第26話 スペアのスペア

 酔いが覚めたレインは車を運転し、シャインはスポーツタイプのバイクに乗って、事務所に帰還した。すっかり夜になっている。


 レインは、特殊人材派遣会社『ウィル』の同僚であるホワイトムーンにメールで要望を伝えておいた。スキャングラスが壊されるまでに取得していたデータも共有する。サーバにバックアップされていたものだ。


 また、上司であるクラウドには、先の戦いで得た情報を簡単なテキストメモで共有しておく。さらに大町理恵から予告状のメールも転送されていたので、それも添えた。コードネームや二人組の容姿、そしてメール経路情報などから所属する組織が洗い出せる可能性があるからだった。


 そして、レインは事務所の保管庫から新しいスキャングラスを持ってきた。簡単なセットアップを始める。


「あれ? レインさん、予備を持っていたのですか?」


 もうすっかり帰宅する気まんまんのシャインが尋ねる。彼女はスキャンゴーグルをデスクに置いた。


「ああ。スペアが無くなった時のためのスペアもある」


「……えっ? ってことは、スキャングラスは三つ持っていたのですか?」


「そうだよ。だが、一つ壊れてしまったから、発注しないとな」


 レインは、セットアップが完了したスキャングラスをかけながら言った。そして、PCで注文処理をしようとしている様だった。


 シャインは、この慎重すぎる相方に呆れてしまった。常時、スペアのスペアを確保していないと安心しないの? ……あり得なくない?


 *


 翌日の朝、レインとシャインのいつもの事務所。


 明け方に二人は『ホワイトムーン』から返信メールの通知を受け取っていた。


「半分引退したようなものなのに、相変わらず仕事が早いな」


「私、ホワイトムーンさんって知らないんですよね。どんな異能を持っている人なのですか?」


「いや、レベル1のグリーンだよ。この街に住んでいる」


 レインは、さらっと答えた。


「……? 異能者じゃないのに、『ウィル』に所属しているんですか?」


「持っている技術力が半端ないからな。ある分野においては、恐ろしい才能を発揮する天才さ」


 そう言いながら、受け取ったメールにあるURLをクリックしてアプリケーションをダウンロードしていた。


「シャイン、スキャンゴーグルを貸してくれ。新しいアプリをセットアップする」


 レインは自分のスキャングラスとPCを無線接続する操作をしていた。ホワイトムーンから提供されたアプリをインストールする。シャインのゴーグルも受け取り、同様の操作をしていく。


「よし、これで準備OKだ。『スティグマ・システム』で人物照会が該当なしとなっても、一度、スキャングラスやスキャンゴーグルで『信号』を検知していたら追跡が可能だ」


 レインは、嬉しそうに言った。


「それって個人情報とかプライバシーとかの保護を無視することになりませんか? ……違法では?」


 シャインは、ちょっと心配になって言った。


「何を言っているんだ、シャイン。そもそも『スティグマ・システム』自体が公にできない、ある意味違法なシステムだろう?」


 レインがニヤリとして言った。


「お、クラウドからも情報が来たぞ」


 レインは、PCの画面で彼から共有されたファイルを開いた。


「何かわかりました?」


「あの二人組はプロというのは確からしい。そして、おそらく『ノーブル・ギャンブル』というマフィアやギャングのような組織に属している可能性が高いそうだ」


「そこまでわかるのですか。クラウドさん、すごい」


「コードネームがわかっていたのが大きいみたいだな。『ノーブル・ギャンブル』は、エージェントに男なら武器の名を、女なら宝石の名をコードネームとしてつける特徴があるらしい」


「で、その『ノーブル・ギャンブル』って、どんな組織なんですか?」


「女神ヶ丘市を根城にして、企業などを獲物に金を荒稼ぎしている奴らだと。俺たちの推理は正しかった様だ」


「最近、異能者を多く抱えるようになった可能性があるってありますね」


 シャインもクラウドからの情報を閲覧しながら言った。


「そこは気になるところだ。だが、今回は溶かす能力をもっているシミターを確保すれば、最低限の仕事を果たしたことになるだろうな。建物を壊せなくなるだろうから。下手な深追いは禁物だ」


 シャインは、それを聞き、やはり慎重だよなぁと思う。組織ごと潰せるなら潰してしまった方が、世の中が平和に近づくのに。


「レインさん、『灰の財団』って何ですか? クラウドさんからは何かわかったら連絡すると書いてありますけれど」


「『道化師』が言っていたキーワードだ。その財団を、どうやら道化師は狙っている様なんだ」


 道化師という言葉を聞き、シャインは鼓動が高鳴ったのを自覚する。『灰の財団』? 心当たりがなかった。だが、不死鳥のエンブレムを見た記憶が一瞬浮かんでは消えた。


「そ、その道化師については?」


「当然、調べてほしいと伝えてある。遭遇した時の情報、つまり異能や仮面のことなどは伝えてある。まだ調査結果が出ていない様だな」


 シャインはそれを聞いて、期待を込めて嬉しそうにうなずいた。


「さぁ、シャイン。準備万端だよな? 行くぞ」


 雨男と晴れ女は、新しくなった装備を身につけ、事務所を出た。

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