第11話 カランコエの決意
「せっかく優勢だったのに……」
「いつも同じなら実力だけど、一回だけってのは運だからね」
窮地に陥ったヒノメを眺め、イチバは得意げな笑みを浮かべる。
そのとき、ヒノメの全身を深紅の燐光が包んだ。ヒノメはカラスの顔を思い出す。多少の不信感はあったが、
異変を察して見守るイチバの前で、ムイは青、ミズクは紫とそれぞれ燐光を帯びていた。
「コーチの力もあるし、諦めるのはまだ早いよ」
「ミズもそう思います。どうにかして、あの
そう言うと、ミズクは雷光の間隙を縫って防壁から飛び出る。ミズクの周囲を浮遊する本から発射された光条が宙を割いてライミに殺到。
ライミはその場で微動だにせず、反応したのは背後の
「ムダじゃん! この舞台に立つウチの演奏を止めることはできないじゃん」
ライミの演奏に呼応して照明が電撃を発し、寸時の差でミズクがムイの背後に逃げ帰る。
「こっちも強くなっていますが、今のライミは厄介です。もっとミズが強ければ、です」
「せっかく、ここまで戦えたんだから諦めたくないよ」
ヒノメとミズクの口調には隠しようもない悔しさがあった。その声音を聞いたムイが俯く。
「ごめんなさい。わたしが役に立てなくて」
驚いた二人がムイのデカい後ろ姿を見つめた。
「わたしが防御しかできないから、二人に迷惑ばかりかけて……」
「そんなことないよ! ムイちゃんもいたから、ここまで戦えたんだって!」
「そうです。ミズを守ってくれるムイぴょんはカッコいいです」
「二人だけを戦わせてごめんなさい、ごめんなさい」
ヒノメは、ムイの足元に水滴が垂れてできた花弁を見つける。幾つも涙が滴って次々と濡れた花弁を咲かせていった。
「やっぱり二人と離れたくないよ。わたしだけが戦わないなんて、ズルかったよね」
迫りくる電撃の圧力を押し返し、ムイが一歩踏み出した。
ベースを演奏していたライミの手が止まり、その眉根が怪訝に寄せられる。
「わたしの加護花は〈
心情を紡ぎながらムイが歩を進めていく。雷撃をものともしないその姿にライミだけでなく、イチバとモミジも動揺して固唾を飲んでいた。
「わたしの加護は守る力だけれど、守るだけでなく戦わないと守れないものがあると気付いたの。……だから、ミズクとヒノメさんだけに任せないで、わたしも戦う」
四条の電撃を押し返して進んだムイは、言葉とともに足を止める。
「〈百花繚乱・思い出抱く守護者たれ〉!」
ムイが叫んだとき、その周辺を押し包んでいた電撃が一斉に弾き散らされた。予想外のことに防御用
『おお⁉ ムイちゃんの〈百花繚乱〉はこの私にも見覚えがありません! えっと、でもこのクロワにお任せください、ここに花守の資料が……』
がさがさとクロワが紙を漁る音が響くなか、両手に装着しているムイの籠手が青い光輝を帯びていた。籠手に刻まれた
ムイが力強く輝く右手を向けると、ライミを内部に閉じ込めるように半球体状の防壁が展開された。動揺するライミが演奏して電撃を放っても、その防壁を破ることはできない。
「な、なんじゃんこれ⁉」
『見つかりました! ムイちゃんの〈百花繚乱〉の効果とは……、おう⁉ まず、対象の周囲に防壁を巡らせて動きを封じ、その相手に向けて……』
クロワの説明する声が花園に響く。ムイは右手を強く握った拳をライミに向けていた。
「こんなことしたくないけど、ごめんなさい」
その瞬間、ムイの右手から射出された眩い光弾が防壁ごとライミの肉体を貫通。瞬時に粉砕されたライミはハナビラとなって四散し、降り注ぐ防壁の破片がきらきらと光を反射する。
一撃の反動で上体が揺らぎ、右手を天に跳ね上げていたムイの右手には籠手が無い。光の塊に見えたのは、その手から爆速で発射された籠手だったのだ。
『超高速で射出された籠手が防壁ごと相手を爆砕! 閉じ込めた対象を一発で倒す能力は、まさに
自動でムイの手元に飛来した籠手が再び装着される。その黒い瞳には、ライミの舞台が黄色い光の粒子に分解され、虚空に溶け込んでいく光景が映し出されていた。
見た目にも派手な撃破と思わぬ反撃に観客が沸き立つが、ムイの表情はどこか曇っている。その暗い面に反し、まだ左手には輝きが残されていた。
『そしてぇ! ムイちゃんには左手もあります!』
クロワの一言を聞き、反応できずに硬直していたイチバとモミジが動き出す。戦慄するように後ずさるモミジをムイの視線が捉えると、ヒノメの声が飛んだ。
「ムイちゃん、イチバを狙って!」
怒気を発するイチバをムイの瞳が照準する。その左手が向けられてイチバを防壁が包囲した。
「出しなッ! クソ!」
狭い空間で槍を振るえないイチバは怒鳴るしかない。ムイが左手で拳を握るのを目にし、成すすべのないイチバの双眸が見開かれる。
空を走った一条の閃光が防壁を貫き、そのなかのイチバを爆散させる。未練を残すように舞い散るイチバのハナビラがその場を彩っていた。
『続けてイチバちゃんを
一人になったモミジは踵を返して逃亡していた。ヒノメはこの機を逃さずモミジの背に一刀を浴びせる。背中から深紅のハナビラを噴出するモミジが振り向き、乾いた声音を漏らす。
「また、これ?」
真一文字に振り抜かれた切っ先がモミジの首を両断。宙を飛ぶモミジの頭部がハナビラに分解され、首の断面からハナビラを撒く胴体がゆっくりと倒れていった。
『一人になったところを油断なく仕留める見事な連繋ー! 窮地に立たされていたヒノメ班でしたが、ムイちゃんにより起死回生の逆転劇が起きました! そしてイチバ班の
常に無い接戦に客席から歓声が起こった。慣れない歓声を聞きながら、近づいてくるヒノメをムイは決まり悪げな表情で迎える。
「ムイちゃん、凄いじゃん! おかげで逆転だよ!」
「うん……。今まで〈百花繚乱〉のことを黙っててごめんなさい」
「いいんだって。私たちを助けてくれて感謝してるからさー」
俯くムイを元気づけるようにミズクがその手を握る。
「ミズを助けてくれるムイぴょんは、この班には必要です」
「うん。ありがとう」
自分の言葉よりもミズクの一言の方が、ムイの心情を晴れさせるのを見てヒノメは少し残念に思う。ムイとミズクの仲の良さは日頃から見せられているので、仕方ないと割り切った。
「さッ、ここまで来たんだから勝とう! もう少しだよ」
「行きますよ、ムイぴょん」
「うん」
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