第38話 夢幻のごとく
正面から斬り合っても勝てないのであれば、何かしらの罠や引っかけが必須。
そう考えた僕は、誘いをかけた。
(大上段からの打ち下ろし。構えとしては胴体部はがら空きで、振り下ろす前に一撃を入れれば決着がつく。実際、彼女の俊足なら、それは余裕で可能だ)
だからこその大上段の構えを取り、ネイローザを誘う呼び水とした。
案の定、彼女は飛び込んできたが、それこそが罠。
動きは直線的となり、その直線上に、足下に転がる鞘を蹴り上げた。
早すぎるがゆえに、しかも動きが直線だけにかわせない。
蹴るタイミングさえ間違わなければ、間違いなく命中する。
そして、突っ込んできた彼女に命中し、
ほんの僅かだが、体勢が崩れた。
(勝機!)
ここしか僕には勝ち目がない。
一度限り、僕の人生を、今後の生涯を賭けた一撃を、渾身の想いを乗せての振り下ろし。
ほんの僅かな硬直を逃すことなく、動きの止まった彼女の肩に目がけて、少々痛い“愛の告白”をお見舞いした。
そして、“空振った”。
「な……!?」
そう、命中したかと思った振り下ろし。それは虚しく空を切り、彼女は煙のように消えた。
次の瞬間、首筋にひんやりとした金属の感触。
ネイローザは僕の真横に立ち、握る剣の切先を僕の首筋に当てていた。
真剣であれば、そこで首を突いて終わる。
「お見事です、殿下。よもや初の本気の勝負で、私に【
僕は顔も、身体も動かす事が出来ず、剣を振り下ろした体勢のまま、彼女の勝利宣言を聞く事になった。
罠を張り、彼女を引っ掻けたつもりでいて、彼女もまた、僕を引っ掻けたのだ。
「フフッ、夢や幻は掴めない……。掴む事が出来ないからこそ、夢や幻と呼ばれているのです」
「ネイローザ、君は僕が思っていた以上に性悪な女なんだね」
「はい。そうでもなければ、戦場で五、六回は討死しておりますよ」
事も無げに言う彼女は、そこで剣を引き、鞘に納める。
まごう事なき完敗だ。
僕の愛の告白は、振り下ろした剣のごとく空振りに終わってしまった。
だが、不思議と無念の感情が湧いてこない。
最強の騎士に対して、やれるだけの事はやった、という達成感すらある。
ここでようやく僕は動き、ポイッと剣を放り投げた。
振り向いてみた彼女は、いつもの笑顔を僕に向けている。
先程までの狩人のごとき雰囲気はどこにもなく、可憐な少女がそこにいた。
「ほんと、君は強いな、ネイローザ。僕が考えた策、その上をすんなりと闊歩していくなんて」
「そうでもありませんよ。ほんの一瞬ですが、私も焦りました。斜に構えて物事を見ろ、そう教えたのは今朝ですが、もう“もの”にしていらっしゃる。殿下、あなた様は強い王様になれる事でしょう」
王様になれ、それは“初恋”に対しての死刑宣告文だ。
僕は彼女を伴侶にと求めたが、完全に拒絶された。
力ずくでものにしようとしても、彼女自身の剣技でバッサリと切られた。
本日“十回目”の討死となり、抱く恋慕が叶わぬ事になったのを思い知らされた。
そして、彼女は“とどめ”とばかりに、僕が放り投げた宝剣とその鞘を拾った。
「殿下、何度も言いますが、これは大切な宝物なのでございますから、ぞんざいな扱いはご法度でございますよ」
鞘に剣を納め、そして、彼女はそれを僕に差し出してきた。
形状こそ剣の形をしているが、僕にとってそれは鎖に等しい。
決して逃れられない王位に縛り付ける
しかし、約束は約束だ。
決闘の結果は僕の負けであり、彼女が僕に求めてきたのは“真面目に稽古をする”という事だ。
教養、技術をしっかりと身につけ、王として恥ずかしくない振る舞いを得る事。
それが彼女の望みであり、それを叶えてあげる義務が生じた。
(むしろ、それでいいのかもしれない。彼女が咲き続けるのであれば、僕は王様になって、この国をもっと良くしていこう)
抱き締める事は叶わなかったが、愛でる事はできる。
凛と咲き誇る黒薔薇、庭師と言う名の王様になって、彼女を見続けるのも一興かもしれない。
そうした決意、あるいは“諦め”が、僕の中で固まりつつある。
それを無言で示す意味においても、僕は彼女が差し出してきた宝剣を受け取り、それを腰に帯びた。
歴史、伝統、それらがのしかかる剣はやはり重い。
しかし、彼女の歩んできた道のりの事を思えば、どうとでもなる重さだ。
僕もまた、そんな彼女の一助になれればと思う。
「ねえ、ネイローザ」
「何でございましょうか?」
「決闘に負けておいて言うのもなんだけど、一つ確認が、お願いがあるんだ」
「はい、お聞きいたします」
僕と彼女の瞳が交差し、互いに見つめ合う。
常日頃からずっと一緒にいるのであるから慣れた事とは言え、それでも雰囲気と言うものがある。
告白し、フラれた。それでもと思う気持ちが、なおも燻ぶる。
そのせめてもの抵抗を、僕は口から吐き出した。
「ネイローザ、これからも僕の側にいてくれ。伴侶として過ごす事は叶わなくても、それでも僕は君に側にいて欲しい」
これが限界だ。
夫婦になる夢は、彼女自身の手によって破壊された。
彼女と添い遂げれば、それは継嗣なき王国を意味し、国が傾く。
それをよしとしなかった彼女の拒絶だ。
約を交わし、決闘で負けた以上、その破滅の道は選択する事が出来なくなった。
それでもなお、僕の中には未練が残る。
情けない話だが、僕はそう言う未熟で煮え切らない部分がまだまだあることを、今になって思い知らされている。
(それでも、彼女を抱きとめ、鞘としてその棘を覆い隠せなくとも、一緒に歩んでいく事はできる)
今の僕にはこれが精いっぱい。
そんな僕の気持ちを汲んでか、彼女は満面の笑みを浮かべてくれた。
不気味な存在、呪いの象徴、様々な事が噂される
この笑顔のためならば、僕はどんなあくどい事すらやってみせよう。
そう思えるほどに、彼女の笑顔は僕には眩しい。
自然と彼女の手に僕の手が伸び、それを掴んでいた。
そして、手の甲に口付けをした。
これが僕にとっての初恋の終焉だと言い聞かせながら。
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