第三幕 淘汰(3)

「……十人目の、歌姫候補」

「続けてお伝えしますとあなた様は最後の合格者。審査もあなた様で終了となります」

「えっ? たった十人しか、通過しなかったんですか?」

「左様でございます。あなた様は貴重で得難い金の卵。さあさ、舞台へおあがりください」


 頭を深くさげ、【時計兎】は闇の中へ消える。後には、七音だけが残された。なにもかもがおかしい。現実は、大きく歪められはじめている。そう理解しながらも、七音は無理やり足を動かした。舞台へ一歩近づく。だが、不意に、彼女は己の身体へ違和感を覚えた。

 そういえば目線がいつもより低いし、なんだか足を置いた感じがなんとも『薄い』というか、ペラッとしていて、全身は重いような軽いような。


「なにこれえええええええええええっ⁉︎」


 思わず、七音は叫んだ。ようやく、彼女は重要かつ深刻な事実に気がつく。

 変化したのは、周りの光景だけではなかったのだ。七音の肉体はデフォルメされたペンギンと化していた。黄色のフェルトで作られた足は、明らかに見覚えのあるアレだ。


「わ、私、ペン山ペン次郎になってる⁉︎」

「あっ……そのような名前でございましたか、あのクッション。人間の趣味はそれぞれで……いえ、ゴホンッ。ナイスネーミングセンスと存じます」


 闇の中から【時計兎】がそそそっと進みでた。その頭は深く下げられたままだ。フワフワの白くて長い耳がたらりと前に垂れている。器用に姿勢を維持したまま『彼』は告げた。


「誠に申し訳ございません。重要事項をお伝えしそびれておりました。合格者の中で唯一、あなた様は独自のアバターをお持ちではありません。そのため、こちらで急遽、お好みと思われる所有物を参考に、仮の姿をご用意させていただきました」

「絶対に、参考にするべきもの他にありましたよね⁉︎ 神薙の個人通販限定のCDジャケットとか! あっ、でも、推しと似た姿になるのは無理です。解釈違いで死にます。ナイスペン次郎だと思います」

「そちらも検討いたしましたが、神薙様は審査対象のお一人ですので紛らわしいかと……」

「神薙が!」


 やはり、第一次審査を突破していたのだ。そう、七音は喜ぶ。だが、神薙もこの不気味な場に招かれてしまったという事実は、考えてみれば複雑だ。加えて、ペン山ペン次郎こと、ペンギンのクッションの顔は、感情と反して僅かしか動かない。変えられた身体は元に戻るのか。そう、七音は不安を覚えた。それを察したのか、【時計兎】は言葉を続ける。


「審査後、あなた様は元の肉体に帰られます、ここで得た結果のすべても、正しく現実へとフィードバックされますとも。経験は肉となり骨となる。恐れることなどございません」


 深々とお辞儀をしたまま、『彼』は慇懃に続ける。

瞳にどんな感情を宿しているかは示すことなく。


「美しくも悲壮な覚悟をお見せください」


 再び【時計兎】は闇へと消えた。後にはスポットライトの作りだす、光の円が残される。じっと七音はそこを見つめた。迷いがないわけではない。だが、否応なく、彼女は察した。

 戦わなければ勝てない。放棄すれば残れなかった。

 舞台にあがらない者など、歌姫ではないのだから。


(ここには、神薙がいる)


 まだ、彼女は落ちないだろう。なんの心配もなく、七音はその結果を盲信していた。ならば、あとは自分が続くだけだ。必ず、審査を勝ち進む。そう決めて、七音は足を運んだ。


 そうして彼女は、

 舞台にあがった。

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