第2話 魅惑のドリンク🍌🥛


――ゴリラが社宅をあとにして10分後。


時刻【8時35分】


最寄り駅構内に着いたゴリラは、バナ友である駅員とバナナ話に花を咲かせていた。


その手には、バナナ先輩のハンカチが持たれている。

「ウホウホ!」


ゴリラはハンカチを駅員に見せる。


「おお! これがバナナ先輩のハンカチですか」

「ウホ、ウホウホ?」

「そうですね、黒色と黄色のコントラストが何とも言えません!」


駅員は、目の前に出されたバナナ先輩が刺繍されているハンカチを前にして、目を輝かせながら見つめていた。


まるで、その戦隊ものや魔法少女のおもちゃを前にした子供ような表情をしている。


とはいうものの、決して子供のように欲しいという感情を抱いているわけではない。


ただ純粋に推しキャラであるバナナ先輩のハンカチを目の当たりにしたことで、気分が高まっていただけだ。


そんなバナ友を前にしてゴリラは心を決めた。


そして、ひとりでに頷き手に持っていたハンカチを駅員へと差し出す。


「ウホ、ウホウホ」


ゴリラは優しく微笑んでいる。


「えっ?! 下さるんですか?」


対して駅員は驚きを隠せずにいた。


それはいくらバナ友とはいえ、ハンカチまでくれるとは思っていなかったからだ。


仮にもし自分だったなら、相手が欲しがっていることを知っていたとしても、譲るということを考えもしない。


だからこそ、戸惑い受け取れずにいた。


「あの……本当にいいんですか?」


ゴリラはそんなバナ友に、ハンカチを近付ける。


「ウホ!」


彼の頭の中は、こんなことでいっぱいになっていた。

好きな物ほど、バナ友である人間たちと共有したいと。

なので、大切な物であってもバナ友である駅員が喜ぶのであれば、プレゼントするのに何の躊躇ためらいもなかった。


何とも人間思いのゴリラらしい考え方。


そんなゴリラは驚く駅員にキラキラとした視線を向けていた。


ただ、目の前にいるバナ友に喜んでほしい。という、混じり気のない100%の好意を乗せて。


「ウホウホ!」


その純粋な気持ちが通じたようで、先ほどまでどうしようか悩んでいた駅員は、差し出されたハンカチを受け取り頭を下げた。


「……ありがとうございます!」


すると、胸ポケットからメモを取り出しゴリラへと手渡した。


「では、私からはこの情報を――」


駅員が手渡したのは、走り書きが書かれたメモ。


そこには「〇〇方市に、あの濃厚バナナジュース専門店上陸! その名もロッキンバナナ!!」と記されていた。


「ウホ、ウホウホー!」


そのメモ書きを見てゴリラは目を輝かせている。


ファンキーバナナは、ゴリラが手渡されたメモに書いている通り、濃厚バナナジュース専門店で。


そのジュースは、透明な容器に入った丸ごと1本入ったバナナを揉んで潰して飲む新感覚ドリンクだ。


味は1杯につきバナナ2本を使った濃厚なバナナの風味に加えて、牛乳やヨーグルトなどの乳製品でよりミルク感を。


はちみつで香りと甘みを。


レモンで後味をすっきりさせた飲めば「まじうま」と口を揃えると話題のバナナジュースだ。


そして、なんと賞味期限はわずか35分。


「ウホウホ?」

「ええ、どうやら○○市のB‐SITEで販売を開始するようですよ」


B-SITEとは、主に専門店やアパレル・レストランにTATSUYA書店などの店舗が入っているカルテット・コンビニエンス・カメ株式会社(CCC)が運営する生活提案型商業施設。


そのコンセプトは”働き人のための文化の楽園”だ。


また、駅員の話に出てきたB‐SITEは、TATSUYA書店の発祥の地ということもあり、地下1階から地上8階と大きく、B-SITEの中では一番の規模となっており、売りは販売書籍数を誇っている。


「ウホウホ……?」

「はい、間違いなく事実ですよ! カメつーしんに載っていましたから」

「ウホウホ!」


ゴリラはカメつーしんという言葉を聞いて、深く頷いている。


カメつーしんというのは、地元の最新情報が書かれている情報誌。


そして、運良くゴリラが今から向かおうしているのは、そのメモやカメつーしんに記されたB‐SITEの付近の地元スーパーが入るもう1つの施設。


そこで同じく食材調達班となっているゴリラのメンティーである若手男性社員の犬嶋犬太いぬじまけんたと、ゆう主任のメンティーである若手女性社員の猪狩誠いのかりまことと待ち合わせをしていたのだ。


ゴリラはそんな偶然に喜びを隠せず、駅員室でドラミングをし始めた。


「ウホウホ! ウホウホ!」


あまりの咆哮と轟音に駅員室の自動ドアが反応し、開いたり閉まったりを繰り返す。


他の乗客たちの視線が自然と集まり始める。


「ゴリラさん、バ、バナナを!」


彼の変化にいち早く気づいたバナ友の駅員は、受付の下に忍ばせていたモンキーバナナを1本素早く手に取り、大きく開いた口へと放り込む。


「……ウホウホ、ウホウホ」


バナナを噛む毎にゴリラは落ち着きを取り戻していく。

同じく自動ドアも落ち着き取り戻していく。


足を止めて駅員室を見ていた乗客たちも流れ始めていた。


バナナを1本食べたことで、正気を取り戻したゴリラは、ピンチを救ってくれたバナ友へと感謝の気持ちを伝えた。


「ウホウホ」


ゴリラは巨体を丸めて頭を下げる。


「いえいえ、気にしないで下さい」

「ウホウホ……」

「そんなことよりも、ほらゴリラさん――」


駅員は落ち込むゴリラへ腕時計を見せる。


その時計が記した時刻は【8時45分】待ち合わせの時間まで、あと15分しかない。


この駅から上手くタイミングがあって電車で10分は掛かるというのに。


ゴリラは再び焦り始める。


「ウホウホ!」


バナ友との会話が楽しくなってしまったことで、ついついお喋りが過ぎてしまったのだ。


「ゴリラさん、今なら大丈夫です! 次の電車は8時47分発ですから」

「ウホゥ……」

「そんな顔せずに、間に合うんですから」

「ウホ……」

「ほら、それに過ぎた時間は戻ってこないですよ」


悔いたところで過ぎた時間は取り戻せない。


駅員の言葉を受けてそう思い至った彼は、手を地面に着けて四足歩行体勢となった。


ゴリラの目は、その先にある階段を見据えている。


そして、力強く助言をくれたバナ友へと声を掛けた。


「ウホ、ウホウホ!」


それに駅員は自身がもらったハンカチを、ひらひらとさせてながらお礼を口にした。


「いいえ! こちらこそ、ハンカチありがとうございます」

「ウホ!」

「はい、お気をつけてー!」


こうして、ゴリラは「ウホー!」と見送るバナ友へお礼を言いながら、四足歩行でホームへと駆けていった。

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