散ればこそ、いとど桜はめでたけれ

円香

第1話  桜を見つめる少女

 今年は、三月に寒の戻りがあったので、高校の入学式に桜の花が満開だった。こんなことは、ここ数年無かったそうだ。


 僕は、つい、平安貴族を気取って、『久方の 光のどけき春の日に しず心なく 花の散るらむ』と口ずさんでみる。


 親が、大学で古文を教えてる為か、ぼくも情緒のある短歌は大好きだった。


 僕は、伊吹タケル。十五歳で、今年花が咲高校に入学したばかりの一年生だ。昨日、入学式で今日からが、本格的な授業となる。

 僕は、父の転勤でこの街にやってきたために、知り合いは誰もいなかった。同じ中学の友人を見つけて、話している奴が羨ましくもあった。



 それは突然、僕のスマホのSNSに流れてきたんだ。


【全人類は聞け!お前たち地球人はもう長い間、月の裏側にある我ら××星人の基地から支配された実験体である。様々な状況下でどう進化していくか、研究していたのだ。だが、無駄な争いばかり起こす。我々は、研究のやり直しを決めた】


 これは、#異星人のメッセージ #月の裏側の基地等がトレンドにも入った。

 少しざわつくぐらいには、炎上した。

 だが、そこまでだった。


『こんなのYouTubeの五チャンネルに、ふざけて書き込みをするんだ』


『前から、異星人監視説はあったね』


『噂だよ。中二病の奴らが面白がっているんだ』


 僕も、全く同じ意見だったな。


 午前中の授業とリクレーションをすませて、僕は一人で門をくぐった。

 生憎と、入学二日目ではまだ友達と呼べる人はいなかった。


 僕が門を出る時に、行きと同じ生徒が桜の花を眺めていた。

 少女に見覚えがあった。同じクラスの夕波雫だ。


 僕は、彼女に吸い寄せられるように近くに行った。


 彼女は、満開の花を見上げて、何かを呟いていた。


(……?)


「世の中に たえて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし……」


(へぇ~ 伊勢物語の82段の短歌だ)

 

 世の中に桜が無ければ、春の人の世はもっと穏やかでしたでしょうに。

 意訳でこんなところ。

 要約すると『美しい桜よ、どうか散らずにこのまま咲いてておくれ』だな。


 夕波雫は、桜の花びらに解けそうな不思議な髪の色をしてうぃた。

 ジッと満開の桜を見つめる夕波に、僕は声をかけてみた。


「散ればこそ、いとど桜はめでたけれ 憂き世に何か久しかるべき」


 僕の言葉に、夕波はキッと睨みつけてきた。


「本当にそんな風に思ってるの!?」


「ああ、そうだよ」


 僕の詠んだ短歌の意訳は、『散ってこそ、いっそう桜は美しいのです。そもそもつらい世の中に、永遠に変わらないものなんて何があるでしょうか?(何もありません)』て意味だ。

 要約で、『花の命は短いからこそ、値打があるのですよ』


 だから僕は、夕波の詠んだ短歌に真っ向な突っ込みを入れてしまった訳だ。

 しまったと思ったよ。

 いくらクラスメートでも、昨日であったばかりの子に、得意分野だった、古文で突っ込みを入れてしまったのは。



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