三話 森の熊さん、ミズアの強さ

 僕達は森の中を進んだ。当初は前にいたアオだけど、今は隣りにいて横に広がって歩いていた。

 木と木の間はある程度の間隔が開いていて、空から降り注ぐ陽光が葉と葉の隙間を通り木漏れ日が下まで届いている。地面は木の根が張り巡らされていて歩きづらさがあるものの、踏みしめる土はふんわりとしていた。とても静かで、葉がこすれる音と足音、そして僕らの話し声だけがある。


「それにしても、ユウは前よりももっと大きくなったね。いくつくらいなの?」

「今のはわからないけど、去年の健康診断では176センチだった」

「うひゃ~。高校生くらいでも大っきくなるんだね……」


 アオは爪先立ちしてみたりして、同じ高さになろうとするも届かない。中学の頃なら、同じ高さになっていたのを思い出す。


「私は身長も胸も変わらなかった」


 そこからアオは自分の身体の特に胸あたりを見ると、ガクリと項垂れる。すごい悲哀を感じた。


「この世界には、そういうことが出来る技みたいなのは無いの?」

「それが無いんだよ〜。魔法はあるんだけどな〜」

「魔法はあるんだね」


 さらっとその存在を明かされた。まぁロストソードを見たから予想はしていたけど。

 ただ剣と魔法があるファンタジー世界なら僕の着ている制服は非常に場違いな気がしてきた。


「……それ高校の制服?」

「うん。今日から学校だったから」

「そういえばそっかぁ。すごく似合ってると思う」


 彼女は純粋に褒めてくれているのだろうけど、僕は喜びづらかった。


「というか、この服って浮かないかな?」

「多少は珍しいだろうけど、だーいじょぶ。今から行く街はそんな感じの服もあるし」

「そういえばどこに行くの?」

「イシリスの街。イシリスの国で最も栄えていて、色んな人がいるんだ。王様がいるお城もあるよ」


 しばらく森を進むがほとんど景色が変わらない。ずっと同じところをぐるぐるしているような錯覚を抱く。


「そこにはまだ着かないの?」

「もうちょっとかかるかな。森を出ると平原があって、少し歩いてこの島の端っこまで行くとゴンドラみたいなのがあるから、それに乗って行く」

「島? ゴンドラ?」


 何やら現代的な名前が飛び出してきた。


「この世界にあるイシリスを含めた五つの国は全部浮遊島で、雲の上にあるんだよっ。びっくりでしょ!」

「……嘘でしょ? 何か急に息苦しくなってきたような」

「あははっ、それは疲れのせいでしょ。快適に過ごせるように結界が貼られているもん」


 かれこれ十五分くらい動き続けている。あまり運動してなかったせいで、多少息が上がってきた。


「それでゴンドラっていうのは?」

「この島の南端と北端にある、島と島を行き来するためのマギアだよ。形とかもほとんど向こうの世界のと同じかな。あ、マギアっていうのは魔法で動く機械みたいなもののこと」

「魔法の機械……」


 この世界の輪郭くらいは見えてきた気がする。神様や魔法の影響が強くて、結構文明も発展しているみたいな感じかな。


「それとさ、ずっと気になってたことがあるんだけど」

「遠慮せず、このミズア先生に何でも聞いて」

「……まだ手を繋いでないと駄目なの?」


 そう、歩き始めてから僕の右手はアオの左手の中にあり続けている。手汗もすごくなってきました、そろそろ離したかった。


「森を出るまではこのまま。だって、この森にはこわーい魔獣がいるんだから」

「ま、魔獣?」

「この世界の動物の総称かな。牛とか馬とかもそれの中に入ってる。当然凶暴なのもいるし、ここは特に多いんだよ。ヤバいのは色でわかるんだけど。赤とか青系統の身体を持つ魔獣は危険、白とか黒の魔獣は安全。黄色は手出ししたら襲ってくる感じ。紫はこの世界では高貴な存在だから関わってはいけないの。まぁ激レアだからほぼ会わないけどね」


 そんな事実を伝えられ、思わず周囲をキョロキョロして警戒してしまう。だけど、やっぱり生物の気配は感じられなくて。


「おかしいな。いつもなら二体くらいには襲われるのに」

「う、運がいいのかな」

「いや、もしかしたら――」


 ドシンと右の方向から重い足音がした。間髪おかず大地を揺るがすような咆哮が耳を突き刺した。


「グラァァァ!」


 まるで突然現れたかのようで、足音と振動がどんどん接近してきて、その正体がはっきり視認できるようになる。僕の背をゆうに超える巨大な藍色の毛皮を持つ熊のような生物がいた。血を染めたような色のギョロッとした目や大きな手には五本の凶刃な爪がギラついている。


