第8話 襲撃

 次の日


「これは……確かにサロ語てすね。ですがコレがあっただけで、イコール帰れる術が生まれる訳ではありません」


 ゴッホのリアクションは意外に冷静だった。確かにそうだ、ここにいる3人はどうやってここに来れたのか誰も把握していない。それでも、もう少し言い方があるんじゃないか?


「オイオイ天才、何もせずに放っとく事はねぇだろ。死にかけ経験して持ってきたんだから」


 モーリスの口調からとても苛立っていることがわかる。私も少しばかりだが、今のゴッホには少々怒りを覚える。


「無理なものは無理です。モーリス先輩だって微分・積分の計算しろって言われても出来ないでしょ、それと一緒です。私には出来ないことを出来ると言える無責任さはありません」


「はぁ!? それとこれは今関係ねぇだろ!!! 大体微も積も知らないところでいいんだよ! 生きてて役に立ってねぇし!」


「ほら出た、バカの言い訳の常套句。役に立たないんじゃなくて、分からないから使えないの間違いでしょ」


「オイ、もういっぺん言ってみろ」


 モーリスの声が低くなった。あ、コレはマジで取り返しのつかないことになる。

 モーリスの『もういっぺん言ってみろ』は本気で怒っているときの口癖だ。私関係で彼女が何度も揉め事を起こしていたから分かる。


「ゴッホ」


「なんですか?」


 私を一瞥したその目に思わずたじろいだ。目線だけで殺意を感じる、いつものゴッホじゃない……


「えっと……いや……さぁ……」


 何をそんなにムキになっているんだ――なんて言葉は出ることはなかった。

 その時――


「何ですかアレ? 煙?」


 振り返って窓から外を見てみると、遠くの方でモクモクと黒い何かが空へと昇っていた。


 薄白色の雲と、晴天の青空に似つかわしくない汚い雲。


「旦那様、アッチって確か……」


 全身から血の気が引いていく、その方角には心当たりがあった。


「大至急!」


「イエッサー!!!」


 ソファーに腰掛けていたモーリスも勢いよく駆け出す。扉を豪快にぶち開け、光の速さで見えなくなったモーリス。


 私も向かう、その前に――


「行かないの?」


「私には何のことか分かりませんし、工場現場は危険物が一杯ですから二次被害、三次被害を逃れるためにもここにいますよ」


「……分かったよ」


 ゴッホはこちらに目配せをすると、自分のデスクの上にあった試験管やビーカーを手に取り、科学実験の続きを再開させた。


 ……


 私は首を素早く横に振り、頭の上に浮かんだ邪念を振り払う。取り敢えず今は彼処がどうなっているか。

 そう自分に言い聞かせながら私はモーリスの後を追った。


―――


 上空からモーリスを探したが見当たらなかったので、一足先に現場に向かうことにした。

 そこは、あまりにも悲惨だった。


「嘘でしょ……」


 工場――だった場所には建物と同じ大きさの火炎と黒煙が立ち込む。

灰が目や鼻、口に入ってくる。あまりの熱さにたじろぐ、私の火炎魔法を遥かに凌駕する熱さと攻撃力を誇っている。


 突然の出来事に困惑していたがそれだけでは無かった。

目の前では工場が炎によって朽ちていく。何も抵抗できずじっと死にゆく運命に身を委ね、誰にも――私にしか――知られず跡形もなく消えていく。


「あぁそうだ。そうだった」


あの時のこと――花畑を焼け野原にした愚行――を思い出す。私はあの時死にたいと思っていたんだ。

黄昏れていると、目の前の炎に覆われていた工場は大きな水に覆われ、轟々と上がっていた炎は一気に鎮火した。


現実の世界に意識が戻り、目を覚まさせるために首を小さく横にふる。

こんな芸当をできる人間はたった1人しかいない。


「旦那様!!!」


 後ろから話しかけられる、振り向くとそこにはモーリス。

 腰に手をつき威勢を張ってるが、身体はびしょびしょで髪の毛もしっとりのグシャグシャ。よほど走ってきたんだろう、一本道なのに。


