ほぼノンフィクション作家、気延誉津の探検譚

新渡戸レオノフ

spisode1『ノンフィクションかつトップシークレット-Official and Confidential-』

 部屋の中に三人の人間が居た。男二人は対談の企画に来ており、一人はそのかすがい役だった。


「と言う訳で始まりました、新寺院しんじいん薩摩さつま&気延きのべ誉津ほむつの小説創造論の第一回になります。今回はボクこと気延誉津と新寺院先生、そして担当編集の大岡おおおかさんに来ていただいております。凡人タイプの作家のボク、天才タイプの新寺院先生、そしてにらみを利かせる担当さんと言う形でお送りします」

「いえいえ、買いかぶり過ぎですよ」

「何をおっしゃいますか! 新寺院先生は長編を書く時もプロットを作らないそうじゃないですか、そんなの天才の所業ですよ!」

 気延のべために、編集の大岡が助け船を出す。

「いいえ、新寺院さんはプロットを作らないのでなく、プロットと小説の内容がほとんど全然一致しないのですよ。この間の企画なんて、プロットと小説の内容で一致しているのが主人公の名前と性別だけでしたし」

 出たのは助け船ではなく、泥船どろぶねだった。

「違うんですよ、あれは俺じゃなくてキャラクターが勝手にやったんです!」

「え、キャラクターが勝手にやったのですか?」

 担当の大岡は、新寺院の持論に首をかしげる。

「はい、俺は主人公に活躍の場面を与えただけで、俺の操作の外で勝手に出会う登場人物すら選ぶし、俺はただ筆を動かすだけでアクションを起こすのは登場人物の皆さん。そんな感じでやらせていただいてます」

「なるほど、それはボクもある程度はそうなのですが、キャラクターがこれから出会うキャラクターすら選ぶと言うのは珍しいのではないでしょうか? ボクの場合、このキャラはこういう時こう動くに違いない! と言った感覚におちいる程度しかありません」

「おお、早速お二人の手法の差異が分かれましたね!」

「恐らくボク達二人ではキャラを作る際の考え方の程度が異なるのでしょうね、例えばボクは原則として、作家は自分で体験した事しか書けない。と考え、取材や資料集めに重きを置いてインプットを行なっている訳で」

「まあ、それは作家なら誰でもそうと言えると思います。しかし、それを言うと誤解する人が出るのですよ。作家は体験した事しか書けない! と、俺もどちらかと言うとその論には賛成で、作家は体験した事をふくらませたり連想して作品に書いているのです」

「新寺院先生がそれを言うとヤバいと言うか、マズいのでは? あなたの連載って、作中時間にして一年足らずに殺人事件が百回近く行われているじゃないですか! これじゃあ殺人マシーンですよ」

 気延の言葉に、三者が笑う。

「いやいや、それを言うならば気延さんも宇宙旅行に出かけたり、守護霊同士の戦闘を日夜繰り広げている事になるではないですか!」

「行ってますよ、宇宙旅行。ボクの場合、うちの近所で体験した事や取材した事を宇宙旅行と称しているだけで」

 目が涙ぐむ程の爆笑から復帰した新寺院の反論に、自分達には当然だと言うニュアンスの口調と態度で、ケロリと返す。

「俺も同じです。出先でコイツ殺したいなーと思った人物が被害者役で、そんなこんなで俺が毎回の殺人犯役。俺の場合も大なり小なり体験した事を膨らませているだけです」

「いやいや、それでもプロット無しに長編を書くのは驚嘆きょうたんに値する事だぜ? ボクは取材をしながら頭の中でプロットを書き、それを守りながら如何に登場人物達に脱線せずに動いてもらうか、そう考えながら作っている事が基本だね」

「なるほど、お二人は中々に両極端りょうきょくたんであり共通点も多いですね。それでは次のお題は……」


 嘘だ。

 新寺院薩摩の発言は嘘ばかりだ。

 まず第一に、新寺院はプロットを書かないのではなく、残さないのだ。

 そして第二に、新寺院はマーダーミステリー作家ではなく、ノンフィクション作家だ。

 自分自身が殺人を行なうのだから、プロット等書ける訳が無い。

 仮にプロット通りにノンフィクションの殺人事件が運んだら、それはただの計画殺人の計画書に他ならないし、そんな証拠になりかねない物は残せない。

 もっとも、実際に森でクソ生意気な子供を殺し、狼のごとき犬の餌にして、その様子を資料にしたなどと言っても、誰も信じないだろう。


 しかし、新寺院は本当の事も言っている。

 それは作家なら誰でもそうと言えると思います。と言う言葉だ。

 事実、気延は交霊術や黒魔術の儀式を使ってファンタジー小説を書いている。

 そうでなくては、彼があの様な小説など書けるはずが無い。


 ある作家は、自分で書いている主人公がそうであるように不老不死の吸血鬼だ。

 自分の一生を体感した後で、世界を一周して戻って来て、過去の自分に記録を渡したのだ。


 ある作家は、実は幕末ばくまつには成人していて今も生きている。

 時代小説を書いていると言っているが、その実は体験談を書いているに過ぎない。

 実際に江戸の街で子供時代を過ごしたのだから、描写びょうしゃが真に迫っているのだ。


 ある作家は、悪魔と契約すると言うインチキを使ってプロの作家になった。

 しかしその代償として、今現在は契約者が満足する出来の原稿げんこうを血反吐を吐く様な努力で量産している。


 ある作家は各地の伝承に詳しく心理描写も巧みだが、なんて事は無い。

 作家本人がその伝承に登場する幻想生物なのだ。


 ある作家は人里離れた別の文明世界に住んでおり、地元では文学的才能がある以外はごく普通の魔法使いだ。


 ただ一つ、間違っている事を挙げるとすれば、作家たちはお互いに自分の秘密は相手や読者へ出版社にバレてなどいないと考えている事。

 人は目聡い、盗作やヘイトスピーチを見つければすぐに話題にする。

 あの作家の秘密を知っているという話題には事欠かぬ、ただその秘密が荒唐無稽こうとうむけいだから信じられていないだけに過ぎない。

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