのよ! 何で私がそんな場所に行かなきゃならないのって言ってるの!」

「例の学生がいる可能性が高い」

「いる可能性が高いってなに? 本当なら貴族学校にいなかった時点で、あんたの話を嘘と決めつけても良かったのよ!?」

「それは謝る。まさか学生の半数以上が辞めているとは思わなかった」

「本当に雑い仕事をしてくれたわね……。あー! もうやだやだ!」


 限界を向かえたであろうベアトリスは、人目を憚らず喚き始めた。

 まるで小さい子供のような癇癪だが、シアーラは全く気にする素振りも見せていない。


 シアーラは自分が崖っぷちの状況に立たされていることをよく理解しており、とにかく例の学生を見つけるために目を凝らす。

 コロシアムの三階席に立ち、コロシアムに集められている神龍祭の参加者一人一人を素早く見極めていった。


「……あ! アーシュラがいるわ! うっわ……観客に手なんか振っちゃって――本当にムカつくわね。あーあ、私も表だったらなぁ。第四席次なのにだーれも知られない。最初は影の実力者みたいでカッコいいとか思ってたけど、何にも面白くないわ。派手な表とは違って地味な仕事しかないし。ちやほやされ――」

「うるさい。ちょっと黙って」

「うるさいって何よ! 何度も言うけど私はあんたに――」

「――見つけた! 例の学生」


 著名人が真ん中に固まって注目を集めている中、コロシアムの端で突っ立っている男。

 貴族のような服装から冒険者っぽい服装に変わってはいるが、あの飄々とした佇まいをシアーラは見間違える訳がなかった。


「本当にいたの!? どの人か教えなさい!」

「あの男。美女二人に挟まれてる」

「……へぇー。あの浅黒い冒険者っぽい服装の男ね。確かに年齢にしては強そうではあるけれど、それでも子供の範疇を抜けていないじゃない。それより……男が連れている二人の方がよっぽど強そうに見えるわ」


 確かに気配だけで言えば、圧倒的に隣の二人の方が強そうなのは誰が見ても一目瞭然。

 女性二人の容姿が圧倒的に優れているというのもあるが、男は顔が少し悪そうなところも含めてかませ犬っぽい感じがある。


「でも、ヴィンセントがやられたのはあの男。……どうすればいい? 私たちも神龍祭に参加する?」

「あんた馬鹿なの? そんな目立つ行動が取れる訳ないでしょ! アーシュラに手伝ってもらって、さっさと攫うのよ」

「誘拐するの? 私の話が本当かどうか確かめるだけじゃ?」

「第八席次とはいえ、やられて黙っている訳にもいかないでしょ? 攫って拷問して、まずはあんたの話が本当かどうかを聞き出すの! どんな情報を手に入れているか分からないし――確実に殺す」


 今までの天真爛漫な喋り方とは違い、背筋が凍るほどのトーンで殺すと断言したベアトリス。


「あの男を殺すのは分かった。なら、まずは大会を勝ち進むのを待とう。あの男とやりあうなら……少しでも情報を集めた方がいい」

「その案は呑めないから! 勝ち進んだら目立つし、攫いづらくなるでしょ?」

「本当にあの男は注意してかかった方が――」

「相棒がやられたからってビビりすぎ。あんたとかヴィンセントじゃないんだし、あんなのに負ける訳がないから!」


 狙いを定めたようで、ベアトリスは今にも殺しに行きそうなほどの殺気を放っている。 

 流石に開会式の際中に殺しに動くことはしないだろうが、シアーラの助言を聞かずにタイミングを見つけ次第、すぐに殺しに動くのは目に見ている。


「ヴィンセントは【狂気狂乱】を使ってやられた。行くのは勝手だけど、頭には入れておいて」

「【狂気狂乱】なんて子供騙しでしょ! とりあえずアーシュラと連絡を取ろう! そんで、アーシュラに誘き出して貰って――攫って任務終了!」


 能天気なベアトリスの発言に、シアーラは頭を抱えた。

 これ以上の失敗はできないことからも慎重に行きたい。


 ただ、ベアトリスに意見できる立場ではないため、シアーラは一人で作戦を練ることに決めた。

 例の学生がずば抜けて強いのであれば、狙うなら――隣にいた美女二人。


 ベアトリスが例の学生を狙っている間、シアーラは隣にいた美女を攫うことに決めた。

 この決断が吉と出るのか凶と出るのか。シアーラにはまだ分からない。




※     ※     ※     ※




「アダムさんは予選はしなくていいらしいですぜ! いきなりトーナメント戦からでさぁ」

「なんだよそりゃ……。あーあ、予選から出たかったなぁ。いきなり負けたら終わりのトーナメントとか緊張するだろ」

「…………なら、予選から出させてもらいやすか? 今ならまだ間に合うと思いやすから、あっしが運営に直談判して——」


 訳の分からない愚痴を溢したアダムの言葉通り、予選から戦わせてもらうことを運営に告げようとしたノンソーだったが……運営の下に向かおうとしたノンソーの肩をアダムは掴んだ。

 それもかなり強い力で掴んでおり、絶対に運営の下には行かせないという強い意思を感じる。


「わざわざ手を煩わせたくない。そのせいで嫌われたら、判定が不利に働く可能性があるだろ」

「そんな訳ないでさぁ! こうやって大衆の目だってありやすし」

「俺は万が一でも可能性があるならリスクは負いたくねぇ!」

「……素直に、予選なしのがありがたいって言えばいいんですぜ?」

「そんなことはねぇっての。それよりノンソー。お前も出場登録をしたんだろ?」

「しやした。あっしは残念ながら予選かららしいでさぁ。予選の相手はギーゼラって人ですぜ! アダムさんは知ってやすか?」


 アダムは頭をフル回転させたが、ギーゼラという人物に心当たりがなかった。

 もし実力者であれば、アダムのようにトーナメントからという処置が取られるだろうし、ノンソーの相手となる人間は予選にはいないと踏んでいる。


 圧倒的な小物感を漂わせているが、ノンソーはこう見えても元Aランク冒険者。

 冒険者を辞めた後もアダムの鍛錬相手を務めているため、アダムがいなければ優勝候補筆頭といっても過言ではない実力の持ち主。


「聞いたことがないな。まぁノンソーなら余裕で勝てるだろ。……というか、俺の鍛錬相手なんだから易々と負けられた困る! 俺のためにも絶対に勝てよ!」

「分かってやすって。そう簡単に負けるつもりはございやせん! それじゃもう始まるみたいなんで行ってきやす!」


 アダムは軽い足取りで試合場所へと向かったノンソーを見送った。

 気持ち的には応援をしてあげたいところではあったが、自分のことで精いっぱいだったアダムは初戦から全力を出すため、一人でウォームアップを行うことに決めたのだった。



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