episode11『神秘の缶詰を作ろう!-make out it-』

「ダメだ、全く書けん」

 ある作家が机の前でボヤいていた。その作家は学生時代からノートやキーボードにかじり付いて暮しており、筆の速さが自慢だった。しかし、書けない。

 アイディアはある、やる気もある、仕事環境だって悪くない、体力作りは日課のランニングのおかげでたっぷりだ。しかし、書けないものは書けないのだ。

「またですか、先生? また書けないとボヤきながら奇行に走らないでくださいよ」

 作家の同居人が不愉快そうな態度で作家に釘を刺す。これに対し、作家の男は気分を害した様な口調で言い返す。

「奇行とは何だ、奇行とは! ボクの行動は一貫して無駄は一切無く、資料集めや取材として必要な物だ!」

「さいですか」

 作家の同居人はさもどうでもいい様子で、正しく上の空で返答した。

「一応尋ねてあげますが、今度はどんな資料集めをしたんですか?」

「よくぞ聞いてくれた!」

 作家の男は待ってましたと言わんばかりに、机の下からペンキの缶を加工したような物を取り出して机に乗せてみせた。

「何ですか? それ」

「テスラ缶だ! 知らないのか? テスラ缶」

 作家の男は自信満々に言い、そして控えめな態度で質問した。

「知りません。何ですかテスラ缶って、何かマイナーな好事家達の間では常識なのですか?」

「まあそんなところだ、知らなくても無理は無い代物と言えるな」

 作家の同居人は少々驚いた。

 こういう時作家の男は大抵の場合、彼の無知を槍玉に挙げて知ろうとする姿勢が無い事を責め立てていただろう。

「珍しいですね、先生が俺の事を口撃しないなんて。そんなにマイナーな缶詰なんですか? そもそもそれって何の缶詰なんですか?」

「ああ、普通に生活をしていれば知る事も無いだろうし、報道とか学術的要素も皆無だからな。知る人ぞ知る……て奴だ」

 作家の同居人の言葉に、作家の男は楽しげに説明を始めた。

「まずは質問に答えよう。これは厳密にはテスラ缶の一種の大和缶やまとかんと呼ばれるタイプで、各々気に入ったサイズの缶に銅線を巻き、中にパワーストーンの類を入れた物だ」

「パワーストーン? 開運グッズですか?」

「まあ、そんなところだ。テスラ缶は、一種の開運グッズと言っても何の齟齬そごも無い。こいつは一言で言うと、万病に効くらしいパワースポットを創り出すとか言われている神秘の缶と評されている物だ。実際にテスラ缶を作った山田って奴に取材をしたが、持病の腰痛が治って十歳若返ったと主張していた」

 作家の男の顔は真面目そのもので、冗句を言っている様には見えない。

 作家の同居人は、遂に彼の気が触れたのかと嘆き、自分が次に住む場所をうれい悩んだ。

「おいおい、人を物狂いを見る様な目で見てくれるな。これは取材だ、ボクはテスラ缶の効能を信じて製作した訳じゃあない。それに手作りテスラ缶には面白い話があるからな、それの取材も兼ねている」

「面白い話、ですか?」

「ああ、専門家の話曰く、テスラ缶は素人が手作りしてはいけないらしい。何でも作り方を間違えたテスラ缶は、女子供だけを狙って殺して子々孫々に至るまで根絶する呪物らしい。専門家の言っている事だから確かな事だろうが、何とも男尊女卑な缶詰だな?」

「あ、はい、そっすか」

 作家の同居人は地平線の向こうに視線を向けながら、今日のおやつを何にしようかと考え始めた。

「大変面白い話じゃないか! ボクは男で、幸いテスラ缶の失敗作は女だけ殺すトンチキで限定的なポンコツだ。これは天がボクに向かって、テスラ缶を気軽に手作りしろと言っている様なものじゃないかな? それに仮に自宅に誰でも簡単に大量破壊兵器もかくやな超ド級の呪物を作れるならば、それは最高の話のタネになるじゃないか!」

 作家の男は嬉しそうに持論を並べる。

 その様は、創作に登場する気の触れた邪悪な黒幕もかくやであった。

 背景に炎上する都市や研究施設が視えそうだ。

「やめてください」

「やめないよ? だってボクは半信半疑どころか十零じゅうゼロでテスラ缶もテスラ缶の失敗作も全然信じていないからねぇ! と言う訳で、こうしてテスラ缶を手作りして効能が無いか実験しているところさ」

「でも先生、それが本当に呪いの缶詰になってたとして、確かめるすべが無いのでは?」

「その点も大丈夫だ、こんな事もあろうかと雌の金魚を買って来た、一尾!」

 作家の男は大仰な態度と澄まし顔で、金魚鉢を指差して自信満々に言い放った。

 間違いなく、人類史上最も自信満々な金魚購入報告だろう。

「件の呪物の話が本当ならば、呪いの箱と化したテスラ缶の力で腸が千切れて死ぬと言う事になっている。内臓に甚大なダメージが及ぶのであれば、口から血を吐いて死ぬ筈なんだ、実験としても優良物件な呪いだな」

「いや、何でパワーストーンに銅線を巻いただけのペンキ缶にそんな力が宿るんですか? 仮にそれが真実だとしたら、公的機関から注意喚起がある筈では? そして何でそんなバカみたいな事しているのですか?」

 同居人の言葉に、作家の男はニヤリと笑う。

「それはバカみたいな実験ないし、試行錯誤が楽しいからさ! こんなバカな事を、あーでもない、こーでもないと考えながら試すのが楽しい事か! こうして実験内容を話すだけでも創作意欲がガンガン湧いて来ると言う物さ!」

「確かに、B級ホラー映画の導入としてありそうな話ではありますね……」

「そうだろう、そうだろう! テスラ缶が呪物になって人を襲い始めてもいいし、金魚が宛てられてバケモノになってもいい。ほら、いい感じに書けて来たぞ!」

 作家の男はそう言うと、机に向って一心不乱に作業を再開し始めた。

「しかしテスラ缶って名称も妙ですね、それって電気は通ってないんですよね?」

「ああ、銅線を巻いたからテスラなんだろう。もしくはアレだな、半官贔屓はんかんびいきからなる命名かも知れないな、エジソン缶だと実験の最中に人が感電死したり、訴えられたりしそうだ」

「ふーん、命名者がそこまで考えているかは知りませんが、人間よく分からない物とか名前をありがたがったりするものですね」

「そりゃそうさ。呪いで家が断絶すると言いだすのも、銅線を巻いたペンキ缶で病気が治るのも、全部人間の勝手な物言いなんだからな」

 同居人の言葉に、作家の男は画面から目を離してそう言った。

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