第13話 一閃は優美で慎み深く
『元同班対決は、タキシちゃんを空から引きずり下ろしたムイちゃんが勝利を収めましたっ! 決闘も一勝一敗となり、残るは班長同士の一騎打ちとなりました! お互いに仲間の戦いを無駄にしないため、勝ちを得ることはできるのか⁉』
二基の
「この試合に関しては、スクルさんとタキシさんには期待していなかったわ。晴火流、あんたを倒すためだけに邪魔者を押さえてもらうだけでよかった」
「そんな言い方は無いんじゃない。あの二人も結構頑張っていたと思うよ」
「敵を心配する余裕もあるのね。それなら、本気で戦えそう」
そう言ってアクタは竹光を構える。
ミズクは自分が敗北してまでムイが戦えるようにお膳立てした。ムイはミズクの信頼に見事に応えて勝利した。二人の戦いをヒノメが無駄にするわけにはいかない。
「ここからは様子見なんていらないっしょ? 本気で行くよ。〈百花繚乱・一閃は優美で慎み深く〉!」
ヒノメは剣先が地に着くほど下げた地摺り下段に構え、長刀を一振り。その頭上に
長刀から手を伝って衣装に幾つもの筋が走り、一定間隔で脈動する光が逆流。ヒノメの全身から長刀に向かって光が吸われていき、その身体能力が飛躍的に向上する。
「面白いわね。〈百花繚乱・変節なきよう剛直かつ強靭に〉!」
竹光の切っ先を地に突き立てると、アクタの周囲から何本もの
『二人が百花繚乱を発動! 互いに身体能力を高めるという効果ですが、アクタちゃんは竹光の長さを自在に変える付与効果もあります。さぁー、決戦の準備は整いました! 二人の花守が雌雄を決する戦いを、目に焼きつけてください!』
そこでクロワは戦いの邪魔とならないように口を閉ざす。いつしか観客の声援も止んでおり、みんなが固唾を飲んで戦いを見守っていた。
「晴火流に勝って、パパの剣が最強だってことを私が証明する。〈
「晴火流、ヒノメ・ツチトイ・〈
名乗りを上げたと同時、両者の姿が掻き消える。衝突音と火花が弾け、二人の剣士の激突を知らせた。連続する火花が互いの刃の交差を、立ち上る砂塵が二人の移動した軌跡を描き出す。
ヒノメが縦に刃を閃かせ、さらに剣先を翻して横薙ぎに繋げる。宙に十字を刻む連撃をアクタは巧みに受け流し、わずかな隙を見せるヒノメに斬撃を返した。
斜め下から首へと走る剣閃をヒノメは仰け反って回避。竹光が空気を巻いて斬り下げに継続され、額の上に刀身を寝かせたヒノメが防御。渾身の力で竹光を押し返し、後退するアクタへと激烈な刺突を返す。
半身になって躱したアクタが斬り下げの返礼。矢継ぎ早に繰り出される斬撃が縦横に光芒を描き、防戦に移るヒノメを追い詰めていった。
凡人の目には映らないほどの速さでヒノメとアクタが斬り結ぶ。凝縮された時間のなかでヒノメは、激烈な負の感情を内包したアクタの瞳に圧倒されていた。
病床に着いた父親が恐れていたという目。時間を経てヒノメは今、そのアクタの瞳を向けられている。
かつてヒノメとアクタの父親同士が試合を行った。その敗者となった父親に縋りついていたという幼き日のアクタ、その憎悪は今でも癒されず心に残っているらしい。
アクタの瞳による圧迫感だけでなく、弱々しくなった父親の姿まで想起してヒノメの動きは鈍くなる。
躱し損ねた切っ先が肩を抉り、ヒノメが苦痛を呼気に混ぜて押し出した。鮮血の代わりに噴き出したハナビラが両者の間で乱れ飛ぶ。
痛みを意志で押し殺してヒノメが長刀を斬り下ろすが、その一撃はアクタに掠りもしない。まるでアクタに刃が届かないほど空間が離れているような錯覚に陥り、ヒノメの胸中に絶望が滲み出てきた。
「動きが悪いわね。まさか、もう疲れてきたの?」
「そんなわけないでしょ。喋ってると、その舌を叩き切っちゃうかんね」
余裕ができ始めたアクタの顔には笑いが浮かんでいる。ヒノメの気炎が上辺だけのものだと見抜いたのか、アクタの攻勢が強まった。
連続して二条の斬撃が頭上から強襲し、際どいところでヒノメが刃を弾き返す。空いたヒノメの胴体へと竹光が走り、薄皮一枚を割いてハナビラが散った。
動きに遅滞が生まれたヒノメへとアクタが渾身の斬り下げを見舞い、ヒノメは長刀に真一文字の軌道を描かせて迎え撃つ。
十字に噛み合った刃を挟み、
「拍子抜けね。あれほど戦いたかった晴火流がこの程度なんて」
「私は晴火流じゃないって、言ってんでしょーが……!」
