第91話 薬屋のかくしごと

「シャインさん、白峰さんが公開指名手配になったことは覚えていらっしゃいますか?」


 城守彩が確認するように言った。それを聞いたシャインは、ハッとした顔になる。


「……そうでした。このコンクリート使いの人が犯人だったのに、なぜか由記子ちゃんが疑われていました」


「そのとおりだ、シャイン。つまり、警察に圧力をかけられる権力を持つ者が絡んでいる可能性がある」


 レインは、正岡に視線を送りながら言った。


「警察署にではなく、直に俺のところに電話してくれたのも、レインさんの気遣いだろう? 上手く上層部を誤魔化しながら、なんとか調べてみるさ」


 ベテラン刑事の正岡の言葉に、レインはうなずく。そして、二人の刑事に伝える。


「俺たちは、白峰さんたちと共にもう少しこの事件の裏を調べてみます。なので、殺し屋であるこのタイラントから何かわかったら、教えてくれませんか?」


「……警察とウィルとの契約の範囲内での情報共有となります。ご承知おきください。つまり、こちらで何かもわかったとしても、出せない情報があるということです」


 城守彩が、正岡を牽制するように先んじて言った。真面目な性分が顔を出したようだ。


「…………まぁ、そういうことだ。一応な」


 しかし、正岡がニヤリとして添えた。レインは軽く礼をする。彩は少し気難しい表情になった。


 その後、レインと正岡、そして彩は情報交換をした。この場を警察に任せる段取りだ。


「じゃ、由記子ちゃん、凛花ちゃん、『ウィル』の事務所に行きましょうー!」


 シャインが、拳を上げて元気よく言った。


 レインは、突然何かに気づく。そして、落ち込んだ顔になった。廃ビルが崩れる際に、持ち出しし忘れたもの。お気に入りの傘。


 それは、鉄筋など他の建材と共に瓦礫の山に埋もれていた。傘の骨は折れ曲がり、布地も破けている。


 雨男は、ガックリと肩を落とした。


 *


 レインとシャインは自動車で、由記子と凛花は自動運転タクシーで、移動する。女神ヶ丘駅近くの特殊人材派遣会社『ウィル』の事務所に集合した。駅前ロータリーに面したビルの三階にある事務所。


 そこの応接コーナーで、由記子と凛花はソファに座っている。レインは傷ついた左腕を庇いながら、ノートPCと大型ディスプレイの準備をしていた。シャインはお茶の準備をする。


 トントン。事務所のドアがノックされた。


「……あっ、たぶん、法条くん」


 そう言って、凛花は立ち上がり、事務所のドアを開けた。制服姿の高校生男子が顔を出す。


「レインさん、シャインさん、初めまして」


 法条計介は、軽くお辞儀をした。挨拶された二人は、準備をしながら軽く手を上げて応える。


 急に、天井のLED照明からバチバチと音がした。放電が起きると、それは人の形を成した。見慣れた光景に、もはや誰も驚く様子はない。ジョーカーがこの場に合流した。


「…………」


 登場した無口な道化師を含めて、由記子が皆に声をかける。


「最初に、藤平紫乃さんが遺したメダルの映像。その後、タイラントからコピーした情報を共有したい」


 それを聞き、レイン、シャイン、ジョーカー、凛花、そして法条が事務所の応接コーナーに集まった。


 レインが用意したノートPCを、由記子が操作する。藤平紫乃が遺した金色のメダルをノートPCの画面に触れさせた。その画面には、ポップアップウインドウが出て、パスワードの入力を促すメッセージが表示された。


 由記子は、キーボードを素早く叩き、パスワードロックを解除する。ファイルのダウンロードが始まった。事務所にいる全員は、静かに見守っている。


 由記子がダウンロードされたファイルを開いた。動画ファイルだった。ノートPCに接続されている大きなディスプレイで動画が再生され始める。


 藤平紫乃、本人が正面を向いている。背景はぼかされていた。彼女は語りかけるように話し始めた。ビデオレターのようだった。レインが気を利かせて、ボリュームを調整する。


 由記子は一旦、動画の再生を停止した。そして一言添える。


「……これから始まるのは、藤平紫乃さんの遺言」


 聞いていた他の五人は、うなずくと静かに画面を見つめる。事務所は、少しの間、弔いの祈りを捧げるような静寂に包まれた。


 由記子が再び再生ボタンをクリックする。画面に映っている藤平紫乃が語り出した。


「…………藤平紫乃です。これからお伝えすることは、クレスト・グラント製薬のことです。クレスト・グラント製薬は、私が勤めている会社。我が社は、女神ヶ丘市民に対して極秘に信じられないことをしていました。それを皆様にお伝えます」 


 動画を見ている六人は、一言も聴き漏らさないようにと静かだった。紫乃の声だけが事務所に響く。


「女神ヶ丘市で起きた三年前のパンデミックの際に、クレスト・グラン製薬は、mRNAワクチンを迅速に開発。市長の緊急対応指示もあって、市外への感染拡大を防いだとされています。ですが……」


 凛花と法条は、さらに真剣な顔つきになった。二人は、しらゆきこと白峰由記子の元で、そのパンデミックにまつわる謎を追いかけていたのだ。そして、由記子自身もだ。


 映像の中の紫乃は、言葉を続ける。


「そこには……この街、女神ヶ丘市全体を実験場にするような、信じられない企みがあったと思われます。我が社は、mRNAワクチンにあるものを混入させていたようです」


 紫乃の言葉に、誰もが驚いていた。だが、声を上げずに、静かに耳を傾ける。


「それは『ナノマシン』と呼ばれる極小の生化学分子機械。細胞よりもさらに小さな機械です。なぜ、それがmRNAワクチン共に市民の身体に打ち込まれたのか、わかりません」


 紫乃は、少しだけ間をおくと、続けた。


「『ナノマシン』は、大手IT会社セイクリッド・リチュアルと我が社が共同開発をしたようです。私が知ることができたのは、ここまでとなります。ですが、何か恐ろしいことが行われているのではと怖くなりました。『ナノマシン』はなぜ、mRNAワクチンと共に市民の身体へと接種されたのでしょうか……。何のためでしょうか……」


 動画はそこで終了した。


 レインが、皆に向けて落ち着いた声で伝える。


「……IT企業のセイクリッド・リチュアルは、女神ヶ丘の双雷区に本社がある。女神ヶ丘市が特別政策指定都市に指定された際に、誘致された企業のひとつだ」


「ね、法条くん、ナノマシンって何? 何をする機械なの?」


 いつもどおりITに詳しい法条を頼って、凛花が尋ねた。

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