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「どうして夢菜の好きになるひとには、いつも奥さんがいるのかなぁ。」
誤魔化すみたいに、私は言った。するとコウちゃんは、ちょっと首を傾げて唇だけで笑った後、あっけらかんと言った。
「あこがれじゃないの?」
「あこがれ?」
「まともな大人に対する、あこがれ。」
私はコウちゃんの言う意味が分からなくて、隣に座るコウちゃんの顔を覗き込んだ。コウちゃんは、へらへら笑った。いつものコウちゃんの笑い方だった。
「でも、不倫するひとなんて、まともじゃないじゃない?」
「蘭子は分かってないなぁ。」
「どこがよ。」
「不倫するひとだから、じゃない。」
私は、さらに頭の中がこんがらかって、説明して、と、コウちゃんの膝をぽんぽん叩いた。するとコウちゃんは、私に叩かれるがままにしたまま、するすると説明をしてくれた。
「不倫するひとってことは、仕事も家庭もあるひとってことでしょ。そのうえ、不倫までするような余裕もある。そういうまともさに、夢菜はあこがれちゃうんじゃないの、知らないうちに。」
説明を聞いた私は、コウちゃんを叩く手を止めて、うーん、とうなった。それは、コウちゃんの説明が、結構正しいような気がしたからだった。
「じゃあ、夢菜が不倫じゃない男のひとをつかまえるには、まともな大人にならないといけないってこと?」
「多分ね。」
コウちゃんが、ごく当たり前みたいに言うから、私はちょっと頭を抱えてしまった。
まともな大人。なりかたは、多分分かってる。まずは真面目に就職して、ちゃんとした恋人なんか作って、そのうち結婚して、子どもなんか生んでしまう。でも、その一つ一つの過程のやりかたが、私には皆目見当もつかなかった。どれもこれも、私には、遠すぎる。それらをこなしている自分を、想像することすらできない。
「……まともな大人になんて、なれるのかな。」
「蘭子はね、案外簡単になれる気がするけどね。」
「え? ほんとうに?」
「うん。」
こっくりと頷いたコウちゃんは、ベンチの背もたれに背中を預け、いやになるくらい青い空をあおいだ。
「でも、俺は無理だろうな。死ぬまで。」
死ぬまで、というコウちゃんの台詞は、なんだか不穏な響きかたをした。静かに、深くて暗い所まで落ちて行ってしまいそうな。だからだろうか、とっさに私は、話題を変えた。
「夢菜が帰ってきたら、なにかおいしいお昼ごはんが食べたいね。」
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