第73話 デルミナ・トライアングル

 プロトスでひと暴れした俺はスワローテイル号に帰投した。

 着替え用のポッドで汚れを落とすのも良いんだが、今日は贅沢にシャワーで汗を流して人心地。


「ふぅ……」

「あっ、タツヤさん。お疲れ様です!」


 艦橋に入ると、通信手席にいたニアが手を振ってくれた。


「タツヤー! ……? あんまりタツヤの匂いがしないな?」

「シャワー浴びてきたからな」

「ムギちゃん、女の子は気安く男の人に抱き着いたりしちゃ駄目ですよ」

「そうかー? でもリーシアはたまにタツヤに抱き着いてるぞ?」

「私は覚悟の上」

「カクゴ? それ美味いのか?」


 頓珍漢とんちんかんな方向に話題が逸れたところで、リーシアとツバメがムギを囲み始めた。あんまりよろしくないタイプの教育が始まる気がしたので止めようか悩んだが、その前に会話の輪から抜け出たニアに捕まった。


「タツヤさん、本当に良かったんですか?」

「何がだ?」

「クルムさんって人に恩を売って、ですよ。この人、タツヤさんを、その……」

「ああ、そうだな。俺を切り捨てた上司だ」


 さっき助けた男も俺と同じ境遇だったみたいだし、元上司は何も成長していないらしい。


 そんな俺の怒りが表情に出ていたのか、ニアがしゅんとしてしまった。


「まぁ気にするな。切り捨てられた当初はぶち殺してやりたいと思ってたが、お陰でツバメやニア……みんなに会えた」


 だからもし出会ってもグーパンで鼻をへし折った後、鎖骨を砕くくらいで許してやろうと思うんだ。


「……タツヤさん」

「心配してくれてありがとうな」


 頭をなでると、ニアの表情が緩んだ。


「あー! ニアがタツヤになでてもらってる! ズルいぞ! ムギもなでてもらう!」

「待て、なんでだ?」

「……さぁ」

「リーシアもちゃっかりニアの後ろに並ぶなよ」


 ジト目でリーシアを見ると、無表情なままでピースサインを返された。

 無視すると納得しなさそうなのでムギもリーシアも撫でてやる。とはいえ、ニアみたいに優しく撫でるのではなく、愛犬をぐしぐしやるような撫で方である。


 ……犬どころかペットとか飼ったことないから映像で見たことがあるだけだが。


「マスター、珈琲が入りました」

「お、サンキュ」

「…………」

「お前もなでてほしいのか」

「もちろんでございます。それが当機の存在意義ですので」

「そんな意義あってたまるか」


 ずず、と珈琲を啜りながら艦長席に座ると、ツバメが横に追随した。


「それではマスターが撫でたくなるよう、役に立ちましょう」


 言葉と同時、モニターにいくつもの情報が展開されていく。


「この三ヶ月間、イルメシア運輸および主要な取引先や関連会社のサーバーをハッキングし監視していたのですが、ついに昇進しました」

「……やっとか」

「昇進? 誰がです?」

「元上司」

「マスターを切り捨てたという銀河一の愚物です」


 ニアの問いに対してツバメと同時に答えると、ニアが難しい顔になった。


「タツヤさんは元上司さんを昇進させたかったんです?」

「……そうだな」

「マスター、強化服の握力が異常な数値を叩き出しています。強化アラミド製のマグカップでなければ砕けておりますよ?」

「……一応、手加減してるんだが」


 正直なところ、クソ上司を昇進させるなんて死んでも嫌だったんだが、のことも考えて我慢しているのだ。

 ふぅ、と一息つくと自らに言い聞かせるためにも今回の計画をニアに説明することにした。


「俺たちの目的はイルメシア運輸を隠れ蓑にして、あちこちでのさばっている〝六芒ノ巣ヘキサグラムネスト〟の情報を引っこ抜くことだ。それはいいな?」

「はい」

「そこで今回の作戦だ」


 ちなみに発案はリーシア。

 結晶人の王族なのか疑わしいくらいえげつない作戦である。


「俺がクソ上司を褒めまくりながら社員を助ける。社内での評価があがったクソ上司が昇進する。今はここだ」


 昇進した上司は社内の機密データにアクセスできるようになったり――そうでなくともデータの所在を調べやすくなるはずだ。


「ハッキングできるようなサーバーであれば当機がすぐにでも用意するのですが、ハッキングしたイルメシア運輸にはそういったデータは見られませんでした。ネットから独立したサーバーだったり、場合によっては電子データなしの裏帳簿なども考えられます」