「そうね。私はパパから剣を受け継いだけど、〈晴火流の異端〉はそうじゃないみたい。剣を継ぎ損なった誰かも分からない剣士ね」
アクタの侮蔑が真正面からヒノメに放たれる。
「だけれど娘の実力がこれなら、父親もたかが知れてるわね」
「……父さんのことは悪く言わないで。私のことは幾らでもバカにしてもいい。でも、父さんのことを悪く言うのは許せない」
「ただのお遊びのために、パパの人生を狂わせた男を悪く言って、何がいけないっての!」
ヒノメの胸に苦しいほどの激情がこみ上げる。あれほど強かった父親が、痩せこけて寝台の上で自身の犯した罪に苦しんでいた。その父親の姿が、ヒノメの視野に影となって浮かぶ。
「父さんだって後悔していたの! ずっと自分のしたことに苦しんで、もう充分に報いは受けたはず! これ以上、父さんを辱めるのなら、絶対に許さないと言ってんのよ!」
怒気を帯びたヒノメの剣幕に、初めてアクタは怯んでいた。
「私は晴火流を継げなかった。でも、父さんから剣を学んだことだけは真実よ。流派じゃないの。娘として父さんと、父さんから学んだ剣を汚すことだけは許さない!」
ヒノメの目に鮮烈な意志が宿る。あらん限りの力でヒノメが長刀を振り抜き、弾き飛ばされたアクタが後退した。
思いがけない反撃にあってアクタは両目を
「それならば、汚されないだけの実力を証明してみせることね!」
銀髪をはためかせてアクタが斬撃を叩き込む。斜め後方に身を引いて避けたヒノメは、アクタの横手に回り込みながら斬り下ろしを放った。アクタは身を沈めて長刀の下をかいくぐり、上体を戻す勢いを乗せた斬り上げを返す。
触れれば勝負の決まる一閃と一閃が交錯。張りつめた緊迫の一瞬と一瞬が連続する。
ヒノメは幻惑させるように数回剣先を回転させ、鋭い斬り下げへと移行。アクタは額の上に竹光を翳して防御し、一撃を払いのける。ヒノメは刃を弾かれた反動に逆らわず手を左側に回し、横薙ぎを放つ体勢となった。
一撃目は防御させるのが目的であり、そうして隙が生じる相手の胴を狙う〈晴火流・
そのとき、ヒノメの頭にある光景が思い起こされる。
幼い頃に見た父親の試合。父親がこの技を使って勝利した後、試合相手に寄り添って怒りに燃える瞳で睨んできた少女がいた。
あのときの試合でアクタはこの技を見ている。自分の父親が敗北した技ならば、当然その破り方を編み出しているはずだった。
アクタの瞳が鮮烈な光彩を放つ。
竹光の柄を瞬時に右手だけの逆手に持ち替え、切っ先を下に向けた姿勢で胴体を狙う斬撃を防いでいた。左手も柄を握って長刀を弾き返し、逆手に構えた竹光をヒノメの首へと走らせる。
返されることを予期していたヒノメは後方に倒れ込みつつ、左側に身体を回して長刀の切っ先を地に突き立てる。頭上を通過する刃の音を聞きながら、刀を支点にして体勢を立て直し片膝立ちになった。
ヒノメは地から切っ先を抜くと頭上で半円を描かせ、刀身をアクタに叩きつける。その一撃はアクタの左肩から胸にかけて切り裂き、その肉体を後ろに弾き飛ばした。
傷口からハナビラを噴出させてアクタが仰向けに倒れ込む。
数秒の静寂が花園を包んだ後、クロワの声が響く。
『あ……、アクタちゃんが倒れた? ということは……熾烈な攻防を制したのは、ヒノメちゃんだぁー!』
クロワの声に続いて歓声が大気の波濤となって花園を押し包んだ。
ヒノメは油断なく長刀を構えている。アクタが身動ぎして荒い息を吐きながらも立ち上がって、戦意の衰えない眼差しでヒノメを見据えた。
「晴火流、まだ勝負は決まってないわ……!」
斬るというよりも叩いたという手応えだったため、致命傷にはなっていないのはヒノメの予想通りだった。だが、さすがに浅傷とは言えずアクタは竹光を杖代わりにして立つのが限界の様子だ。
『あぁー⁉ アクタちゃんは立ち上がりましたが戦闘の継続は難しいでしょう! ここはヒノメちゃんの……何なの、あの生命花は⁉』
クロワの声音が驚愕に震え、ヒノメとアクタは揃って横を向いた。
ヒノメが立つ広場の入り口付近に大きな生命花が咲いており、その根元には四つの人影があった。その一人が拍手しながら前に進み出てくる。
「素晴らしいよ、ヒノメ君! 僕の見込んだ通りだ!」
「コーチ?」
呆然とするヒノメに歩み寄ってくるのは、ヒノメ班に数々の助言を与えた男、カラスだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます