第一章Ⅱ 幻想の終わり

 気が付くと、地球に帰ってきていた。傍らに牡丹もいる。

 見慣れた教室。馴染んだ空気。神話研究部の部室。

「おかえりなさい」

 そこに、異質なものが混ざっていた。

 薄く、ぼんやりと青白く発光する、髪の長い女の子の幽霊。

「私は、光の大精霊です」

 幽霊はそう名乗った。

「光の大精霊である私は、光の中を自由に動けます。光が繋がっている限り、その範囲内においてなんの制限もなく、本当に自由に。地球から光の速度を上回って遠ざかり、振り返って過去を見つめ、一瞬で長大な距離を移動してその景色の時代へ飛び込む事も、私には人間が歩くくらい普通にできる事なんです。光が続くなら、私はいつの時間にも存在しています」

「…………」

「付け加えて言えば、フレイアがあなたを召喚できた理由はそこが関連しています。【無差別召喚】の対象範囲は、光の届く全てなので」

「…………」

「もうお察しかと思われますが、あの世界は未来の地球です。ですが、おかしいですよね? この完成された地球の文明が、何故あのような世界に行きつくのか、不思議ですよね? この世界は、自然にあんな風にはならない。誰かが求めて働きかけなければ、決して辿り着かない姿」

「…………」

「自我のない意識を持つ、生命の意志に触発される新たな生命『魔力』。地球に人造物である『魔力』を散布してファンタジーを作り上げるには、それを成し得る動機と意思、そして手段を持つ存在が必要不可欠です。あなたには魔力(サンプル)を生み出す『ルインハイドの指輪』があります。科学で魔力を解明して量産する。何も心配はいりません。これは既存の歴史です」

 胸に手を添える。

「私は生まれる前に死にたくない。時間を遡って何度でもあなたと出会いたい。あの子の中でもいい、あなたに触れたい。だから――」

 手を差し出してくる。

「古の勇者さま。世界を『滅ぼし(すくい)』ましょう」

 二者択一。行動しなければ異世界が生まれる前に消滅する。行動すれば現人類が滅ぶ。

 この誘惑の先には、フレイアの待つ御伽噺(みらい)がある。

 違和感があった。

 たった数日。ほんのちょっと、滞在しただけ。

 それだけで、朝陽の魂は別の世界の住人になっていた。

 ならば、目の前に広がる此処こそが――


 異世界。


 愛おしい少女を思い浮かべる。

 約束をした。いつか笑顔を見せて貰うと。

「…………」

 呪いの指輪が、鈍く光った。

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