第66話 ◇記憶の中から零れ落ちるもの

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◇記憶の中から零れ落ちるもの




 まとまった大金を落としては大変だと、茶封筒2つに入ってる大枚を

コートの内ポケットに入れ、慎重に何度か気にしつつの帰り道。



 当座のお金を手にしたことで安堵し、ぽっと緩んだ俺の脳裏に、ある日の

百合子がしていた電話での会話が何気に浮かんだ。


 あれはいつ頃のことだったろうか。


 日付は思い出せないが百合子が話していた内容はしっかりと覚えている。


 俺の存在に気付かず熱心に友人の誰かと電話していた百合子の話をたまたま

盗み聞ぎすることになったことがあった。

 


 話の内容は俺とのことだった。


 結婚の二文字を出さない俺に焦れて一旦身を引いたものの妊娠が分かったので 

認知だけ頼みたいと言ってきたのはすべからく筋書き通りの芝居だったと友人に

語っていた。



 家庭を捨ててまで自分との結婚を考えていないようなので

健気な気のいい女を演じたのだそうだ。


 最初から妊娠は想定内のことで俺と結婚する為に計画したもの

だったらしい。


 一旦身を引いたというところがミソらしかった。




 俺はこんな話を聞いても、避妊具に穴でも開けていたのだろうかなどと

考えた程度で、すでに事実婚での生活もスタートさせていた為

さほど重く受け取ってはいなかったし、頭の切れる女はすごいことを

やってのけるんだなぁ~と、どちらかというと、その度胸を買ったほど

だった。




 今思うと、ただの小賢しい人間ってだけなのにな。




 よく考えてみれば本妻から妊娠を盾に旦那を奪うようなすごい

タマじゃないか。




 その小賢しくてすごいタマは会社が傾き出すと沈んでもいないうちから、

さっさと逃げ出して行ったさ。




 夫を助けるという概念はちっともなかったようだ。


 だが、今更だ。

 身から出た錆び。




 こんなになってしまった俺に、温情を示してくれた百子も、すたこらさっさと

逃げて行った百合子も、誰も彼も今俺の側に寄り添ってくれる者はいない。




 プラットホームから見上げた空はどんより曇り空。

 プラットホームに入ってきた電車に乗り込む。



 

 いけない、今日に限っては物思いに耽っている場合じゃない。



 気をつけないとな。

 身を引き締めてコートの内ポケットの厚みを確認する。



 車窓の景色を見て何気に右側に視線を走らせると映画の広告が目に入った。



 美しい女優の物憂げな顔があり、

『別れの刹那に ― さよならと言おう ― 』とタイトルが書かれてある。




 夫の浮気からの別れの経験を乗り越えた主人公が幸せを掴むまでの

話らしい。




 主役の女優がなんとなく雰囲気が百子に似ている。

 百子に今しがた会ってきたところだからだろうか。



 観てみようと思った。


 明日、母親の為の家電を買いに出掛けるついでにでも観て帰ろうと

思った。




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