第2話 お嬢様の実力

 実況のクロワによる試合開始宣言がなされ、客席が歓喜に湧く。


 とりあえず、ヒノメたちは物陰に隠れながら前進を始めた。


 この〈焦土荒野ウェルダンデザート〉は細長い形状をした花園フィールドであり、その両端にそれぞれの生命花が位置するため接敵までは時間がかかる。移動しながら作戦会議をするには十分な時間があった。


「まずはどう戦います、ヒノメ?」


「当初の予定通りお嬢様を集中攻撃。あの気弱さにつけこんでボッコボコよ」


「そんなに上手くいくですかね」


 ヒノメは懐疑的な視線を向けてくるミズクの頭に手を乗せると、手首を回して強引に前を向かせる。不本意そうなミズクの唸り声を黙殺しつつ、ヒノメは歩を進めた。


 乾燥した地面は踏むたびに砂の粒子が舞い、三人の足元を微かな赤褐色に染めている。風にも砂埃が混じっていて、ときおり強い風が吹くとヒノメたちは顔を腕で覆った。


 まだ動きの無い試合の間を埋めるため、実況のクロワが両班の花守の経歴を紹介している。


『カレギちゃんとオトノちゃんは家が近い幼馴染でした。ですが、資産家の令嬢であるオトノちゃんは名門校に進学、落第生のカレギちゃんは幼年学校を卒業後はすぐにサクハナリーグ協会の花守見習いとなり袂を分かつことになります』


 やはりオトノは予想通りのお嬢様だったらしい。


『再び二人の運命が交わったのは一年前、サクハナリーグで再会した二人は同じ班として活動を開始し、カレギちゃんの同期のゼンナちゃんを加え、現カレギ班の誕生となったのです!』


 気心の知れた仲ということは、それだけ班の連携も円滑になる。一年ほど前にあまり者同士が組んだヒノメ班に、圧倒的に足りないものをカレギ班は有しているのだ。


『それからのカレギ班は確かな戦績を上げており、特筆すべきはこの二戦季シーズンの三十九戦で撃破チルされた回数ゼロのオトノちゃん!』


「ちょっと待てーい!」


 クロワの説明に大声で文句をつけたのはヒノメ。客席最前列の特別席で実況するクロワへと、人差し指を突きつけて叫ぶ。


「あのお嬢様がそんなに強いなんて聞いてないぞー⁉ オトノの気弱さを利用して勝つっていう私の作戦はどうなんのよ!」


偽情報ガセネタを掴んだのはヒノメ自身です」


 ミズクに諭されてヒノメは押し黙るしかない。


「まあ、ミズに任せておくです。あの腑抜けたお嬢様の面を蜂の巣にしてやるです」


「頼もしー……」


 言葉とは裏腹に熱のこもらない平坦な口調でヒノメが言う。前方を見据える瞳にはまだ戦意が宿っているものの、自身の勝利を信じる力強さには欠けていた。


 赤茶けた岩陰や錆びた貯水槽に隠れつつ悄然としたヒノメとムイが進み、その後ろを呑気にも見えるミズクが続く。


 やがて遠目にカレギ班が見えてきた。カレギ班は身を潜めることもなく、オトノを先頭にして花園の中央を歩いてくる。その堂々とした姿は余裕というよりも、ヒノメ班を見くびっているだけのようだった。


