第四幕 招集(4)

 薄暗い部屋の中、液晶画面が光っている。

 その前で虚ろな目をして、七音は膝を抱えていた。今の彼女は、ペン山ペン太郎も、ウパ里ルパ子も放りだしている。二体は仲良く、くったりと床の上に転がっていた。

 じっと、彼女はただその時を待つ。やがて、0時を迎えた。約束の日曜日が訪れる。


【少女サーカス】からの、新しいメールが届いた。

 だが、今回は件名が以前のモノと異なっている。


 ――――招待状。

「……………はっ」


 渇いた声で、七音は思わず嗤った。そう言えば、【時計兎】は参加者をシンデレラに譬えていた。だが、招かれる先が、舞踏会のように美しくも穏やかな場所だとは思えない。行き着く先は地獄だろう。そう知りながら、七音は【招待状】を開いた。中にはURLと共に、簡素だが凶悪な一文が添えられている。


 ――――棄権は不戦敗とみなします。

 やはり、逃げる術などなかったのだ。


 それでもと、七音は思う。身近に死なないで欲しいと泣いてくれる人がいたのならば、少しは慰められたのだろうか、と。間違いなく、彼女は死ぬだろう。哀れに無惨に、殺される。心の底から恐怖が湧いて、全身が冷えた。怖いと、思う。どうせ勝てないのならば、不戦敗でも同じではないのか。リアルにいるだけ、逃げる術もあるかもしれない。そう考えながら、七音は自然と指を動かしていた。SNSを開き、通知の新着をクリックする。

 神薙が、新たにつぶやいていた。


『私の決意を聞いても繋がっていてくれる人たち、ありがとう』

『私は、みんなが大好きです。あなたの応援が、私を生かしてくれた』

『これからも、それを伝えます』


『だから、待ってて』


「……神薙は、諦めても震えてもいない」


 ぽつりと七音は呟いた。次の瞬間、彼女は拳を固めて、目元を拭った。行こう、と思う。少なくとも神薙には会うことができる。それにだ。もしも第二次審査とは形式が異なるのであれば、七音の行動で彼女が生存する確率をあげられるかもしれない。随分と歪んだ考えにも思えた。なにせ、今の七音は自暴自棄にもなっている。だが、それでもよかった。


「あなたのことが、大好きだ。それを、伝えに行きます」


 間違っていても。

 これだって愛だ。


 クリックと同時に、ノートPCの画面は砕ける。欠片が溶け落ち、辺りはミルク色の海と化した。前回と同じだ。だが、異なる点もあった。七音の全身が輝きだしたのだ。

 腕や足、胴体に、それぞれピンク色の光が集まり、ポンポンと弾けていく。あとには、リボンやフリルを多用した、可愛らしいホワイトの衣装が残された。

 まるで、魔法少女の変身バンクだ。最後に、目や髪の上も撫でて、輝きは消え去った。


 トンッと、七音は愛らしく着地する。靴の先が、紅色を踏んだ。


 目の前にはコンクリート製の無機質な部屋と死体があった。粘つく血溜まりの中に、女性が横たわっている。その周りには、傷んだ内臓が一定の規則性をもって並べられていた。


「…………………………………………はっ?」


 流石に、七音も言葉をなくした。覚悟を超越したものをだされると、人間はなにも言えなくなるのだ。そう、学ばされる。最初に来たのは七音のようだ。遅れて、次々と新たな少女たちが現れた。一瞬、空間がブレ、そのあとに人が立つ。『転送』としか称しようのない、登場の仕方だった。全員が、目の前の光景に息を呑んだ。だが、叫びだす者はいない。恐らく、誰もが既に思い知っているのだろう。

【少女サーカス】の異常性を。

 最後に、黒髪の怜悧な美少女が降り立った。残酷な死体を前に、彼女は青く澄んだ目を細める。神薙だ。七音は声をかけようとする。だが、その前に、神薙は小さくつぶやいた。


「…………Ariel?」


 そこで、七音はようやく気がついた。

 床に打ち捨てられた骸。その正体に。


 絶対の女王、唯一の歌姫、Arielだ。


「皆様、無事お揃いになられましたようで。『アイム レイト』と叫ばれる方はおらず、なによりでした……まあ、その際には死体が二つとなったわけですが……この結果を重畳と受けとめ、改めて申しあげましょう」


 どこからか、【時計兎】が現れた。盤面を確かめ、彼は懐中時計を胸ポケットにしまう。コホンと、【時計兎】はわざとらしく咳をした。そうして深々と優雅なお辞儀を披露する。

 慇懃に、残酷に、『彼』は歓迎しながらも断言した。


「皆様ようこそ、【少女サーカス】へ」


 生き残った者こそ、次の歌姫です。

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