Day.3-5 チャンス到来
「私が連載してる雑誌の出版社が内部の人、つまりアシスタント経験があって漫画家を目指す人達に向けた新人賞みたいなものなの」
夢叶にとってこれはとても魅力的だが、そこに記された期日を見て落胆した。
「明後日の昼12時までって、流石に短すぎます。とてもじゃないですけど完成原稿をあげられる日程ではありません」
「夢叶ちゃん。ここ。よく見て?」
ノノカ先生が指さしたところに目を向けると
「ネーム部門……?」
「そう。完成原稿は無理でも、ネームなら頑張ればいけるんじゃないかな? もちろんオリジナル作品限定だよ。他にも脚本部門、イラスト部門っていっぱいあるよ」
詳しく見ると、ネームの規定ページ数は短編なら8から16ページ、長編なら32ページ以上。脚本はページ数不問で完結していること。イラストはカラーとモノクロ各1枚ずつのセット。と書かれ、各部門につき1本、1セットのみ応募が可能で複数部門に応募する場合は別作品に限り応募可と表記されていた。
加えて、応募後は速やかな審査に移るため、訂正および作品の切り替えは不可とあった。
「なるほど。ありがとうございます。それならネームは短編で、出来たら脚本、イラストと可能な限り応募してみようと思います。さっき気がついた欠点を補って必ずとれるように頑張ります」
夢叶は完成原稿のみが対象ではない事を知って希望を見出すと、その瞳にやる気の光を灯した。
「よく言ったね。それでこそ私のアシスタントよ。それでね、これは賞金の他に各部門上位3名には嬉しい特典があるんだよ。ネーム部門なら完成原稿にして雑誌掲載確約、脚本部門なら漫画部門の受賞者と組んで雑誌掲載確約、イラスト部門ならそれに精通する人と一緒にメディア化確約と、いずれにしても上位3名にはデビューが確定されるのよ。すごいわよね」
こんな大盤振る舞いの賞なんて聞いたことも、それこそ記憶にも無い夢叶は純粋に疑問に思った。
「これって昔からあったんですか?」
「まぁ、それなりに前からね。詳細は一般の人には公開されていなくて、作家のみに送られてきてるみたいなの。多分漫画業界も一般の新人賞の人よりも、既にある程度実力があって育てるのに時間がかからない即戦力が欲しくなったのかもね。だから先生伝いにアシスタント経験のある子とか、漫画に精通している人にのみ教えられて募っているみたいなのよ」
漫画が売れない時代。それならコスト的に量より質を考え、かつ短期間で人気が出そうな人を出した方が儲かる。
さらには同業他社との利益競争を考えるなら十分にあり得る話だった。
「それで、どうして今まで私に黙ってたんですか?」
「ごめんね。夢叶ちゃんが自分に欠けているものを見つける事が出来たら教えようと思ってたの。だって、出したはいいもののそれに気付いて応募したのと、気付かずに応募したのとじゃその後に思う気持ちって大分違うでしょ?」
それに、とノノカ先生は続ける。
「夢叶ちゃんはもうかれこれ10年も私の所でアシスタントをやってくれているじゃない? 新人賞には毎回出して、持ち込みにも行っては結果が伴わない事もたくさんあって、それで悔しそうな姿を私はずっと見てきた。だからそろそろ実らない努力は終わりにしよう? 中には20年以上もアシスタントをして賞に出しては落ち続けている知り合いがいるの。その人は毎回苦しそうにもがいて結果発表日には震えながらそれを見ているそうよ。がむしゃらが悪いとは言わないけど、受賞の確率が上がるならそれを知ってから応募する方が仮に駄目だったとしても自分で理由を把握しやすいし、次への一歩が軽くなる。私はそう思うの。ごめんね。話が長くなっちゃった」
真っすぐと話をするノノカ先生の目はいつになく真剣で、その言葉は目の前の夢叶だけに言っているようではなく、今はいない他のアシスタントの人達にも言っているように思えた。
実はノノカ先生もデビューまでに長い時間がかかっていた。年間多くの新人賞に出しては落ち続け、持ち込みでも読んでもらったはいいものの、これはうちでやる漫画じゃないからとアドバイスや評価を何一つ与えられずに帰されるという苦い経験をしていた。
それで何がいけないのかが分からないまま一度は筆を折ろうと考え、夢を諦めようと思った時もあった。でもどうしても諦められず、自身の作品を第三者として厳しく評価することで己の欠点に気が付くことが出来たのだ。
きっと今目の前にいるのは、あの日の自分なんだ。
夢叶が努力した日々、そして夢叶が今日自分に私の漫画に欠けているのは何かと聞いてその答えを自らで見出した姿を目の当たりにしたことでそう感じざるをえなくなったノノカ先生は、この賞の存在をやっと話す事が出来たのだ。
「いえそんな。私はノノカ先生がそう考えていたなんて知らず、てっきり何の意味も無く私に言わなかったとか、忘れていただけなんじゃないかって思ってしまっていました。だから、すいませんでした」
「いいのよ。確かに〆切の日程的にもこのタイミングで言われればそうも思っちゃうわよね。私こそごめんね」
するとノノカ先生は、夢叶にこの後はどうするの?という目を向けた。
「ノノカ先生。今からアシスタント杯のネームと脚本、イラストを描くのでお付き合いしてくれますか?」
「そう言うと思ってたわ。そういうことなら今日は徹夜かな?」
「はい。そのつもりです」
夢叶は自身の欠点が分かったことでそれを克服した作品を早く作りたいという気持ちと、デビューのチャンスという期待が心に満ちては溢れていた。
もちろん、このチャンスを決して逃すわけにはいかないととても気合が入っていた。
それから夢叶はひたすらにネームを切り、詰まればイラスト、脚本と常に手を動かし続けた。
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