第三話

 以下、原文ママ




 幽霊の正体は、プログラミングである。


 CGとか作り物とか、そういう話では無い。現代の幽霊は、その全てがプログラミングで作られた実在するモノだということだ。これは、幽霊が実際に存在するかどうかの議論ではない。そこはどうでも良い。確かなのは、実際にプログラミングされた幽霊は実在するということだ。なぜそう言い切れるのかというと、私は、何度も制作現場に立ちあったことがあるからだ。詳しい技術は分からなかったが、彼らにとっては実に容易いことのようだった。制作元である蠕瑚陸螳カは、映像で記録された幽霊の全てがプログラミングであったことを確認している。それを知った彼らは、満足そうにただ微笑みを浮かべていた。

 私の仕事は、幽霊の効果によって集められたデータを体系立てることである。場所、時間、年齢、人数、動機、心拍数…それらの情報を解析することで、人の恐怖の最適解を探している。AIに任せてもいいのだが、まだ完全に感情というものを理解できていない為、人間が担っているのだ。…というのは嘘であり、感情を理解したAIは存在する。単純に、そのAIの使用料よりも、私の人件費の方が遥かに安いというだけである。


 そうそう、これを見ているあなたは非常にラッキーですよ。所定の工程を踏まなければ、このサイトへは辿り着けない仕様になっているのですから。

 いい機会ですし、世界が何のためにこんなことをしているのか、お教えします。少し長くなりますが、是非見ていって下さい。



 目次

 1.幽霊の可能性

 2.オカルトと経済活動

 3.いびつな資本主義が産んだ社会主義

 4.プログラミング幽霊



1.幽霊の可能性

 幽霊とは、現世に漂っている死者の魂のことである。幽霊になる条件やその目的、魂の存在などはお伽話とぎばなしに任せるが、重要なことはそこでは無い。

 幽霊の面白さは、洋の東西を問わないところにある。実在するかはさておき、何千年も前から幽霊の存在は記録されている。興味深いのは、その記録が場所や年代を問わないことだ。いつでもどこにでも、幽霊の記録は存在する。そして、その全てが半透明であり暗闇にしか生息しないのだ。恐らく、人類が持つ基本的な情報なのだろう。人間に食事は不可欠だが、好き嫌いは多岐に渡る。しかし、みな幽霊は怖いのだ。こんな金脈が、他に存在するだろうか。


2.オカルトと経済活動

 市場におけるオカルトの価値は莫大だ。2278年現在、年間で3億ドルの経済効果を生み出している。その中でも、幽霊の割合は半数を占めている。オカルトの経済効果は年々高まっており、そこに目を付ける資本家も増え始めている。

 小学校で習う、22世紀に流行った「脱科学運動」──若者を中心に世界中でブームになったと言われているものだ。ここから始まった自然回帰のイデオロギーは、現代にも強く影響を及ぼしているのではないかと考えられる。あまりに進み過ぎた科学は、人を退行させる。頭の悪い人々は化学式に怯えるが、野菜も肉も、その全てが化学式で表されることを知らない。科学に怯えた人々は、オカルトや宗教や自然に救いをう。しかし、それらもまた資本家の支配下にあり、人民は搾取されているだけなのだ。資本主義では、稼ぐ者が正義である。誰も善悪の話はしていない。それが正しいかどうかなんてことは、お金には関係の無い話だ。

 話が脱線したが、つまり、科学が進めばオカルトも加速するのだ。そして、金になる木であるオカルトもまた、投資の対象になるのである。ごく自然な、ただの自由経済の話である。


