第四幕 招集(1)

 仮想現実、時計兎、虚実の舞台、視線だけの観客、審査の合否、絞殺死体、死体、死体。


 殺人。

 処刑。


【少女サーカス】


 コレは理解の範疇を超えた、どころの話ではなかった。目にした光景が確かならば、アレは殺人だ。倫理も法律も踏み壊されている。一刻も早く警察に通報しなければならない。

 だが、そこまで考えたところで、七音は頭の中が真っ白に染まるのを覚えた。


「……どうやって、説明をすればいいの?」


 七音の体験はあまりにも異常すぎた。徹頭徹尾、支離滅裂かつ荒唐無稽だ。信じてもらえるはずがない。七音自身も誰かに聞かされたところで、『それは夢だ』と応え

るだろう。


「本当に、悪夢みたいだ」


 ヨロヨロと、七音はベッドへ移動した。倒れこんで、目を閉じる。精神、体力共に限界だった。一度眠ろうと試みる。だが、泥のように疲れているというのに、底なしの恐怖と奇妙な興奮によって、目は冴えわたっていた。ヘッドボードを探り、彼女はデジタルオーディオプレイヤーを引き寄せる。耳にイヤホンを押しこんで、一曲を選んだ。再生を押す。

『リベラ・メ』――神薙の自主制作ミニアルバムのラストソングだ。救いを求め、光を信じる心境を綴った歌である。電子オルガンの音色を背景に、儚くも優しい声が溢れだした。


『神様 どうか どうか もう一度だけ』


(今頃、神薙はどうしているんだろう)


 あの場には、彼女もいたはずだ。恐ろしい光景に対して、神薙は怯えてはいないだろうか。大丈夫だろうか。心配になる。だが、儚くも美しい声にあやされて、七音のまぶたは自然と閉じていった。意識の完全に落ちきる寸前、彼女は祈るようなフレーズを耳にした。


『あの日見た光を 信じているから』

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