第19話
私と頼子姫が響子に呆れている間に、十和子先輩は、敦人兄様と南条侯爵と北条侯爵親子の四人に前後左右に囲まれて、連行されるように瑞祥邸へと向かっていた。先輩は、何かを感づいたようだったが、賢明にも何も言わなかった。慌てて、後を追いかけようとしたところに、後ろから声がかかった。
「喜代水の子、こっちですよ」
振り返ると、もしかしなくても、編みぐるみのポン子ちゃんが植え込みの影から手を振っていた。
「御使い様、そんなところに隠れて、どうされました?」
「しいっ。魔王様のご子息が、まだ近くにいるでしょう」
人指し指を毛糸で出来た口にあてて、ポン子ちゃんが敦人兄様たちが向かった方を見やった。御使い様は、本当に嘉承家の直系を苦手としておられるようだ。まぁ、あの魔力は、確かに怖いからな。
「御使い様、六条院の大姫は、本当に闇落ち間近なんですか」
さっきから気になっていた質問を訊いてみた。
「ええ、時間の問題でしたよ」
「薫さん、妖の時間とわたくし達の時間の流れを同等に考えてはダメですわ」
頼子姫の言葉で合点がいった。まったく、その通りだ。私としたことが、すっかり人の時間軸で御使い様の言葉を理解していた。我々、人の寿命が頑張って100年とすれば、妖は1000年は軽く生きる。天狐レベルになると、その生は、もっと長く、ほとんど不老不死といってもいいくらいだ。その天狐で、しかも節美の神の御使いが、時間の問題と言うのは、実は、人の時間間隔では10年くらいの猶予をさしていたのかもしれない。少なくとも、二、三年は大丈夫な話だったのは確かだろう。
「魔王様の火に焼かれて、跡形もなく闇が消えているようですね。本当に、嘉承の火は危ないったら。あの魔力量の不意打ちは止めて欲しいものです。まったくもう。宇迦様の御加護がないと、私まで消えるところでした。まぁ、そういう時のことを考えて、この人形に入っているんですけどね」
ポン子ちゃんは、悦に入ったり、ぷりぷりと怒ったり、くふくふ笑ったりと忙しい。それが、いつものことながら、どこかユーモラスなので、御使い様には見えないように後ろ手で背中を捻りまくった。ここで笑ったら、ご不興をかってしまうからな。私と一緒に聞いていた響子も頼子姫も、檜扇で口元を隠している。
「でも、御使い様、嘉承の魔王様の火は、ここから離れたところで放たれたようですよ」
「ええ、あの子の側にいる女が、本当に酷い瘴気を撒き散らしていましたからね。魔王様に直接焼かれるのは当然でしょう」
十和子先輩の側にいる女。
「それは、母親のことですか。さっきご挨拶した時には、瘴気は感じませんでしたが」
「喜代水の子は、ダメダメですねぇ。何のために、その眼を持っているのやら」
はぁ~と大仰に溜息をつくポン子ちゃんに、響子がぶぶっと吹き出した。
「御使い様、これはとんだ失礼を。誠に申し訳ございません。薫さんは、子供の頃から、繊細なように見えて、大概、大雑把なので、御使い様のお言葉に至極同感したものですから」
響子が慌ててポン子ちゃんに頭を下げるた。誰が大雑把だ、誰が。自分のことを棚に上げるなよ。
「響子、反対ですわ。薫さんは、大らかに見えて、繊細なのよ」
「いや、頼子姫、それ、フォローのようで、言っていることは同じですから」
「あら、そうかしら。褒めているつもりですけど」
褒められていたのか。女性から褒められることなんか縁がなかったから、どういう反応をすべきか分からない。一応、褒めてくれたのだから、御礼は言うべきなんだろうか。いや、軽い気持ちで言ったことに、いちいち生真面目に反応すると、キモいヤツと思われるかもしれない。私が悩んでいると、目の前に、ポン子ちゃんが、ふよふよと飛んで来て、くふりと笑った。
「人も妖も、この世にあるものは、すべからく、長所も短所も、往々にして同じことを指していることが多いですからねぇ。美徳かどうかは、それを思う方の気持ち次第なんですよ」
「御使い様、仰ることが哲学過ぎて、意味がよく分からないのですが」
私の言葉に、またポン子ちゃんがぷりぷりと怒って、今度は、ぽかぽかと私の頭を叩いてきた。もちろん、綿の詰まった柔らかい編みぐるみの拳で叩かれたところで痛くもなんともないが。
「喜代水の貫主になる子が、そんな鈍感では困りますねぇ。もっと修行を積みなさい。その火伏せの眼は、この世の真実を視るために授けられたのですよ」
御使い様の言葉に、心の奥にしまい込んだ靄のようなものが動くのを感じた。別に授けてくれと頼んだわけでもないし、喜代水の貫主になりたいと願ったこともない。
「今、思っていることは、魔王様たちと話し合うといいですよ。私は、立場的に人の子の理に触れることはできませんから」
「いや、それは都合が良すぎないですか。既に、御使い様は、六条院家と桜田家の状況にがっつりと絡んでいらっしゃるじゃないですか」
