夢菜は手の甲でぐいりと涙を拭うと、黙って部屋を出ていった。煙草を吸いに行ったのだろうか。自分の失恋でもないのに?

 私は首を傾げ、コウちゃんを見た。コウちゃんは、すいすいと水みたいにビールを干していた。

 「……夢菜、どこ行ったのかな?」

 「部屋でしょ。煙草吸いに。」

 「自分が失恋したわけでもないのに?」

 私が訊くと、コウちゃんは軽く眉を寄せた。その表情を見ていた私は、なんだか責められている感じがして、いい気はしなかった。

 「なんで夢菜が泣くの?」

 さらに問いを重ねると、コウちゃんは今度は私を呆れた目で見てきた。なんでそんな分かりきったことを、とでも言いたげな目だった。

 「そりゃ、悲しいからでしょ。」

 「でも、夢菜の失恋じゃないのよ。それに、私は泣くほど傷ついてもいないし。」

 「蘭子って、案外冷血だよね。」

 コウちゃんの目も、表情も、物言いも、私は気にくわなかった。だって、私は悪いことはしていない。失恋したのは私の勝手だし、失恋飲み会を開いたのは夢菜の勝手だ。そこで泣いたのが夢菜の勝手なら、訳が分からず戸惑うのは私の勝手なはずだ。冷血、だなんて言われる筋合いはない。

 私は怒りにまかせて、温くなった檸檬サワーを飲み干した。コウちゃんは、目だけで笑って私を見た。なによ、と、私が怒ろうとしたとき、夢菜が戻ってきた。目を赤く泣き腫らして、煙草の匂いと一緒に。

 ちょっとふらつきながらテーブルにつき、新しいハイボールの缶を開ける夢菜を見ていると、私はなにも言えなくなってしまった。本当に、私は冷血なのかもしれない、とも思った。

 「……俺、帰ろうかな。」

 ぽつん、と、コウちゃんが言った。私と夢菜は、一斉にコウちゃんを見た。コウちゃんが、飲み会の途中でそんなことを言いだすのははじめてだった。コウちゃんはいつでも、夢菜に付き合って酒をたらふく飲み、翌日の朝に帰って行く。なのに、どうしたのだろうか。

 「なんで?」

 そう言ったのは私で、

 「邪魔になんか、してないよ。」

 そう言ったのは夢菜だった。

 邪魔ってなんのこと、と、私は驚いてしまった。なんというか、私たちの間には、そんな単語なんてないだろう、と思って。

 コウちゃんは、私と夢菜を順番に見て、ふわりと目もとを緩めて笑った。そして、嘘嘘、まだまだ飲むよ、と言って、ビールの缶を傾けた。




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