3.歪な資本主義が産んだ社会主義

 かつて世界で最も強大な社会主義の国が在った。中華人民共和国と呼ばれていたその国は、現在の蠕瑚陸螳カ省に存在していた。しかし、その帝国も200年以上前に崩壊し、新たな資本主義の国として生まれ変わった。そこから200年、国という境界が無くなったこの世界において、中心政府は資本主義を採用している。定義でいえば、確かに社会主義はもう存在しない。そして、莫大な既得権益を持つ上級国民が自らそれを手放さない限り、資本主義は崩壊しない。…この文章の違和感に気が付くだろうか。そう「莫大な既得権益を持つ上級国民」が、現代の資本主義には存在するのだ。資本は更なる資本を呼ぶ装置である。それが何百年と繰り返され、既に現代の資本主義は崩壊した。仮に、全く新しい事業を始めたとしても、その企業は即株式を100%買い占められ、後は株主(=上級国民)の言いなりだ。逆らえば、社長の座を解任させられる。既に富は一部の層に支配されており、そこには形骸化けいがいかした資本主義があるだけなのだ。まあこれも、ある意味自然なことなのかもしれないが。


4.プログラミング幽霊

 ここからが本題である。歪な資本主義が産んだ社会主義は、貪欲に次の投資先を探していた。そこに現れたのが、オカルトである。科学が覇権を持つ現代において、富裕層はオカルトなど無視していたが、それも無視できない程にまで膨れ上がって来た。食べ頃になってきたのだ。元々、宗教だって為政者いせいしゃが統治の為に生んだものだろう。そして、お布施という形で金儲けをしてきた連中は数知れない。それが、経済の中に組み込まれただけの話だ。何ら不思議は無い。

 実際に幽霊をプログラミングするのは、技術的に難しい事は何も無い。人々は脳内でネットサーフィンをしている時「現実には存在しない物を見ている」だろう。しかしそれは、手に汗握るのと同じく、現実に違いないのだ。そのシステムを、幽霊に応用させただけである。…もう、皆まで言う必要は無いと思うが「特定の条件下で作動するように脳へ書き込まれている」だけである。通常のプログラミングとの違いは何も無く、0と1の情報の集合体に過ぎない。墓地や廃墟などの、いわゆると呼ばれる場所で幽霊に襲われるのは、そうプログラミングされているからに過ぎないのである。幽霊を見るのは、偶然では無く必然なのだ。彼らが選んだ土地で、そのプログラミングが動作するように設計されているだけだ。億万長者の豪邸に在る、全自動迎撃システムと同じ様なものだ。

 何故このようなことが可能なのかと言えば、我々の意識は既に彼らの支配下にあるからだ。出生時の義務として、体内へのマイクロチップの埋め込みがあるだろう。それにより、我々の意識の一部が書き換えられてしまっているのだ。…重要なことは「我々は脳を国と企業に明け渡してしまった」ということだ。人間を人間たらしめるものは脳だ。それを、遂に我々人類は手放しにしてしまった。だからこそ、可能になったのだ。マイクロチップの埋め込みなんて、現代人にとっては当たり前かもしれない。しかし、たった数百年前までは、殆どの人にとって抵抗があった。だが、静かな水滴もいつかは地面を穿うがつだろう。年代の更新と共に、その違和感は常識に変化していったのだ。人類は、一度でも「便利さ」という快楽を味わってしまうと、もう元には戻れない。なぜならば、人間には強力な不可逆性ふかぎゃくせいが備わっているからだ。だからこそ、強力な文明を築けた。その性質が、遂に裏目に出てしまった、ただそれだけのことだ。

 彼らの目的は、恐怖の最適解を解明することだ。その為に、プログラミング幽霊を用いて恐怖のデータを集めているのだ。人の恐怖の感情を解析し、それを次なる金儲けに活かそうとしているだけである。初めに仰々ぎょうぎょうしく「プログラミング幽霊の存在理由」について煽ってしまったが、種明かししてしまえば、シンプルな動機に過ぎない。現代では、幽霊ですら経済の一部なのである。まあ、ビジネスでいうところの、マーケット調査と同じことだ。


 人の欲に際限など無い。気が付いた時には、既に深い穴に囲まれており、逃げ道を失っている。すくむ足をそのままにして、穴の向こうを覗き見る。そこでは、どこまでも深い業が、ぽっかりと口を開けて私を待っている。

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