エトゥールの魔導師2【この男’s(メンズ)の絆が尊い! 異世界小説コンテスト応募版】

阿樹弥生

第5章 精霊の守護者

第1話 観測ステーションにて

『イーレ、今、なんと言った?』

「何度も同じことを言わせないでよ」


 金髪の子供姿を装っている熟練研究員は、通信相手にきっぱり言う。

 長い金髪を三つ編みにして背中にまとめている彼女は、13〜4歳にしか見えないが、実年齢はかなり上という噂がある。現在、探査惑星の地上で遭難中のカイル・リードは、その実年齢を同調能力で見抜いて、見事に殴られたらしい。

 きじも鳴かずば撃たれまい、の見本だった。


 彼女の通信相手であるエド・ロウは、この惑星探査の責任者であった。もっとも、惑星探査のプロジェクトは中止になっているから彼の肩書きは正しくは「元」責任者だ。今、彼はこの辺境にある観測ステーションを離れて中央セントラルに帰還している。


 ディム・トゥーラは、イーレの隣の席で過去の惑星探査の報告書を読みながら、二人の会話に聞き耳をたてていた。

 ディム・トゥーラ自身、上司であるエド・ロウのサポート業務を長年勤務してきたが、この癖のある上司についてはひそかに『狸親父』と呼んでいた。

 人を使うのが上手く良き上司を演じているが、裏では策略を張り巡らせる曲者だ。ほとんどの研究員はその事実に気づいていない。


「私、地上に降りるから」

『頼むからやめてくれないか……?』


 イーレから定時報告を受けていたエド・ロウの口調は懇願に近かった。


 未開惑星の調査という一般的なプロジェクトで、観測ステーション内から行方不明者を出すという前代未聞のトラブルが発生した。

 プロジェクトは中止になり、エド・ロウは詳細な報告のため中央セントラルに呼び戻されている状態だ。

 イーレは彼に対して、記録の残らない私的通話で定時連絡を入れていた。


 その行方不明になったカイル・リードの能力管理バディをする「支援追跡者バックアップ」であるディム・トゥーラは現在進行形で、問題に巻き込まれている。

 なぜかカイル・リードは、観測対象の地上で発見され、観測ステーションからの救出対応の権限はプロジェクトのオブザーバー役であるイーレに委譲されている。

 単純な救出作戦のはずがシルビア・ラリムの地上における二重遭難、次に降下したサイラス・リーは降下用の移動装置ポータルの確定座標がずれるという異常現象が起きた。

 現状、合流したとはいえ、三名が地上遭難していることになる。

 その危険な地上にイーレを降下させるなど、エド・ロウはなんとしてでも回避しなくてはならなかった。


『ディム、ディム・トゥーラ、そこにいるんだろう?』

「いません」

 ディム・トゥーラは、論文を読みながら矛盾した返答を上司につれなく返した。

『ふざけていないで、イーレを止めてくれ』

「あー、無理無理、ディム・トゥーラは、今、50万本の論文読破チャレンジ中なのよ」

『なんだ、その罰ゲームみたいなものは……』

「だって、地上で文明が発見された場合、どこまでの接触が禁忌なのか指標が曖昧じゃないの。だから彼はね、過去の探査レポートを洗い直しているのよ」

『は?』

「すごいわよねぇ、カイル・リードの支援追跡のために50万本の報告書を読む――そこまで子守をやるなんて、尊敬しちゃう」

「子守じゃありません」

 ディム・トゥーラは、冷たく言った。

 カイル・リードの支援追跡者という任を「子守」と称されるのは不本意極まりない。

「子守以外のなんだというの?至れりつくせりの献身状態じゃない」

「……………………」

 ディム・トゥーラは、反論しようとしたが、結局やめた。イーレに口と腕力で勝てるはずもなかった。

『君も、その論文確認を手伝えばいいじゃないか』

「頭より身体を動かす方が趣味なの。だから、地上に降りるわよ」

『いくらでも、カイル・リード達の救出のためのコネは最大限に用意するから、本当にやめてくれ。関係者にバレたら私が殺されかねない』

「いっぺん、死んでみる?」

『洒落にならない』

 エド・ロウの吐息が、ディム・トゥーラにも聞こえた。ディムはようやく端末を置いて、会話に加わった。

「本当にコネを最大限、用意してくれますか?」

『イーレを止めてくれるなら、いくらでも』

「どうします、イーレ?」

「まあ、今のところは、考え直してもいいわ。でもね、私の主治医と、弟子が地上なのよ。それほど、待てないわ」

『君は、地上に対して心的障害トラウマを負っている。それを悪化させたくないんだ』

「そうなんですか?」

「まあね」

 イーレは他人事ひとごとのように認めた。

『とにかくイーレの地上降下の件は認められない』

「え〜〜〜」

『え〜じゃない』

 子供を叱る父親のようだ、とディム・トゥーラは思った。彼はイーレの性格を知り尽くしているように扱いが上手い。

『それより地上滞在の3人の健康状態に問題はないんだろうな?』

「皆、元気よ。健気にダンスの練習をしているわ」

『………………は?』

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