「……あれって青系統の魔獣?」

「ううん。あれは魔獣じゃなくて霊。彼はクママさんと一緒に未練を持っているの。魔獣みたいな姿はテーリオ族が変身したものだよ」


 確かによく見てみると、二本の角や紅の瞳というか特徴は一致している。あれがデスベアーの力なのだろうか。


「ユウは私の後ろにいて。隙を作って逃げるから」

「わ、わかった」


 手を離して僕は、後方の茂みの方に逃げた。


「見ててね、生まれ変わった私の強さ」


 アオは右手にロストソードを出現させる。すると水晶が強く輝くとパープルの剣身が伸びた。


「刃がっ……!」

「使用者のソウルを使って刀身を出現させるんだ。そうなると半霊状態になって、霊にもこの剣があたるんだ。この状態を長く続けれないんだけどね」

「グルゥアア! ツブス!」


 その巨体に似つかわしくない速度でアオに接近。丸太のような左腕を振り下ろす。


「よっと」


 軽々とバックステップで躱す。間髪いれずに霊は攻撃を繰り返すが、スカートをひらひらと揺らして、縦横無尽に動き回るアオに当てることは出来なかった。


「す、すごい」


 僕は戦闘の状況に合わせて移動しながら戦闘を見守る。


「グゥぅ」


 また攻撃を回避された霊は、疲れからか動きが鈍る。その隙をアオは見逃さなかった。


「はぁぁぁ!」


 ロストソードが橙色の光を溜め込み、剣を斜めに斬り下ろすと、刃から斬撃が放たれた。それに対し霊は腕をクロスさせガード。強い衝撃波が起きて森をざわめかせる。


「やっぱ、硬いな〜」

「……このテイドか?」


 刺々しい重低音の声であざ笑う。身体にはほとんど傷が無かった。


「……デスクロー」


 両手の爪は血が滲むように赤黒く染まり、離れているこの距離でもその強さを感じて肌がビリビリとした。当たれば命はないかもしれない。


「アオっ!」

「だーいじょぶ! ミズアは強いんだから!」

「オワりだぁぁぁ」


 二本の紅の爪がアオ目掛けて襲いかかる。


「ほいっと」


 まるで重力を感じさせない跳躍で霊を飛び越えて回避。デスクローは地面に当たり、激しい振動と爪痕が刻まれた。


「グゥ……まダダァァ」

「ううん、そろそろ終わりにするよ。この師匠お手製ミズアちゃん人形で!」


 ポッケから掌サイズのデフォルメされたイエローカラーのアオのぬいぐるみを取り出した。


「いけっ!」

「フザケルナァァ!」


 再び遠くから見ても圧迫される勢いで彼女に迫る。それに対してとても小さなミズアちゃんぬいぐるみが走って立ち向かう。

 そして互いに肉薄した時、ぬいぐるみが霊の顔に向かってジャンプ。それを防ごうとその華奢なミズアちゃんを無惨な凶爪で貫いた。けどその瞬間、ミズアちゃん人形が強烈な光の爆発を起こす。


「ヌゥぅぅ」


 あまりの眩しさに霊は目を抑えて、その場フラフラしだす。


「目を覚まして!」


 アオはまたロストソードを両手で持ち振りかざすと、今度は桜色に刀身が輝き出した。さっきの橙色の技よりも強い煌めきに美しさを持っていて。その力はさっきのデスクローよりも上で、こちらまでそれが伝わって鳥肌が立ち始めた。


「せいやぁぉぁぁ!」


 天に剣を掲げ真っ直ぐ振り下ろす。桜色の斬撃がデスベアーを飲み込む。剣撃が通った地面は抉られて周辺の木立を倒していく。光が収まると五メートルくらいは吹き飛ばされた霊がいて地に膝をつけている。ただ、身体は多少傷がついている程度でいて。


「あ、あれを耐えてる?」 

「逃げるよっ!」

「うわぁっ」


 圧倒的な力を呆然と眺めていると、戦い終えたアオに強く右腕を捕まれて、思いっきり引っ張られながら走らされる。もうロストソードはアオの中に入ってしまったようだった。


「あ、あのままで大丈夫なの?」

「ショックを与えたからしばらくすれば正気に戻ると思う。まだ、半亡霊みたいな状態だから」


 後ろを見ると、デスベアーはすでに立ち上がっていてゆっくりではあるけど、こちらに近づこうとしていた。


「嘘でしょ? あんな攻撃を受けたのに」

「未練を解消しないと、霊を開放するのは難しいんだよ~」


 強引に解決することは不可能に近いことだと身にしみて理解できた。もちろん、感情的にもそうするべきではないのだけど。


「……はぁ……はぁ……はぁ」


 僕達は全速力で森の中を駆ける。木の根や落ちてる枝に足を取られそうになりながら、アオのペースに無我夢中でついていった。


「森を抜けるよ」


 そして、気づけば開けた場所が見えてくる。最後のスタミナを振り絞りそこまで足を動かし続けた。


「よーし、ここまでくればだーいじょぶでしょ」


 そこは広大な平原で、黄緑色の絨毯が敷き詰められている。自分よりも高い物が何一つなくて解放的な気分になった。そして立ち止まったことでどっと疲れが押し寄せ、緊張も急激に解けて力が抜けて寝転がった。


「はぁ、はぁ、はぁ。疲れた」

「おっ、いいね〜」


 めちゃくちゃ余裕そうなアオも僕の隣で横になった。どうしてあんな戦って走ったのに息一つ切れていないのか。


「ねぇユウ」

「な……なに……」

「暖かくて心地いいね」


 こっちは呼吸を安定させるのに必死だと言うのに、アオはとてもリラックスしている表情でいる。


「ふぅ……」


 段々と落ち着いてくると、走った後の爽快感とじんわりとした気分の良さが脳内を満たしていく。

「ねね、もうちょっとこうしていようよ」

「……そうだね」


 視界には澄み切った青空があって、穏やかな風が涼しさと草の匂いを運んでくる。こういう状況じゃなければ昼寝をしたい気分だ。

 だから、昼寝までは行かなくとも僕は体力が回復するまでゴロゴロとしていた。

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