195.南の炎
大公さんが出てきたことで、戦場はピタリと止まった。その中で、まず動いたのは黒の方だった。
「待て、貴様ら。少し話をしようじゃないか」
黒の連中、後ろの魔術師の中から一人がぬっと歩み出た。結構背が高いな、と思う。肩幅もがっしりした感じで、職業軍人さんとかかな。
その人がフードを外した時、ムラクモがぴくりと反応した。俺は顔を知らなかったけど、でもフードの下から現れた青っぽい髪の色でそれなりに連想することはできる。
「こんなところにおいでだったんだな、カイル殿下」
「……よもや、サクラ・トウマ殿か」
カイルさんとの会話でああ、やっぱりと思った。サクラ、ならアオイさんの姓。コーリマ王都からいなくなった、お兄さんに間違いないだろう。魔術師だったのかな、この人。
「おや。大当たりじゃったの、ムラクモ嬢ちゃんや」
「はい……」
大公さんは、呆れたように肩をすくめた。ムラクモは一瞬だけ顔をしかめて、それから逆手に持ってる短刀を構え直す。油断はできない、どうも状況的に敵っぽいし。しかも、割と正気だよな、あれ。
カイルさんにもそのくらいは分かっているようで、剣を構えたまま会話を続けてる。
「ご無事であったか。しかし、なぜ黒の神に与するのか聞こう」
「コーリマはもう終わりだ。あんなボロボロの国に仕えるより、俺は黒の魔女様のお側を選ぶ」
「トウマ殿。あなたもいずれは魔力を吸い取られ干からびる、それでもいいのか」
「それこそ我が望み。我が魂を、生命を、魔力の全てを黒の魔女様、そして黒の神に捧げようぞ」
……なんてーか、すっげえ芝居っぽい台詞だと思う。というかトウマさんだっけ、アオイさんのお兄さん。めちゃくちゃ自分に酔ってるよね、あれ。
黒の神が勢力伸ばしまくったら、世界はあんな連中ばっかになるんだろうか。俺は嫌だぞ、キモい。
「カイル殿下。黒の世界になれば、もう何も考えなくて良いのだぞ」
「……どういうことだ」
「黒の神は、黒の魔女様は人に理性など必要と感じておらぬ。人は神を崇め、その生命と魔力を捧げるためだけに存在すれば良い」
訳わからん。まあ、自分に酔った野郎の台詞なんてそういうもんなんだけどさ。
それを翻訳してくれたのは、大公さんだった。しかし、伝書蛇の背中に仁王立ちって迫力あって怖いな。外見ショタなのに。
「つまり、黒の神は人間にケダモノに戻れ、とそう言うておるわけじゃな。しょうもない政治などやらずに、ひたすらオスとメスでまぐわえと」
「大公殿下も、言葉が悪い。人もまた動物、子をなすために交尾に励むは道理でございましょう」
「……キモい」
俺とムラクモ、同時発言。いや、この一言しか出ねえって。だって、要するに神様のためとか何とか言ってずこばこヤリまくれっつーてるんだもんよ。ほんとにこの人、アオイさんとノゾムくんのお兄さんか?
「それでは、人と共に世界を楽しんでおる太陽神様とは相容れぬわなあ? あいにく、シノーヨは太陽神様に愛された国での」
「そのせいで、国土の半分以上は干からびた砂と岩だがな」
「それで文句をつけるのはわしらであって、うぬらではないのう。何、砂と岩の国にも神のご加護は降り注いでおるわ」
まあ、トウマさんの言葉を大公さんはかっかっかと笑い飛ばしてるけど。仁王立ち状態で。
確かに、国土のほとんどが砂漠とか岩山とかサバンナとかで大変なのは分かるけど、他所から来た黒の過激派に文句つける筋合いはないわなあ。というか、そういう国に降ってくる神のご加護ってどんなのだろう?
「鉱物、だな。主に貴金属と宝石が掘り出されている」
「マジか」
「マジじゃよ。ただ、鉱脈が砂漠の向こうとか水のない岩山だったりとかで、産出量は大したことはないんじゃがね」
ムラクモ、大公さん、解説ありがとう。そっか、そういう手があったか。出てくる量少なくても、少ないだけ単価高くなったりするだろうからな。
これが向こうの世界だと、石油とか出てきたりするんだろうけどなあ。こっちじゃ石油使ってねえし。
……あれ?
「もしかして黒の人たち、貴金属と宝石欲しくて攻めてきたとか? いくらなんでも、金は必要だろうし」
「んぐっ」
あ、トウマさん顔ひきつった。大当たりー、らしいな。そうそう、何だかんだ言っても金は要るんだ金は。ケダモノならともかく、人間には必要だって。
ともかく、顔をひきつらせたままトウマさんは、何も持たない右手を振り上げた。え、何か、え?
「その口をふさげ! 黒の神と黒の魔女様のために、何もかも差し出すが良い!」
『まま、にげてー!』
『じょうさま!』
タケダくんとソーダくんが叫ぶのとほぼ同時に、あっという間に青空を黒雲が覆い隠した。そうして、黒い雨がゲリラ豪雨さながらに降り注いでくる。
「闇の、雨っ……」
やべ、詠唱どころか魔力も感知できなかったぞ今の。どんどん服や髪が濡れていって、その重みが全身にのしかかる。敵に使うと味方の補助として便利なんだけど、逆に使われると、まずい、動けねえ。
そんな俺の腕、誰かが掴んだ。ムラクモ……じゃない。彼女も、動けてない。
視界の端に、黒フードが映った。
「見つけたぞ、白の魔女。我らが黒の魔女様より、貴様を御前にお連れするよう命を受けている」
「いっ?」
「ジョウ!」
『ままあ!』
『じょう、さま……!』
頭、くらくらしてきた。ムラクモの声も、タケダくんとソーダくんの声も、何かだんだん遠くなっていってる。
うわあ、本気でやべえ。やべえ、なんて言葉ですまないほどやべえ。何、俺、このまま何も考えずにズコバコ腰振るメスになっちまうのか。
俺はともかく、タケダくんとソーダくんは、なんとか、しないと。
「きしゃああああああっ!」
ばさり、ばさばさばさ。
激しい翼の音が、雨の音すらもかき消すように響いた。同時に風が荒れて、雨どころか黒雲までふっ飛ばしていく。ついでに雨もさっさと乾燥していって、あ、頭しゃっきりしてきた。
「ジョウに何をする!」
ずご、どごっと打撲音がして、黒フードがふっ飛ばされた。カイルさんとムラクモの同時攻撃だったらしいが……あの、カイルさんいつの間に戻ってきたんだあんた。乾いた瞬間すっ飛んできたのか、もしかして。
ってか、何で雲吹っ飛んで雨も乾いたのか。
『やれやれ。高みの見物を決め込むつもりであったが、これではそうも行くまいの』
「すーちゃん?」
「しゃあ?」
大公さんとビシャモンが、いや、この場にいる皆が発言の主、というか黒雲吹き飛ばした原因らしいすーちゃんに視線を集中させている。
その真ん中で、肩に止まれるくらいの大きさだったすーちゃんは、数度の羽ばたきと共にそのサイズを……うん、ビシャモンよりも頭が一回り大きいくらいの巨大サイズになった。とさかも尾羽も長く、太陽みたいに明るい金色に変化して、キラキラと輝いて。
『我こそは神の使い魔が一、南の炎のスザク。此度の戦、我は我が意志によりて太陽の側に付きしことをここに宣する。黒の魔女とやらと北の水のゲンブにその旨伝えよ、愚か者ども』
そう、告げた。
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