「なんですか一体これは?」


「分からない……なんでこんなことに……」


 なんかもう私呪われてるんじゃないか、行く先々で事件起きてるし。変なことも思っていたし。

 モーリスは現場に近づき、現場に落ちていた証拠――になりそうなモノ――を拾い上げた。


 すくい上げた砂を片方の指先でなぞり上げる。しかし何も出てこなかったのか、パンパンと手を払った。


「いったい全体どのように?」


「一体誰がこんなことを?」


 火なんか自然に発火するものではない。人為的なものだと言うことは分かるが……


 私もモーリスも、ただ項垂れるしかなかった。

 何も鍵が見つからない、迷宮入りとはこのことか。


 私が熟考していると、突然力強く押し倒された。 

背中を受け身なく一身に喰らったので、腰を鈍器で殴られたように痛い。加害者はモーリス。


「ど。どうしたの、急に……」


「静かに!」


 小さく、だけど力強く呟いた言葉に真剣さが感じられる。


「そこか!」


 モーリスは身を翻し身近にあった木片を、手前の木に投げつけた。

 片手を地面に着き、もう一つの手をくの字で高く掲げ身を低くする態勢は、野生動物と同じ戦闘態勢のポーズ。


「旦那様は近くに隠れて。 急いで早く!」


 分かった……と言ったが、鎮火して屑山になった工場跡地以外は、周辺の森ばかり。しかも敵が森にいるとなれば、敵陣に裸で突撃するのと同じ。

 私はモーリスが顔を向けている逆の方向へ走り、できるだけ近くの茂みに身を屈めることにした。


 だけど……それは敵をおびき寄せるのには絶好だった。

モーリスはこっちを振り向く。


「後ろ!」


 え……


「はっけーん」


 耳元で言われたような高い声、背筋が凍り身が震える。

 反射ですぐに飛び出すと、真後ろから銃弾の発砲音が聞こえた。


 思わず前かがみに倒れてしまったので、モーリスが駆け寄ってきた。


「旦那様、ご無事ですか? 傷は!? 血は!?」


 私の身を包むたった一枚の囚人服を、強い力で引っ張り身体の状態を確認する。

 しかし何も起きていない、擦り傷はあったかもしれないが時期治る。


「大丈夫だから……ちょっと転んだたけ」


「そうてすか、何もなければそれでも良いのですが、何かあれば、ウチは」


 モーリスはとても悲しそうな顔を浮かべていた。私のことでここまで心配してくれるなんて、キミも私のせいで、辛い思いをしていたはずなのに。


「あぁ……落ちこぼれの皇族と、世間知らずな田舎娘との禁断の恋。これこそ純愛、美しいわ〜」


 ……今喋ったのは誰だ?


 私たちは二人揃って声する方へ目配せする。そこにいたのは、金髪カールの見たこともない少女。


 驚いている最中、モーリスはその少女に向かって突撃していた。私の背中を片腕で支えていたので、体は地面に叩きつけられ痛い。

 しかし痛みを何も感じないまますっと立ち上がる。激痛なんかどうでも良い。


 モーリスは謎の少女に蹴りやパンチをお見舞いしようとするが、全て躱されていた。


「キャハハ、平和ボケしてしまったんですか? 腕が鈍ったようですね、せ〜んぱ〜い」


 甘ったるい声を出して挑発しているが、耳に届かないほど肩で息をしていた。


「テメェか、この街の人間を消して、建物破壊して、挙げ句に私の命を奪おうとしたクズは」


 モーリスの問いに、少女は人差し指を頭にコツンとくっつけ、顔を少し傾け考えるポーズ。


「う~んと、半分正解で半分不正解! あんたたちの為にこの街を消そうとしたの」


 手をパンと自分の顔の前でくっつけ、明るい笑顔と裏腹にとんでもない事を口にした。


「お前あんときから落ちぶれたなぁ。もっと素直な子だと思っていたんだけどなぁ、スピル」


 スピル、この子の名前か?

「スピルバーグ・トーキョーですよ、リア・ド・モーリス軍曹」

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