二十三話 日景優羽の真の強さ

「……ほう?」


 僕のその言葉に一瞬驚いた様子を見せた後、紅の瞳が興味を持ったように見開いた。


「僕はお二人が未練を抱えたまま終わって欲しくないって強く思っています。だからまずはあなたと話をして解決に向かうようにしたい」


 そうして木刀の剣先を彼に向ける。


「……僕には大した力はないです。けど、思いは誰よりも強い。それを証明するため、来ました」

「ははっ、ようやく話がわかるやつが来たようだな。まぁ、あの女のような力が無さそうなのは残念だがな」

「力だけが強さとは限りませんよ。それに、力の無さをカバーするだけの思いがあるので」


 そこには確かな自信があった。終わらない後悔を抱える苦しみは誰よりもわかっている。


「面白い! ならばお前の強さとやらを俺にぶつけてみろ!」


 ギュララさんのテンションは高まり口角が上がった。僕から少し距離を取ると、いつでも相手すると言うように両腕を広げる。


「俺に一度でも攻撃を当てられたら認めてやる。周囲の魔獣は俺の雄叫びでいなくなってるだろう。全力でこい!」


 マギアはポッケにしまい、夜闇の森の中でギュララさんと対峙する。もうこの暗さに目は慣れていて、はっきりと輪郭を視認できた。


「……」


 僕は今まで感じたことないほど集中していた。感覚が研ぎ澄まされ、木々のざわめきも身体の生体活動も気にならなくなり、ただ目の前のことだけに意識の指針が向いている。


「ふぅ……いきますっ!」


 一呼吸置いてから今までの特訓を思い出す。そしてそれを力に変えて、一気に地面を蹴った。


「せいっ!」


 間合いを木刀の射程に詰め、相手を殺す心持ちと全身の力を刃に込めて横に一閃。


「遅い」


 しかし、それは空気を斬った。ギュララさんは身体を後ろに逸らして簡単に避けて。


「ほらよ」

「ぐはぁっ!」


 回し蹴りが脇腹に直撃。打撃の圧力のかかる痛みで骨が軋む。横に吹っ飛ばされ木に打ち付けられた。


「くっ、まだまだ」

「ふん」


 その木を支柱にして態勢を立て直し、再度攻撃を仕掛ける。今度は首辺りを狙って左斜めに木刀を振り上げた。

 しかしそれは後ろに飛び退かれて空振り。すかさず、手首を動かして木刀の剣先を相手のほうに向けてから、彼に肉薄し真っ直ぐ突いた。


「おおっと」

「ぐふっ」


 それも軽くかわされ、さらに突っ込んだ僕の足を引っ掛けられ、そのまま草地に転んだ。けどすぐに受け身を取り立ち上がる。


「これはどうだ?」

「ガハッ……」


 顔を上げた時にはすでにギュララさんが接近していて、腹部に蹴りが抉りこまれる。強烈な衝撃とそれを跳ね返そうとする体幹の二つに内臓が圧迫され潰れそうになる。その威力に耐えきれず後方の地面に叩きつけられた。


「まだっ――」


 立ち上がり際にまた回し蹴りが左肩に喰らわされる。身体が半回転して、そのまま草の上を転がされた。


「その程度か?」

「こんなもんじゃ……ない!」


 口には草が入り服にも沢山付着している。僕はそれを気にすることなくまた彼を睨みつけた。そして、臆することなくまた彼に接近。


「てりゃぁぁぁ!」


 木刀を何度も何度もギュララさん目がけて斬りつける。けれど何度も何度も避けられ反撃を喰らい続けた。


「弱い!」

「がぁ……まだ」

「雑魚が!」

「くっ……負けない」


 顔面を横に殴られ、張り手で吹き飛ばされ、足払いを受けうつ伏せに倒されて、上からグリグリと足で踏みつけられる。


「諦めろ、お前じゃ無理だ」

「無理じゃない!……」

「そうかよっ!」


 上からのプレスがなくなるのと同時に、身体の側面にボールのようにキックされ、地面をゴロゴロと。


「はぁっ……はぁっ……」


 重力に負けそうな足を強引に立たせる。木刀を何とか構えて戦闘続行の意思を示した。


「ちっ、まだやるのか」


 段々とギュララさん余裕な顔が曇っていた。それに希望を感じて、また彼に歯向かった。


「せいやぁぁぁ!」

「届かないんだよ! お前の強さとやらがな!」


 僕はデタラメに木刀を振り続けた。しかし、それが当たることはなく、幾度も容赦ない暴力が襲って。


「おらよぉ!」

「がぁっ……」


 飛び蹴りをもろに受け、臓器が全て吐き出されそうなショックと痛みに視界が明滅する。全身が空に打ち上げられ、背中から地に落下した。


「ぐうぅぅ」


 身体のあちこちが悲鳴を上げていた。口から血が出てきて吐き出す。内外から血が出ていて、骨も何本かは折れている。


「お前……まだ立つのか」


 思うように力が入らないが、後ろにある木に背中を預けて、それを支えにして立ち上がった。視界はぼやけていて、見づらいが確実にギュララさんに焦点を合わせる。


「これ以上は……死ぬぞ」

「関係ない……」


 僕は残り少ない力を振り絞って、腕を持っていかれそうになりながら剣を振り回した。


「何なんだお前は!」


 正面から蹴りが入った。後退させられるも、威力が低く倒れることなく踏みとどまれる。

 この戦闘が長引く度に、ギュララさんの目は見下すものから危険なものを見るものへと変化して、僕の身体がボロボロになっていくほど攻撃の力が緩んでいた。


「お前は……死ぬことが怖くないのか?」


 そう問われて少し考える。でも、恐怖の感情は一切出てこなかった。


「怖くない」

「な、何だと?」

「僕が生きようが死のうがどうでもいいんです。ただ、救える能力があって、同じ苦しみを持つ人がそこにいるなら助けたい。それだけです」


 本能的にその言葉が口から出る。それで、ようやく今の自分を言語化できた気がした。どうしてこの世界でこんなことをしているのか。それには目的はなく、神様に役割を与えられたとはいえ、ただ目の前の人を助けたいという欲で動いていて。そんな自分を例えるなら、ゾンビだろうか。それとも、亡霊の方がふさわしいのかもしれない。

 とにかく、自分の進む確かな指針が見えた。


「お前、なぜ笑っている」

「はは。改めて自分のやりたいことを見つけたので。あなたを絶対救います」

「……狂ってやがるな」


 確かにそうかもしれない。あの日屋上から飛び降りた時点でタガが外れているのかも。もう死に僕の意思は覆せないのだから。


「あなたにその思いをぶつける! はぁぁぁ!」


 僕は最後の力で駆け出す。その瞬間、ギュララさんの瞳に怯えが交じるのを見逃さなかった。手に持った木刀をぶん投げる。


「な……!?」


 想定外だったか驚愕の声を上げる。彼はギリギリで避けるも、態勢が悪く隙だらけになって。


「これで終わりだぁぁぁぁ!」


 僕は右手にロストソードを出現させて刃を作り出し、硬直状態のギュララさんを横一文字に斬り裂いた。


「くっ……」


 確かな手応えと共にギュララさんは腹を抑えて片膝を突く。


「や、やった!」

「……くくっ伝わったよ、お前のその恐ろしいほどの強さってやつを」

「よ、良かった……です……」


 彼の憑き物が落ちたような微笑みを見て、緊張の糸がぷつんと切れて、身体の力が一気に抜けて倒れ込んだ。


「お、おい!」

「これで、やっと話を……」

「何やってんのよぉぉぉ!」


 薄れゆく意識の中で、唐突に桃奈さんの叫び声が聞こえて。


「すぐに治すから待ってなさい!」


 目を閉じると温かな感覚が身体全体に包みこんで、意識と一緒に痛みが消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る