第26話
警視庁本部庁舎。
その取調室に、夏目は
「僕に何の用です? 先に断っておきますが、僕は誘拐事件専門の探偵ですよ。本来、殺しは専門外です」
「いいや湖南君、この事件は君にしか解決できない」
「……どういうことです?」
「どうも今回の事件には天童花ちゃん誘拐事件が絡んでいるようなんだ」
夏目は瀬川累次が殺されていた状況を事細かに説明した。
「……そうですか。実は瀬川が誘拐事件の犯人であることは知っていました」
湖南の思いがけない告白に夏目は驚愕する。
「何だって!? どうしてそんな重要なことを話してくれなかったんだ!!」
夏目は同じ警察官ではなくとも湖南のことを信頼していた。その湖南に隠し事をされていたことが、少なからずショックだったのだ。
「話したところで警察にはどうにもできないからですよ。夏目さんが天童
「……だが、証拠がないのにどうやって瀬川が犯人だとわかった?」
「直接会って確かめました」
「直接!?」
「瀬川の存在を知ったのは、天童
湖南が新聞のコピーを取り出した。四十年前の新聞記事だ。記事の下には小さく、両手両足をロープで縛られた照久と驚く瀬川の写真も載っている。
「瀬川累次は天童
「……では瀬川は四十年も前から今回の誘拐事件を企んでいたと?」
「そこまではわかりません。僕がここで論じているのは可能性があるかどうかなので。そして僕は瀬川の居場所を探り出し、直接確かめるすることにしました」
「それで、どうだった?」
「先述した通り、結果は黒です。ですが証拠となるような物は一切ありません。畳の上に無造作に積まれていた札束でさえ、何故そこにあるのか常識では説明できないことから状況証拠にさえならない」
「……難儀な話だな」
夏目は深く溜息をつく。
難儀といえば、誘拐犯である瀬川が密室で殺害されたこともそうだ。
「湖南君、瀬川殺しについての君の意見を聞きたい」
「率直に意見を言わせて貰うなら、犯人は真理雄と同じ能力を持つ者でしょう」
天童真理雄の能力。
死亡すると一定時間で死体が消失し、過去にいた地点に瞬間移動して復活する。復活したときのステータスは、復活地点にいたときのものが反映される。
今のところわかっているルールはそれくらいだ。
「状況を一つ一つ見ていきましょう。まず、過剰とも思える密室です。木製の扉は養生テープで内側からしっかり目張りされ、窓も同様に内側から板で塞がれていた。普通の人間では脱出できるものではありません」
夏目は頷く。まるで脱出マジックのような演出だ。
「ですが、犯人に真理雄と同じ能力があるとすれば話は別です。犯人は銃で瀬川を撃ち殺した後、その場で自殺したのです」
「何だと!?」
夏目は思わず大声を上げる。
「驚く程のことではありません。犯人は能力によって自分が復活することを知っているのですから。そして能力を発動させる条件が死なのですから、密室から瞬間移動で抜け出すには自殺するしか方法がありません」
「……すると、犯人は密室を作る為に自殺した?」
それは夏目からすると信じられないことだった。幾ら生き返ることがわかっていたとしても、そう簡単に自ら命を絶つことなどできるものなのか?
「そうなりますね。それよりもネックになりそうなのは、手早く瀬川を殺害し、自身も死ぬ必要があることです。復活する場所が過去何分前にいた地点なのか正確なデータはありませんが、多く見積もっても三十分もないでしょう。その間に瀬川を殺し、扉と窓を封じ、躊躇なく自殺しなければならない。拳銃という凶器はこの殺人に適しているとも言えそうですが」
「……しかし、そんなことの為に自殺できるものなのか? たかが密室を作る為だけに」
「そうですか? むしろ、これは正当な能力の使い方だと僕は思いますね」
「正当な使い方?」
「瀬川は真理雄の能力を逆手に取るような方法で身代金を手に入れるアイデアを思い付きました。対して瀬川殺しの犯人は、自らの能力で密室状況を作り出しています。使い方だけを見れば瀬川の方が遥かに複雑怪奇な方法ですし、復活の能力で密室から瞬間移動するという使い方は、自殺する覚悟さえあれば単純な方法です」
「……うーむ」
それは確かにそうかもしれない。瞬間移動の力を密室殺人に使うというのはシンプルなアイデアだ。
「次に検証したいのは、瀬川の身体から弾丸が検出されなかった点です。銃創は胸の辺りにあり、貫通もしていないにも関わらず、弾丸は煙のように消えてしまっている」
「あッ!!」
夏目は思わず声を上げる。
「これは真理雄が持っていた身代金の五千万円と同じということか!!」
「その通りです。拳銃に装てんされた弾丸も、拳銃や衣服と同様に犯人の所持品として元通りに復元し、瞬間移動した」
拳銃から発射された弾丸は瀬川の心臓を破壊した後、文字通り煙のように消えてしまったのだ。
「そして、現場に残された五千万円の札束です。これに関しては、犯人の意図したことではなく、持ち去ることが不可能だったと見るべきでしょう」
「……不可能だった?」
「犯人が物理的なトリックで密室を作り上げていた場合なら、現場にあった多額の現金を持ち去らない理由はありません。ですが、犯人が復活の能力で密室を作り上げた場合、話は変わってきます。復活は瀬川の部屋を訪れる前のステータス、つまり五千万円を手にする前の状態が反映されます。能力を使って密室から移動する以上、犯人にはどうしても金を持ち去ることができなかったのです」
「なるほど」
夏目は五千万円の札束を前に歯噛みする犯人の姿を想像して、思わず苦笑した。
とはいえ、これで不可解だった殺害現場の状況が見事に説明された。自分一人ではこうも早くこの結論には辿り着けなかっただろう。
夏目は改めて、湖南の柔軟な思考力に舌を巻いた。
「確かに今君がしてくれた説明で、現場の状況の辻褄は合いそうだ。だが、そうまでして密室を作ることに意味があるのか?」
「意味ならありますよ。絶対に不可能な状況で瀬川を殺せば、それはもう人間の仕業ではない。神の御業だ」
「……どういうことだ?」
「もはやこの犯罪は人間には裁くことはできないということですよ」
「…………」
目の前で静かに笑う湖南に、夏目は何か薄ら寒いものを感じずにはいれなかった。
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