私がポン子ちゃんに言い返すと、響子と頼子姫が扇の裏で、息を吞んだのが分かった。神の御使いの言葉に反論するなど、あってはならないことだろうし、ましてや、普段の私は、のらりくらりと生きていて、ここまで感情を出すことはないからな。御使い様は、私が、感情を声に出すように勧めておられるから、叱られることはないはずだと踏んでのことだ。いや、叱られるのかな。ちょっとマズイ気もしてきたな。
遅ればせながら、不敬を心配していると、ポン子ちゃんの目が細められ、にんまりと口角が上がった口が、くふりと笑った。
「まったく、その通りですねぇ。まぁ、私にも事情があるってことですよ」
妖がくふりと笑う時は、西都の姫の檜扇と同じくらい、必ずと言っていいほどに突っ込むと藪蛇が出る。その裏にある何かが、人の子にとって、吉なのか凶なのか、文字通り、神のみぞ知る。我々が知る必要はない。
「あの水の子は、魔王様のご子息に任せておけばいいですよ。喜代水の子は、パン屋に行きますよ」
ポン子ちゃんが、私の袖を引っ張る。相変わらず、「行きましょう」ではなくて、「行きますよ」で、私に拒否権は与えられていないらしい。ポン子ちゃんに袖を引っ張られながら、歩き出した私に響子が声をかけた。
「薫さん、わたくしは、敦人兄様たちに報告をして、その後、二条邸に戻って、皆様に事情を説明しておきますわ」
それは助かる。野点の亭主を任された私が消えると、半東の皆さんに迷惑がかかるし、優しい二条侯爵が心配をされる。長人様は、魔王とは呼ばれるような方だが、親分肌で面倒見が良いのは周知の事実なので、私のような小者でもいなくなると、五秒ほど、気にはかけて下さると思う。
でも、魔力探知で直ぐに見つかるのがオチだろう。あの魔力と制御は尋常じゃないからな。
「御使い様、わたくしもご一緒してもよろしいでしょうか」
振り向くと、頼子姫が真後ろにいて、その更に後ろで響子が手を振っていた。
「魔王様のご家族とは、あまりお付き合いしたくないのですけど、喜代水の子は、まだ未熟ですから、貴女の力もお借りしましょうかねぇ」
御使い様は、とことん嘉承家と距離を置きたいようだ。嘉承の直系は、皆、悪い人ではないし、頼りになると思うが、妖の間では、ただただ脅威の存在になるらしい。
「私はここまで自転車で来たので、それで喜代水五条まで戻りますが、頼子姫はどうされるんですか」
頼子姫は、学園でも運動神経が良いことで知られるが、まさか公家の姫が、人目のある日中に自転車に乗って西都を横断するとは思えないので、尋ねてみる。姫の評判に関わるので、まさか私の自転車の後ろに乗せるわけにもいかないしな。
「瑞祥家に車を出してもらいますわ。桜田先輩の御宅の前で待ち合わせましょう、御使い様、御前、失礼いたします」
そう言って、頼子姫は、ポン子ちゃんに向かって、素早く礼をすると、足早に瑞祥家に向かった。嘉承家は、大きな領地を持った大公爵家で、下世話な話、経済的にはどこの公家より恵まれているはずなのに、家令と料理人の二人しか雇っていない。それ以外は、運転手など、全て瑞祥家に丸っとお世話になっているらしい。つくづく不思議な家だ。
自転車を置かせてもらっている二条家の裏手に向かって歩きながら、ポン子ちゃんに気になっていたことを訊く。
「御使い様、何で、急に桜田ベーカリーに行くんです?」
「魔王様の火が、パン屋まで届いていれば、楽なんですけどねぇ」
「それなら、御使い様お一人で確認に行かれた方が早いんじゃないですか」
「私は穢れに近づくのは嫌ですよ。宇迦様のところに帰れなくなったら大変ですからね」
御使い様が、何を当たり前のことを訊くんだとばかりに、呆れたように仰ったが、いやいや、ちょっと待て。それだと桜田家に穢れがあるようじゃないか。また、生霊か。生霊は六条院先輩で、それはもう長人様の【業火】で浄化されたはずなんだがな。
「ああ、そのための確認か」
独り言ちていると、ポン子ちゃんは、もうしれっと私の自転車の荷台に座っていた。
「再確認ですけど、御使い様の御姿は、皆には見えないんですよね」
「見えたところで、ここらの人の子で驚く者はいませんよ」
「いやいや、ちゃんと見えないようにして下さいよ」
確かに、非日常が日常茶飯事な西都では、多少おかしなことがあっても、役所や警察に通報されることはないが、それでも、喜代水五条あたりに来ると、顔見知りばかりなので、人形を持って通学している等と思われるのは恥ずかしい。思春期の高校生の微妙な年ごろってやつを慮ってくれ。
「喜代水の子は、はっきりと言えるようになりましたねぇ。貫主や上の子にも、そうするといいですよ。それから、魔王様のご息女と、あの土の子にも」
「つちのこですか」
一瞬、響子の顔がついた太短い胴体を持つ蛇が頭をよぎり、盛大に吹き出してしまった。
「笑うのはいいですが、ハンドルはちゃんと握ってくださいよ」
「はい、すみません」
節美の稲荷大社の御使いの天狐が現れてからというもの、毎日のように、調子を狂わされてばかりだが、それでも、こうやって声を出して笑うのは悪くないなと思った。
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