第5話 アクタ班の偵察

 サクハナリーグの花園フィールドである〈錆びた都市ラスティシティ〉。


 まだ〈若葉〉の試合であるのに昼過ぎの客席は満席に近い。その観客に混じってヒノメたちは試合を観戦していた。席が無いため柵に寄りかかり、花園を眺めていた。


「アクタ班の試合はこの次だっけ?」


 あくびをしたヒノメが問いかけ、ムイは小首を傾げて考え込む様子。


「うーんと、今が第四試合だからそうだと思う」


「この試合が終わるまで暇だね」


「他人の試合を観て勉強しようという向上心の無さには頭が下がります」


 ミズクの減らず口を聞き、ヒノメは口元をひくつかせながら振り向く。ミズクは眼下の試合には目もくれず、分厚い本を読んでいた。


「って、ミズクちゃんも試合を観てないじゃん」


「ミズは頭脳労働派だからいいです」


 ヒノメはミズクが手にする書物を横から分捕った。途端にジト目に険しい苛立ちを浮かべ、ミズクはヒノメから本を取り返そうとする。


「返すです。ギッタンギッタンに殴るノスですよ」


「これは知的な頭脳労働派のお言葉。ねー、ムイちゃん?」


 ヒノメは本を持つ手をミズクが届かない高さまで上げ、ムイに笑いかける。どちらの味方をするか困ったように、ムイは曖昧な笑顔で応じていた。


 試合そっちのけで騒ぐヒノメたちへと人影が迫る。


「相変わらず元気そうじゃないか、君たち」


 声のした方に顔を向けたヒノメの表情が輝く。


「コーチ!」


 カラス・オーサキ。ヒノメ班に助言を与える男が佇んでいた。


 細身の身体は焦げ茶色の上着に白いスラックスを着用し、丸い眼鏡をかける四十代ほどの男。やや薄くなった頭髪を綺麗に撫でつけており、人の良さそうな笑顔を浮かべている。


「まさかカレギ班に勝てるなんて、私にも予想外だったよ。君たちの実力は、私が思っていたよりも遥かに素晴らしいもののようだね」


「そんなぁ! これもコーチがいてくれたからですよぉ!」


 熱烈な信者ヒノメは後頭部に手を当てて照れ笑いする。その横では胡乱な目つきでムイとミズクがカラスを見やっていた。


 ヒノメがカラスを自らの横に招く。頷いたカラスはヒノメの横で鉄柵にもたれかかる。


「カレギ班を下す君たちの実力は本物だよ。それで、次の試合はどうするつもりだい?」


「みんなで話し合って、アクタ班と戦うつもりです」


「そうか! それはよかった!」


 カラスは言葉通り、嬉しそうに破顔する。


「いやあ、アクタ班に挑戦するように話そうと思っていたのだが、その手間が省けたようだね」


「コーチは最初からアクタ班にこだわっていますけど、どうしてなんです」


「……私が見たところ、アクタ班は〈若葉〉では最高の実力を有している。その班に勝つことが、手っ取り早くヒノメ班の強さを証明することになるだろう?」


「さっすがコーチぃ!」


 納得かつ感激したヒノメは涙ぐんで両手を合わせている。早く話を先に進めるためにミズクが口を開いた。


「今日はアクタ班の試合を観戦して、対戦に役立てようとしていたです。分かったら早くお帰りくださいです」


「後半は承服しがたいが、君たちの考えは見上げたものだ」


 カラスは何度も首を縦に動かす。柵が低すぎて寄りかかれないムイがミズクの後を引き継ぐ。


「前回のカレギ班では情報不足で苦労したので、今回はちゃんと対戦相手を研究するんですー。そのために来ました」


「これだけ用意周到ならば、君たちが勝てる可能性も出てきたな」


 先ほどからヒノメ班の勝利について確信を持たないカラスに、さすがのヒノメも疑問を感じた。その疑念を言葉にしてカラスに放つ。


「コーチ。私たちがアクタ班に勝てる見込みが少なそうな顔ですね。そんなにアクタ班は強いんですか」


「そりゃ、まあ。だてに三位を張っているわけじゃないからね」


「私たちだってカレギ班に勝っていますよ」


「確かにカレギ班も油断はできない強敵だ。だが、アクタ班の恐ろしさは実際に見なければ分からないだろう」


 カラスは目を細めて花園フィールドに目を落とす。


 いつの間にか試合は終わっており、クロワが次の試合への案内を語り出した。


『いよいよ本日の〈若葉〉最終試合となりますのは、第三位アクタ班対第七位チエル班です! 試合開始まではしばしの休憩時間となります!』


 観客が動くなかでヒノメたちはその場で待ち続け、やがて次の試合の案内が始まる。


『さあ、次はアクタ班とチエル班の対決! まずは北門よりアクタ班の入場です!』


 歓声が波濤となってヒノメの肉体を突き抜けていく。上位二十班が属する〈花形〉にもっとも近いと評されるだけあり、アクタ班の人気は別格のようだ。


 北門の通路から入場するアクタ班を目にし、ヒノメが驚愕の声を上げた。


「どうして四人いるの⁉」


 アクタ班の人影は四つあったのだ。アクタとタキシ、そしてスクルが二人並んで歩いている。


「あれがスクルの加護だよ。自身と同じ外見の分身を作り出し、意のままに操って戦わせる。スクル・アイヅ・〈デンファレデンドロビウム・ファレノプシス〉の加護、〈お似合いの二人に敵なし〉の効力だ」


 説明するカラスが眼鏡の位置を指先で直している。前にサクハナリーグ協会本部で会った際、スクルは隣に『お姉ちゃん』がいるように振る舞っていたことをヒノメは思い出す。


「あれがスクルの言っていた『お姉ちゃん』ですか」


 ミズクも同じことを考えたのか、その一言を口唇から零していた。


「あれはスクルの分身で、お姉ちゃんじゃないです」


 スクルを見つめるミズクのジト目に、名状しがたい感情が浮かぶ。母親から生まれることのなかった姉を持つミズクには、何か思うところがあるようだった。


 花園ではチエル班も入場し、いよいよ試合が始まるところだった。

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