十六話 異世界の洗礼

 僕達はゴンドラに乗り込み桃奈さんが起動させると、スムーズに島に向かって飛び立った。

 窓から眼前の光景を見ると、やはり少し前のビルからの思い出が想起されて気分が悪くなる。けれど、同時にここから落ちたいという衝動が脳の片隅にあって。


「やっぱり不思議な感じよね、空の上にいるなんて」

「はい、しかも普通に過ごせるのでそういうところにいること忘れちゃいます」


 僕は窓から顔を離して席に座り、木刀を隣に置いて手から離した。少し腕に疲労があったので楽になる。


「ユウは異世界生活やっていけそう? まだ数日だけどさ」

「まぁいけそうな感じはする。結構、現代的というか、メイド喫茶とか他にも現代的な物が沢山あって。便利な物とかもあるし、向こうとそこまで変わらないくらいの生活水準だからさ」

「良かったー師匠とか先駆者さん達に感謝だね!」


 近くに座っていた桃奈さんが裾をちょんちょんと引っ張ってきて、自分のことを指さしていた。なので、手を合わせて感謝を伝える。


「でも、相当影響されてるよねあの街。結構、向こうからやって来た人がいるの?」

「そうだね~。師匠が最初の一人でそれから千年くらいの間に定期的に送られてたみたいだよ」

「千年!?」


 途方もない数字だ。それに、アヤメさんもこっちの人だったのもびっくりだし、何より彼女はとんでもない長寿ということになる。


「ふふっ、やっぱり驚くわよね」

「あ、アヤメさんっていくつなの?」

「教えてくれないから正確にはわかんないけど、九百歳はいってるんじゃないかなー」


 こういうのによって自分が異世界にいるのだと再確認させられる。というか、アヤメさんの言動は九百の年齢を感じさせない若さがあって、すぐには飲み込めそうにない。


「マジか……」

「アヤメさんって、神様の代行者になる代わりに、永遠の命と姿が変わらない恩恵を受けているみたいよ。年老いても若いままって羨ましわ」

「ふふっ何だか、モモが言うとおかしな感じするね」


 この中では桃奈さんが一番年上で幼く見えるからだろう。

 そんな風に会話していると、ゴンドラは目的の島に到着。ズシンと地についた振動が生じる。扉を開けて、草原に降りるとゴンドラは元の場所に帰っていく。隣には帰り用のものがある。


「これって魔獣に襲われたりしないの?」

「この平原の子たちは黒とか白の系統で穏やかだからね。それで、ゴンドラの色を青にすることで、怯えて近づいてこないんだ」


 確か青色や赤色の身体の魔獣は危険と言っていたから、そういう仕組みを利用しているんだろう。


「話は終わった? それじゃ行くわよ」


 桃奈さんはアオの手を取ると森へと歩き出す。僕は二人の背中を見ながら付いていった。

 平原は相変わらずのどかで、周囲にいる魔獣もゆったりとしていて安全に進める。そして、森へと入った。


「……ユウ、私の側を離れないでね。今回はこわーい魔獣がいるから」 

「わ、わかった」

「あたしはいつでもミズちゃんの近くにいるからね」

「……」


 その言葉にアオは華麗にスルーしてずんずんと奥へ行く。


「ブモォォォォ!」


 左手の草木の向こうから豚のような鳴き声が聞こえてくる。そちらを見ると勢い良く僕に突進してきている、紅に染まった毛皮のイノシシみたいな魔獣がいた。そいつは、僕の腰辺りまでの高さがあり、額にカブトムシが持つような一本の角が生えている。


「う、うわぁ!」


 砂埃が立ちそうな速度で僕に一直線。ギリギリの所で地面に身体を投げ出して回避する。左肩や腕に衝動を受けて鈍い痛みが走った。

 そのまま真っ直ぐ走り抜けたそいつは少し先の木に衝突。角が木突き刺さった。しかし、浅かったのかすぐに抜き取ってこちらを向いて助走をつけ出す。

「ユウ、木刀貸して!」

「う、うん」


 アオに立つのを助けてもらいつつ木刀を手渡す。そして、僕を守るように前に立った。


「ブゥゥモォォ!」


 攻撃するよと言わんばかりに声を出すと、再び走り出して突撃してくる。

 アオはその場を動かず腰を落として木刀を構えた。そして、イノシシをギリギリまで引き付けて。


「ほいっ」


 その角がアオに接近し木刀の射程距離に入ったそのタイミング。その角をすくい上げるように斬り上げた。


「ブモォ……」


 それはカブトムシの技のようで、魔獣を上空に投げ飛ばした。僕の背後にイノシシが背中から落ちてきて、そのままひっくり返った状態で起き上がれず、宙に足をワシャワシャしていた。


「この子はボアホーンって言うんだ。態勢を戻すのに時間がかかるから、今のうちに行こっ」

「わ、わかったよ」


 アオに木刀を返してもらい、弱々しく鳴いているボアホーンを後ろに早歩きで奥に。


「痛っつ……」


 大した傷はないけれど左腕が少しだけじんじんしている。


「しょーがないわね」


 前を歩く桃奈さんが振り向くとピンク色のロストソードを手に持ち刃を出現させてくる。


「な、何を?」

「癒やしてあげるわ」


 そう言うと水晶部分が淡く黄色く光ると刃も呼応して輝く。それに軽くぽんと左腕を叩かれると、温かな感覚がして痛みがさっぱり無くなっていた。


「凄い……ありがとうございます桃奈さん!」

「ふふん、あたしにこれ以上惚れないでよね」


 感謝もあるのでツッコむことはせず、曖昧に返事しておいた。


「私のロストソードの能力はソウルの力を使って斬撃を飛ばすんだけど、モモのロストソードはソウルの力を使って人を癒やせるんだ」

「回復系かぁ」

「そう、傷や病なんかを即座に治せるのよ。魔法でも回復できるけど、それは人間が持つ自己治癒力を高めるだけだから、こっちの方が効果は高いわ」


 桃奈さんはドヤ顔で説明してくれた。それにしてもロストソードは凄い力がある。僕にも何か能力があるのだろうか。ステータスは絶望的だったから、せめてそれだけは良いものであれと祈った。


「……?」


 右前方から木が揺れる音がした。風ではなく何者かに激しく揺さぶられて、葉が大きな音でざわめき出す。


「あれって……」


 後ろを向いてた二人に音の発生源に指さした。そこには、ノコギリクワガタみたいな角が伸びている黄色い鹿みたいな魔獣がいる。


「あいつはキユラシカよ。名前の通りあの角で木を挟んで揺らして、食べ物を取るの」 

「あれに挟まれたら……」


 思わず真っ二つにされる自分を想像してしまう。


「だーいじょぶ。あいつは黄色系統だから、こっちから刺激しなきゃ無害だよ」

「そっか……ってこっち見てるけど」


 木を揺らし終えたらしいキユラシカの顔と二本のノコギリ角が僕に向けられていた。そして、明らかに僕へと近づいてきて。


「何か来てるんだけど!」

「あー、キユラシカって目が悪いから、ユウのことを木と勘違いしてるのかも。背が高いし」

「いや、他の木ほどじゃないでしょ!」

 そんなツッコミ虚しく、じわじわと接近してくる。そして、ガシガシと二本の角を閉じたり開いたりしながら、狙いを定めたように駆け出してきた。

「うわぁぁぁ! 何でぇぇぇ!」


 僕は妄想が現実にならないよう、全力で走ってた。思い出すのは今朝の悪夢の光景。だからか、逃げるための足は思うように動かせた。

 別の木を遮蔽物にして、あわよくばそっちに気を逸らそうとするようなルート取りをする。しかし、その木を挟んでも違うといった感じでまた僕を追いかけてきて。それを何度も繰り返した。


「ここはあたしに任せて」


 木刀でも投げて悪あがきしようと思ったが、今度は桃奈さんが、キユラシカに立ちふさがった。

 彼女はロストソードを出さず、目元に付けているハートに左手で触れる。するとそこから水色の魔法陣が現れた。


「凍りなさい! 」


 ウインクをするとその魔法陣から氷魔法が放たれて、キユラシカの足と周辺の地面を凍らした。


「悪いけど大人しくしててね」

「はぁ……はぁ……た、助かりました」


 僕は膝に手を置いて肩で息をする。普通に死ぬかと思った。


「ユウ、身体は半分になっていないよね?」

「なってない、……多分」

「どうして自信なさげなのよ……」


 動けなくなったキユラシカを見ると、未だに挟もうと角を動かしている。自然の狂気じみた執念を感じた。


「長持ちはするけどさっさと行くわよ」

「村もすぐそこだからもう一息。頑張ろユウ」

「わ、わかった」


 多少呼吸が整った段階で行動を再開した。まだ心臓の鼓動は落ち着かず汗が流れ続けて、吹き抜ける風に仰いでもらいながら足を動かす。


「災難ね、あんたばかり狙われて」

「……はい」

「マジで不吉な悪夢のせいだったりしてね」


 その理屈なら桃奈さんのせいということになる。助けられた手前そんなことは言えないのだけど。

 というか、思い返すと夢に出てきた事と共通している事がいくつかあった。突進とかノコギリとか。その流れだと次は連れ去られてしまうかも。偶然だと信じたいけど。


「見えてきたよ〜クママさん達がいるウルブの村に」


 僕の視界の先には少し開けた場所があって、その先に大きな柵に囲われた村が見えてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る