3

「ごめんなさい、失礼しますね。」

「ま、待って!」



笑顔で会釈してその場を去ろうとするひばりを常田は再度静止した。必死なその表情を見て、ひばりはつい大型犬を思い浮かべた。

大きな体に人懐っこさを感じさせる顔が乗っかっている。縋りつくような表情はまるで留守番を言いつけられた犬だ。これで彼の要望に応じようものなら、大型犬よろしく満面の笑顔になるんだろうなんてところまで容易く想像できてしまう。まったく、先程までの精悍な印象はどこへいってしまったのやら。



「その、また…会えないかな。」



常田の緊張がひしひしと伝わってきて、ひばりまでなぜかそわそわしてしまう。だが、ここはひばりとしても譲れない。



「無理です。」



そう言ってひばりは体の前で腕を組んだ。無意識に腕を組むのは自分を守るという深層心理を表しているのだとどこかで聞いた。これは無意識ではないが、そんなこちらの気持ちを察せない人間ではないだろうと思いながら常田を見上げる。

ひばりの明確な拒否を受けて常田は分かりやすくショックを受けていた。さすがにひばりも少し良心が痛んだが、引くわけにはいかない。



「理由を聞いてもいいかな。」



食い下がる常田にひばりはさすがに困惑した。出会って1時間も経っていない、しかも会を中座するような失礼な女にどうしてこうも構うのか。もしかしてよっぽど見た目が好みだったんだろうかとつい自惚れそうになる自分を制して言った。



「私、公務員の方とは関わりたくないんです。」

「えっ。」

「常田さんたち公務員だそうですけど、役所とか学校じゃなくて、警察とか消防とか自衛隊関係の方ですよね?」

「あぁ〜…。」



常田は想定外の言葉に首に手を当てた。その反応がひばりの発言を裏付けた。彼らはリスクヘッジのためにあまり職種を明かしたがらないと聞く。ひばりとしてもそこを追求する気はなかった。



「私、そういう職種の公務員の方とは関わらないって決めてるんです。」

「そう、なんだ…。」



彼らは理不尽に嫌われることがあるとも聞いたことがある。大変不本意ではあるが、自分もそういった人間なんだと誤解された方が事が丸く済みそうだ。そんなひばりの考えを裏切るように常田は続けた。



「俺、陸自なんだ。近くの基地所属なんだけど、もうすぐ一般開放があって、よかったら…。」



知り合いにそういった場は年頃の男女の出会いの場になったりすると聞いた事がある。そんなもの、なおさら却下だ。



「私、特に自衛官となんて関わり合いになりたくないの! はい、おしまい! お先に失礼します!」



ひばりはくるりと踵を返すと駅までの道を足早に急いだ。後ろで常田が何か言っていた気がしたが、無視して人混みの中に紛れた。


正直に言えば、ひばりは今日の参加者の中で常田が1番好みだった。外見はもちろんドンピシャだったし、少し話しただけでも人の良さが伝わってきて好感が持てた。

--関わってしまえば好きになってしまう。

ひばりは確信していた。明確な理由は分からなかった。単にそれは直感だった。けれどこういうときの直感というのは恐ろしく当たるものだということを、ひばりは25年生きてきた人生の中で知っていた。

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