第67話 ホワイト・ハッカー

 シャインは口を膨らませている。レインの顔を恨めしそうに見ていた。その様子をうかがっていたのは、朝月巧こと、ホワイトムーン。彼は、爽やかに微笑み、言った。


「ま、秘密にしておいてくれる? シャイン」


「……くるみお姉ちゃんは、知っているのですか?」


 シャインのその問いに、ホワイトムーンは首を横に振った。


「秘密にしている。俺は『ウィル』に所属しているけれど、ご覧の通りただのパン屋だ。異能を使えるわけでもないしね。レベル1、グリーンの一般人」


「だが、コンピューター、ネットワーク、ソフトウェアについての技術は超一流だ」


 レインが、ホワイトムーンを紹介するような仕草をしながら述べた。


「今、こっちの仕事のお話をしても大丈夫ですか? くるみお姉ちゃんは?」


 シャインが気にかける。


「ん? ああ、くるみは新作のパンのアイデアが浮かんだらしくて、試作品を作ろうとしているよ。チョコを湯せんで溶かしながら、考え込んでいた。そうなったら一時間から二時間は話しかけても生返事だから、大丈夫」


 その言葉を聞いて、雨男の糸のような細い目が開く。レジカウンターの奥にある厨房に目をやった。甘いものに目がないのだ。


「……新作はチョコ系か。期待だな」


 独り言までつぶやく。


「レインさん、くるみお姉ちゃんのパンは気になりますけれど、早く仕事の話をしちゃいましょう。私はお腹が空いているので」


 シャインは、両手に持っているパンの詰め合わせを掲げながら言った。


「そうだな。ホワイトムーン、簡単に言うとターゲットの人物が『スティグマ・システム』で追跡できなくて困っている。本人の『信号』は検知できていて、個人情報もわかっているのに、位置情報が把握できない。それをなんとかして、ターゲットに近づきたい」


 レインの言葉を聞いて、彼は顎に左手をあてて少し考えていた。そして、口を開いた。


「……『信号』を検知しているのに、位置情報が把握できないってのは、具体的には?」


「刑事さんからの情報では、位置情報が消えてしまったり、位置情報が急に別の場所に飛んだりらしい」


 レインは、ホワイトムーンの顔を見て、返事を待っている。シャインは、パンの詰め合わせの中身を袋越しに吟味していた。


「『スティグマ・システム』は高度なセキュリティが施された堅牢なシステムだ。……でも、可能性はあるか。ログインできてしまえば」


「可能性とは?」


 雨男が尋ねる。


「『スティグマ・システム』に侵入されて、そのターゲットの位置情報が把握されないように、改ざんされている可能性がある。そういう仕掛けをこっそり忍ばせているってことだ」


「……ターゲットになんとか接触したいんだが、何か良い方法はないか? 提供できる情報としては、ターゲットが映っている防犯カメラ映像が二本ほどある」


 それを聞いたホワイトムーンは、眉を上げた後、尋ねる。


「それはターゲットの歩いている姿が映っているかな? そうだとしたらちょっと時間をくれれば、なんとかなる」


「……わかった。歩いている姿が映っているシーンはあったはずだ。警察から映像を入手したら、共有する」


 二人の会話を聞いていた、シャインが割り込む。


「なんで、由記子ちゃんの歩いている姿の映像があれば、位置情報がわかるんですか?」


「人の歩く姿は、意外とクセがあるんだ。個性があるってことだね。それを解析して、同じ歩き方をしている人を見つけ出す」


 シャインは、その言葉を聞いて、ジョーカーと初めて会った時のことを思い出す。ジョーカーは仮面を付けていて、声も変えていたけれど、走り去る後ろ姿で、鈴風すずか姉さんかもしれないと感じたのだ。


 ホワイトムーンが続けて述べる。


「街中の防犯カメラに映っている映像をリアルタイムに解析して、そのターゲットと同じ歩き方の人物を見つけるのさ。その情報を君たちのスキャングラスやゴーグルにデータ共有すれば良いかな」


「それで頼む」


 レインが即答した。


「それって、例えばターゲットが変装していても大丈夫なのですか? 今回のターゲット、実は公開指名手配されていて、本人が変装などをしている可能性があります」


 シャインが問う。レインも同意するようにうなずいた。


「服装などが変わっていても、大丈夫だよ。ただ、この方法は『スティグマ・システム』できちんと位置情報を把握するほどの精度は出ない。防犯カメラは街中にあるけれど、全ての道を網羅しているわけではない。映らない死角もあるからね」


 ホワイトムーンの回答を聞いて、レインが今度は尋ねる。


「その『防犯カメラ映像ターゲット追跡アプリ』は、いつまでならできそうだ?」


「……そうだなぁ。試作品でよければ、明日中に」


「そんなに早く?」


「まぁ、お遊びで試していたモジュールプログラムがあるから、すぐにアプリは組めると思う。あ、それから……」


 ホワイトムーンは、少し考え込むと二人に伝える。


「『スティグマ・システム』をハッキングして位置情報を変えている奴は、俺が探してもいいかい? もちろん、今回のターゲットがハッキングしている可能性もあるけれど」


 レインは、ホワイトムーンの顔を見てうなずいた。シャインは、少し驚いた顔をしている。


「誰なんだろうって、興味があるんだよね。『スティグマ・システム』に仕掛けるなんて度胸あるなって」

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