「で、だ。俺のお陰で昇進した上司にフラッと会いに行って機密データを要求する。権限がなけりゃスパイ活動をさせてでも取ってこさせる」

「それ、やってもらえるんですか?」

「やらせるんだよ」

「マスターの活動が評価されての昇進です。化けの皮が剥がれればあっという間に使い捨て側になるでしょう。『データを取ってこないなら敵対する』と宣言すれば、我が身可愛さにすぐ折れるものと予測します」


 意味不明な理由で出世競争を勝ち抜いてしまえば、快く思わない者もたくさんいるはずである。昇進直後に俺からのハシゴを外され、それどころか敵対となれば元上司がどうなるかなんて想像するまでもない。


 イルメシア運輸が使えない人間を切り捨てる社風だってのは知ってるし。


「万が一、会社への忠義を取るようならそれでもいい。情報の伝達経路を辿れば、誰が〝六芒ノ巣〟に繋がっているかが分かる」

「諜報に失敗し、ことが露見しても同様です。機密データの隠し場所さえわかれば、情報の取得難易度は大きく下がりますから」


 乱暴に言ってしまえば、大きな池イルメシア運輸じょうしを投げ込むのが今回の作戦だ。


 びっくりして六芒ノ巣さかなが飛び出してくれば大成功。

 そうでなくとも、じょうしが立てた波紋で六芒ノ巣さかなが逃げ込む先が見えれば十分なのだ。


「まぁ俺はクソ上司が失敗しても、見殺しにはしないけどな」


 使い捨てにされる怒りや苦しみは誰よりもよくわかってるからな。安全な宙域まで送るくらいはしてやるつもりである。


「――最終的には鼻と鎖骨を折って放り出すが」

「そんなマスターに更なる朗報です。愚物は昇進に当たって輸送難易度の高い宙域の開拓をマネジメントすることになりました。イルメシア運輸は在りもしない愚物の交友関係を当て込んでいるようで、現在必死になってフジシロ屋とのコンタクト方法を探しているようです」

「……二ヶ月くらいバカンスにでもいくか?」

「タツヤさん!?」

「冗談だよ冗談。しかし難しい宙域ってのはどこだ? 宇宙海賊が多いか、小惑星帯ベルトやらブラックホールの近いとこか?」

「いえ」


 ツバメが腕を振り、モニターに銀河宙域図が展開される。

 いくつかの星を含んだ宙域が赤くマーキングされた。


「デルミナ・トライアングルです」

「……マジか」

「でるみな?」


 こてんと首を傾げたニア。

 まぁ宇宙船乗りじゃなければ知らなくてもしょうがないか。


「デルミナ・トライアングル。タ星系、ートル星系、クナリン星系に囲まれた宙域の俗称でな――通過しようとした宇宙船が、忽然と姿を消すことで有名なんだ」

「えっ……と、その、げ、原因、とかは……?」

「銀河連合が何度か調査団を送ったようですが、いずれも原因特定には至っていませんね。宇宙船は残骸すら出てこず、積み荷や乗員・乗客もすべて行方不明のままとなっています」

「それって――……」


 魔の宙域。


 それがデルミナ・トライアングルの二つ名だった。



※デルミナ・トライアングル

 立体だしテトラでは? という声もあるが、関係している(と思われる)星が3つなのでトライアングル。星の巡りによって形が変わるため、うっかり通過してしまう事故が時たま起こる。船乗りの間ではかなり有名。

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