「フム。殺されに来たようです」


「そこまで言えたら尊敬するわ。……で、ボケはいいとして出番だよ、ムイちゃん!」


「えー! わたしー⁉」


 恐怖に顔を引きつらせるムイを逃がさないように、ヒノメはその外套の裾を掴んで離さない。


「私たちに残された勝機は、もうムイちゃんの百花繚乱しかないんだって! あれでカレギもオトノもやっちゃって!」


「そんなぁー。無理だよおぉー」


「ここはムイぴょんに手柄は譲ってあげます」


 ミズクに岩陰から押し出されたムイがカレギ班を見やって硬直。立ち尽くしているムイを発見してカレギ班も足を止める。


「あんたらの連勝記録もここまでよ!」


「へえ、たった一人でいい度胸じゃないの」


 怯えるムイへと、カレギが鼻にしわを寄せて獰悪な笑顔を見せる。ムイは涙目になりながら必死に両手を上げ、敵意が無いことを示した。


「わ、わたしが言ってるんじゃないですー……。ヒノメさん、わたしに隠れて挑発しないでー」


 ムイの呼びかけに応じて、その背後からヒノメとミズクが進み出る。ヒノメの顔を見たカレギが楽しげに口笛を吹いた。


「ヒノメ、久しぶりだねえ。そっちのデカブツとチビスケも、ずいぶんと頼りがいのありそうなお仲間じゃんか」


「余裕ぶってるのも今のうちよ。あんたたちなんかムイちゃんの百花繚乱で木端微塵! お願いします、ムイちゃん!」


 戸惑うムイだったがミズクに背中を押され、仕方なく両拳を天に突き上げる。


「〈百花繚乱・思い出抱く守護者たれ〉!」


 朗々たるムイの声が蒼穹に溶けていった。一同を静謐が包み、しばらく風の吹き渡る音だけが耳朶を打つ。


 時間は流れず、気まずいヒノメたちの肩に積もっていくようだった。沈黙に耐え切れなくなったヒノメはムイに問いかける。


「あの、ムイちゃん、百花繚乱の方は……?」


「ごめんなさい、ごめんなさい。やっぱしダメみたい」


 期待していた分だけ落胆は大きく、ヒノメは肩を落とした。なぜかミズクは納得したように首を何度も縦に振っている。


 拍子抜けして脱力していたカレギも体勢を立て直し、大きな胸を張って高笑いを発した。


「あっはっはっは! たいしたお仲間だ! オトノちゃん、こっちの力も見せてやろうよ」


「はいっ!」


 オトノは胸の前で両手を握りしめて返答する。甲冑で表情が見えないため、大仰な身振りで感情を示しているようだった。


 甲冑が重いせいで負荷がかかるのか、一歩ずつ大きく身体を傾けてオトノが前進。脳内で警鐘を鳴らしたヒノメは、長刀を中段に構えて臨戦態勢をとった。


「やるよ、ムイちゃん、ミズクちゃん!」


 五丈十五メートルほどの距離を置いて止まり、オトノが左足を踏み出して前傾姿勢になった。いつも通りムイは防御のために先頭に立ち、防壁を展開しようと両手を前に突き出す。


 オトノの姿が掻き消えた瞬間、ヒノメの横を凄まじい烈風が突き抜けた。全身を風が打ち据えてヒノメが顔を庇い、ミズクは体勢を崩して尻もちを着く。


「今のは何⁉」


 細めた目で前方を見てもオトノの姿は無い。いつの間にかハナビラが舞っていることに気が付き、ヒノメが周囲を見渡すとムイが消えていた。


 立ち上がるミズクを尻目にしつつ、ヒノメは物音を聞いて背後を振り返る。中身のない鉄製の貯水槽に甲冑の半身が埋まっており、オトノが抜け出そうとしていた。


 貯水槽の断面をこじ開けて脱出すると、まとわりつくハナビラを振り払いつつオトノはヒノメたちに向き直った。オトノが前傾姿勢となった直後、圧力を伴った風がヒノメとすれ違う。


「オトノの動きが全然見えない! ミズクちゃん、気を付け……!」


 隣にいたはずのミズクがいなくなり、ハナビラがヒノメの肩に舞い落ちた。動揺を隠せないままヒノメは慌てて首を動かし、またも後方にオトノが移動していたことに気が付く。


「どうなってんの⁉」


 脳内を感嘆符疑問符が駆け巡るほど惑乱しながらも、ヒノメは長刀を中段に構える。迎撃というよりも、身を守りたいという防衛本能に近い動作だった。


 ヒノメの視野のなかでオトノが上体を傾けると同時、全身を激烈な衝撃が襲ってヒノメの意識はそこで途切れた。

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