第52話 50、フォボスの駒形宇宙船

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 ニューマンはビッグボール号を隣接7次元状態にし、7次元シールドを張ってフォボスに近づいた。

隣接7次元にしておけばレーダーにはかからない。

火星の衛星フォボスは半径11㎞の岩の塊で、公転半径9300㎞、同じ面を見せて7時間で火星を回っている。

高度は地球の静止衛星の高度、35700㎞よりもずっと低い。

地球から月までの距離、384400㎞よりもずっとずっと近い。

いずれ地表に落ちるかもしれない。

 ニューマンはフォボスにホムスク宇宙船の搭載艇が墜落したらどうなるだろうかと思った。

ゴビ砂漠では墜落した搭載艇のエネルギーセルが暴走し砂漠に直径10㎞、深さ10㎞の溶岩の池を作った。

その時は母船が溶岩を消して処理したのだがビッグボールのエネルギーセルがフォボスを溶岩衛星に変えることができることは明らかだった。

 フォボスに隠れていた宇宙船は5角形の平らな将棋のコマのような形をしていた。

長軸がおよそ500mで厚みは50m程度だった。

宇宙船の表面にはタンクとかアンテナとか滑走路とか砲身とかミサイル発射台とかいろいろな物が付いていた。

 「超弩級宇宙戦艦ギズリと比べれば小さいけど普通に見たら大きな宇宙船だ。」

ニューマンはミシェルに言った。

「そうね。あの構造なら何らかのバリヤーがなければ宇宙飛行は恐(おそ)ろしくて飛べないわ。構造壁も薄そう。」

「何も動いていなかった火星の表面に急に宇宙船が現れたんで偵察機を出したんだろうな。どうする気だろう。」

「どんな人間なのか見てみましょう。」

 「見るってどうやって見るんだい。」

「あらっ、実時間観測をすれば見えるわよ。」

「実時間観測・・・覚えてないなあ。どんな観測なんだい。」

「ある位置の物質を知って位置を変えていけば画像ができるでしょ。だからどこでも見ることができるの。暗闇だって問題ないわ。」

「パピヨン、実時間観測はできるのかい。」

 「もちろんできます。」

「ディスプレイに写っている宇宙船の操縦室はそれで見えるのかい。」

「操縦室の位置が分かれば見えます。」

「操縦室の位置はどうすれば分かるんだい。」

「何度か試みれば位置を特定できると思います。」

 ミシェルが言った。

「ニューマンさん、うちのジェットから連絡がありました。あの宇宙船の中は見えないそうです。7次元シールドが張られているようです。」

「7次元シールドが張られていたら見えないんだね。」

「そうです。実時間観測ができるようになると服を着ていても裸が見えるし、体の中まで見ることができるようになりました。反対運動が巻き上がり、個人用7次元シールドが発展したのです。だれしも体の中まで覗(のぞ)かれたくはありませんから。腹黒い人は特に反対したと思われますよ。ふふふっ。おかげで同じような原理の転送機が発明されました。」

 「転送機は勉強した。日常で頻繁に使われているようだが、なかなか理解できなかった。・・・そういえば遷移機を勉強したときに実時間観測は聞いていたかもしれない。遷移先を決めるのが実時間観測だった。7次元シールドが張られると位置が分からなくなるから物体を遷移できなくなるのだったね。」

「その通りです。あの宇宙船は7次元シールドと同じような性質を持つ防御装置を持っていると思われます。」

「だからあんな派手派手しいんだな。」

「そうですね。」

 「一応挨拶をしておこうか。」

「危険じゃあない。」

「危険かもしれない。でも誰かがしなければならないことだ。そしてこの宇宙船はこの辺りでは一番強いはずだ。ホムスク文明の最終宇宙船だし7次元シールドを破ることができる。」

「そうね。」

 それでもニューマンはフォボスをビッグボール号の盾にしてホムスク語で呼びかけた。

「前方の巨大な宇宙船に告げる。こちらアクアサンク海底国のニューマン。感あれば応答を願う。言葉が分からなくても応答を願う。繰り返す。前方の巨大な宇宙船に告げる。こちらアクアサンク海底国のニューマン。感あれば応答を願う。言葉が分からなくても応答を願う。」

暫くして相手から同一周波数の電波が発せられた。

「・・・(内容:衛星に隠れている小さな宇宙船に告げる。言葉が分からない。こちらが分かる言葉で呼びかけるべきだ。それが礼儀だ。)」

 ニューマンが言った。

「内容は分からないがとにかく相手の応答があった。これで突然攻撃して来ることは少なくなるかもしれない。パピヨン、脳波通信機の増幅器を相手宇宙船のシールド近くに遷移させることはできるかい。」

「できます、ニューマン様。」

「脳波通訳機でこちらの意思を伝える。増幅器3個を相手宇宙船のシールド近くに遷移させてくれ。」

「了解。3分後に遷移させることができます。」

 増幅器が相手宇宙船の前方に遷移されるとニューマンは野球帽型の脳波通訳機を冠ってホムスク語で言った。

「私はニューマンだ。私の声が聞こえるか。聞こえたら青色の発煙筒を打ち上げよ。発煙筒がなければ何らかの合図をせよ。繰り返す。私はニューマンだ。私の声が聞こえるか。私の声が聞こえたら青色の発煙筒を打ち上げよ。発煙筒がなければ何らかの合図をせよ。繰り返す。私はニューマンと言う。私の声が聞こえたら青色の発煙筒を打ち上げよ。発煙筒がなければ何らかの合図をせよ。」

 3回繰り返した。

ニューマンは増幅器から発せられるホムスク脳波信号が頭の中で轟音として響き亘り、強烈な苦痛を与えることを知っていた。

その増幅器が3個なのだ。

もし聞こえていたら頭の中の轟音は凄まじいものになっていたはずだ。

 応答がなかったのでニューマンは繰り返した。

「私はニューマンと言う。私の声が聞こえているか。聞こえたら青色の発煙筒を打ち上げよ。発煙筒がなければ何らかの合図をせよ。繰り返す。私はニューマンと言う。私の声が聞こえたら青色の発煙筒を打ち上げよ。発煙筒がなければ何らかの合図をせよ。繰り返す。私はニューマンと言う。私の声が聞こえたら青色の発煙筒を打ち上げよ。発煙筒がなければ何らかの合図をせよ。」

 果たして予想もしない応答があった。

ニューマンの言葉が途切れると相手宇宙船は逃げ出した。

5角形の底辺から長く伸びるジェットを吹き出していた。

おそらく最大の加速をかけているのだ。

 「ミシェル、相手は生物人間だよ。きっと頭の中の轟音に耐え切れず逃げ出したんだ。」

「ニューマンさんは考えもしなかった方法を使うのね。」

「近くで増幅器を使うとイグル人が苦しんだことがあった。頭の中の声が轟音になるようだ。ミシェルが思いつかなかったのは当然さ。ロボット人は脳波通信は聞こえないし、通訳帽子を冠っても発信できないんだ。」

「大航宙時代の遺物ね。」

 ビッグボール号は直ちに謎の宇宙船を追跡した。

加速中和装置があるビッグボール号は高加速が可能なので追跡には便利だ。

ニューマンは火星基地と連絡を取り状況をホムスク語で話した。

「アクアサンク海底国の火星基地のハンナ司令官に告げる。こちらニューマン。フォボスの裏で正体不明の宇宙船と遭遇した。ホムスク語で呼びかけたが通じなかった。相手からの言語は不明。脳波通訳機で接触を試みたが失敗した。相手は7次元シールドを張っていると思われたので脳波通訳機の増幅器3台を通して接触を試みた。結果相手は逃げ出した。増幅器による会話が不快だったのだろうと推定した。以上より相手は生物脳を持つ人間であり、脳波通訳機は7次元シールドを通過することが分かった。本艦、ビッグボール号は当該艦を追跡している。フォボス裏に浮遊している3台の増幅器をできれば回収しておいてほしい。7次元シールド内にいる生物人間には有効な武器になるかもしれない。」

「了解しました、ニューマン様。お気をつけて。」

ハンナ司令官から返事があったがシグナルは既に弱くなっていた。

 正体不明の5角形宇宙船は地球の方向に逃げ出していた。

ビッグボール号とミシェルの搭載艇は火星と地球の中間地点より前で正体不明の宇宙船に追いついた。

ニューマンはビッグボール号を相手宇宙船の後方から接近させ再び脳波通訳機でホムスク語で呼びかけた。

今度は脳波増幅器は3個ではなく船殻に埋め込まれた1個だけだった。

 「前方の宇宙船に告げる。私は地球のニューマンだ。貴君らの脳に直接話しかけている。話したい。宇宙船の加速を止めよ。繰り返す。前方の宇宙船に告げる。私は地球のニューマンだ。貴君らの脳に直接話しかけている。話したい。加速を止めよ。」

相手の宇宙船は加速を止めなかった。

 「ミシェル、相手は加速を止めないね。聞こえないのかな。どうしたらいいのだろうか。」

ニューマンはミシェルに言った。

「ニューマンさんが異星人と話したいなら話したいという明確な意思を示すべきだと思います。でも相手艦は外宇宙ではなく地球に向かっています。それは地球には仲間がいるということです。人間が生活できる地球はこの星系に来た侵略者にとっては本命でしょうから地球付近には複数の侵略艦が集結しているはずです。あの艦は人間が何とか住むことができそうな火星の単なる見張りなのだと思います。いまどきは地球の仲間と連絡を取っているでしょうね。地球にいる侵略者の仲間達にとっては地球の戦闘力を知りたいでしょうからあの宇宙船に我々を攻撃するよう指示するかもしれません。」

「7次元シールドは信頼しているけどやはり怖いね。でも攻撃してきたら分かりやすい。少なくとも友好目的で太陽系に来たわけではないからだ。」

「そう思います。」

 果たして相手宇宙船からの攻撃があった。

巨大な噴射口がある面の周囲からの光線砲の斉射攻撃だった。

隣接7次元に居たビッグボール号は光線を通過させた。

ビッグボールの前面ディスプレイは一瞬薄いピンクの光輝が映った。

ニューマンは自身に言い聞かせるように言った。

「明白に攻撃された。パピヨン、反撃する。最初は分子分解砲。目標は敵宇宙船の右舷5分の1。」

「了解しました。分子分解砲で敵宇宙船の右舷5分の1。発射しました。」

ビッグボールの舷側から紫色の光線が発射されたが光線は敵宇宙船を貫通することなく敵船の舷側で反射されるように跳ね返された。

 「跳ね返されたか。サイクロトロン砲の発射準備。目標は敵宇宙船の噴射口。加速し、7次元シールドが敵船と接した時点で発射する。」

「了解しました。接近しサイクロトロン砲で攻撃します。発射しました。」

サイクロトロン砲では時間進行速度が遅くなった水素分子イオンと電子が弾丸として打ち出される。

光速近くで射出された水素分子イオンと電子は光速程度の速度を持つ大質量弾丸として作用する。

果たしてサイクロトロン砲の射線に入った敵艦のジェット噴流はあたかも大きな棒が差し込まれたように遮(さえぎ)られ、その噴射口は吹き飛んだ。

 一つの噴射口が破壊されるとその周囲の噴射口も誘爆した。

敵艦は加速を止めた。

ジェット噴出を止めなければ全ての噴出口に誘爆が起こるかもしれなかったからだ。

それは宇宙船の推力を失うことでもあり、エンジンだけの損傷だけではなくその他の部分にも被害が及ぶかもしれない可能性が生ずるためだった。

 「攻撃を継続する。サイクロトロン砲と分子分解砲の同時発射を行う。分子分解砲の拡散度は最低拡散。強度は敵艦を貫く程度。目標は同じ。分子分解砲が敵艦に到達するまで繰り返す。」

「了解しました。サイクロトロン砲と分子分解砲で同時攻撃します。発射しました。」

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