183.お風呂は良いものだ

「あー……やっぱ風呂最高」


「だなあ……」


 おっさんくさい台詞口にしてしまった俺に、ムラクモが同調する。二人して、浴槽の縁にもたれてはあと息を吐いた。

 飯の後はやはり風呂である、とは元々日本人な俺の感覚だと思うんだけど、軍人さんは訓練やお仕事でよく汗をかくってこともあってか宿舎内にばっちりお風呂があった。ユズ湯よりはちょっと小さいけど銭湯みたいな感じで、男湯と女湯に分かれてる。

 で、まあお先に頂いてるわけだ。ムラクモと一緒に。隣の男湯には、タクトとグレンさんが入ってるらしい。カイルさんは明日以降の予定について、スオウさんと話し込んでる模様。終わったら二人でお風呂かねえ。


『きもちいー』


『きんちょうがゆるみますね、じょうさまー……』


 ここのすごいのが、ちゃんと伝書蛇用の小さな浴槽があるってこと。そんなわけでタケダくんとソーダくんは、ありがたくそこにゆっくり浸かってる。

 にしても。タケダくんはいつもどおり浴槽の淵に顎乗っけてゆるゆるしてるんだが、お湯の中でとぐろ巻いてちょこんと顔だけ出してるソーダくんの今の台詞って。


「……ソーダくん、緊張してたの?」


『あ、えーと、はい。その、ぶたいのみなさまいがいとしょくじするきかいが、あまりないもので』


「ああ、何だ」


 もじもじと照れた感じで答えてくれるソーダくんに、なるほどと納得する。タケダくんはこういう性格だから黒の過激派以外には人見知りなんてほとんどしないんだけど、ソーダくんはまだまだ幼いんだもんなあ。いや、タケダくんもまだ半年ちょっとだけどさ。

 で、俺とソーダくんが話してると、当然のようにすすすとムラクモが寄ってくる。伝書蛇スキーは、俺のとこにソーダくんが来てから若干パワーアップしてる気がしなくもねえ。


「むむむ。ソーダくん、どうしたんだ?」


「ああ。よその人と食事したのが緊張したんだってさ」


「何と」


「誰が緊張したって?」


 目を見張ったムラクモの向こうから、別の声が聞こえてきた。一度立ち止まってざばん、とかけ湯したのは、再会一発目にいきなり全力でハグしてきたかの副司令官様だ。


「あれ、ネネさん?」


「この後ちょいと会議があるもんでねえ、先に風呂浴びとこうと思って。で?」


 くっそパワフルボディくっそ。あのどっしりしたおっぱいはさすが、女性としてベテランというか何というか。しかも垂れてねえし。程良くついた筋肉が、お年を感じさせない引き締まったボディを形成している。

 いやまあそれはともかくとして、だ。さっきの返事、しとかないとね。


「えーと……俺じゃなくて、このソーダくんです」


「何、伝書蛇でも緊張するのかい?」


『き、きんちょうしますよ……』


「ソーダくんは真面目だから。タケダくんは、のんきなものなのだが」


 悪い、ソーダくん。女三人に取り囲まれてちょっと困ってるけど、お前さんの話だからな。そして横ででれーんとしてるタケダくん、お前は緊張しなさすぎだ。

 でもまあ、言葉が分からなくてもこの態度で分かるよね。実際ネネさんは、二匹を見比べてなるほどなるほどと頷いたから。


「ああ、性格違うんだねえ。いいんだよ、緊張しなくて。美味しかったら美味しい、と態度で示せばそれでこっちも分かるからさ」


『そーだくん、ねねおばちゃんのいうとおりだよー。ごはんおいしかったら、おいしーってやればいいんだよ?』


『そ、そうですね! おぎょうぎがわるいと、その、じょうさまがわるくいわれるのではないかとおもったんですが!』


「伝書蛇が食事の行儀気にしないでっ!」


 ソーダくん、どこまで真面目なんだよお前はー。というかさ、蛇に食事の行儀とかあるの?

 ムラクモはぽかーんとしてるし、ネネさんは一瞬黙った後「参ったね、こりゃ」と手に顔当てるし。


「そんなことまで気にしていたのかい。まー、可愛いったらありゃしないねえ」


「ははは……」


「……ま、まあソーダくんだからな。うん、可愛い。やはり可愛い」


『は、はい……』


 ネネさんに頭なでられて、ソーダくんはちょっと照れた感じに頭を下げた。タケダくんは……あかん、風呂の魔力にとらわれて伸びすぎだ。お前、ほんとに緊張感とかないなあ。

 と、そのタケダくんがひょいと鎌首をもたげた。ソーダくんも同じように、同じ方向に目をやる。……んー、あの壁は男湯との仕切りだけど、どうした?


『ままー』


『あの、ところで、じょうさま』


「なに?」


「む」


「んー」


 俺は首を傾げたんだけど、ムラクモとネネさんは同時に壁のほうを睨んだ。……あのー、隣が男湯ってことはもしかしてもしか、する?


『おとなりから、おそらくたくとさまがのぞいていらっしゃいます』


「はいー?」


「成敗っ!」


 しゃー、と伝書蛇二匹が息を吐くのと同時に、ムラクモが素早く身体にタオル巻きながら飛び出していった。……あ、壁の上、結構広い隙間開いてるんだ。まじすか。


「うちの風呂壊さないでよー」


『ねねおばちゃん、だいじょうぶだよー』


「大丈夫とか、そういう問題じゃなくね?」


 のんきなネネさんの呼びかけの向こうから、すこーんかこーんばっしゃん、というある意味分かりやすくお風呂場らしい音が響き渡ってきた。ついでにぎゃー、なんていう悲鳴と何やってるんだー、っていう……あれ、カイルさんの声?


「し、失礼しました!」


 ほぼ同時に、ムラクモが慌てたように帰ってきた。つーか風呂で覗きはともかくとして、何やってんだお前は。


「ムラクモ、早かったな」


「う、うむ。私より先に、カイル様がしばき倒しておられた。スオウ殿も一緒に入ってこられたが」


「……」


「ああ、明日の道行の話してて少し遅くなったみたいだからね。今入って来たんだろ。ところでグレンは?」


「……止めはしなかったようだが、一人でのんびり湯を楽しんでいたぞ」


 肩をすくめるネネさんの台詞に、向こうの状況を想像してみた。

 壁よじ登るなり何なりしてこっち覗いてたタクトの情けない姿を、カイルさんとスオウさんが入ってきた途端直視するはめになって、しばいてるときにタオル一枚のムラクモが突っ込んできた、と。

 何やってんだあいつら。つかタクトはともかくグレンさん、一人でのほほんと風呂浸かってないで止めろよなあ。


「まったくもう、坊やも馬鹿だねー」


「……すんません、他所の国で馬鹿やって……」


「いやまあ、今入ってるのがアタシらだけでよかったよ。これがうちの部下だったら今頃、こっちに引きずり込まれて可愛がられてるだろうからね」


 ……。

 黒の過激派とは違う意味で搾られそうだな、そりゃ。

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