45.兎の舞踊

 グンジ男爵の悪事の裏を取るため、ということでアオイさんに連れてこられたのは、昼間なので照明がない分まだ地味に見えるけどピンクっぽい色で全体が塗られてるお店だった。看板には二本足で立って踊ってるウサギが描かれている。こっちでも、ウサギはウサギらしい。安心した。

 じゃなくって。


「ここ、あれですよね。ハナビさんのいる」


「そ。スケベオヤジってね、ベッドの中でうっかり秘密漏らすことも多いから」


「コクヨウはその点しっかりしてるんだがね」


『はではでなおみせー』


 普通にニコニコ笑いながら教えてくれるアオイさんと、その横で小さく溜息ついてるグレンさんの表情が大変に微妙である。まあ、仕事で来たんだから頑張りたい、ところだ。うん。落ち着け自分、あとタケダくん。

 顔を引きつらせそうになりつつ、入口からお邪魔する。うわ、何かこう、生臭いんだか化粧臭いんだかよく分からん匂いがした。ついでにお香か何かたいてるらしく、いろんな匂いが混ざってきつい。


『ま、まま、はなおかしくなるー』


「うわ。タケダくん、とりあえず中入っとけ中」


 蛇がギブアップするって、どんな匂いだよ。魔術師用のローブって、裏側に伝書蛇入れる用の特殊ポケットあるんでそこに入ってもらおう。匂いなんかも、ある程度遮断できるらしい。そうか、こういう時のためのポケットか。

 で、いきなり中から野太い声がした。


「あら? アオイちゃん、いらっしゃあい」


「こんにちは。さっきは部下がお世話になったんじゃない?」


「コクヨウちゃんにはしょっちゅうお金落としてもらってるからねえ、大したことないわよう」


 あーえーと、アオイさん普通に会話してるんだけど。いや、こっちにもこういう人いるんだなー。向こうでもテレビでくらいしか見たことないんだよね。顔、引きつった。

 そんな俺を見かねてか、グレンさんがしぶしぶ口を挟んでくれる。


「副隊長、店長。可愛い新米隊員が状況掴めなくて固まってるんだが」


「あら。ジョウ、ここ初めてだった?」


「やーねえアオイちゃん、平然とここに聞き込みに来る女の子はアナタくらいよお」


 ま、まあアオイさんはハナビさんと仲いいみたいだし、友人の顔見に来る感覚なんだろうと思うんだけどさ。いや、さすがにこの人店長さんだったのか、には驚くって。

 で、その店長さんは俺を見て、筆で書いたみたいなまつげをくっつけた化粧の濃い顔でばっちん、とウィンクしてみせた。うわ、音しそう。


「『兎の舞踊』を仕切ってる、シンゴよん。マヤが迷惑掛けたわね」


「あ、はあ……」


 えーまーうん。いわゆるごつ目のおっちゃんがお化粧して、さすがにドレスとまでは行かないんだけどやっぱり女性用だよなあ、っていう服を着ている。声も野太いんだけど、口調は……これが普通なのか営業なのかはさておいて、慣れないと駄目、だよなあ。がんばれ、俺。


「……スメラギ・ジョウです。新米魔術師やってます、よろしく」


「まあまあ。お嬢ちゃんがハナビの言ってた、ラセンちゃんのお弟子さんね?」


 とりあえず自己紹介すると、店長のシンゴさんは頬に手を当てて目を見張った。うん、しぐさも割と女性的だ。俺より、ずっと。

 んでもって、シンゴさんに手をぐっと握られた。痛い痛い、さすがに筋力はそのまんまらしいから痛いって。


「ラセンちゃんにはアタシたち、いろいろお世話になってるのよ。何でも協力するから、安心してちょうだい」


「そ、そうなんですか?」


「そうなのよ。お客様や新しい子が変な病気持ってないかとか、きちんと調べられるのはラセンちゃんが持ってきてくれた魔道具のおかげだしね。こういうお仕事だとね、その手の病気は天敵なのよお」


 一気にまくし立てるシンゴさん。唾飛んでこないかとやっぱり引きつったけど、そこら辺は意外にちゃんとしているみたいだ。何が、と言われても困るけどな。

 にしても、この世界でも性病とかそういうのはあるわけか。しかし、もし病気にかかってたらどうすんだろ。と思ったらつい、尋ねてしまった。


「病気、感染してたらどうするんですか?」


「それがね。大昔に来た『異邦人』の中にすごいお医者様がいたらしくて、病気をはねのけるお薬の作り方を伝えて下さったらしいのよ。今でも何で効くかは分からないんだけど、そのお薬をしっかり飲むことで病気にかからなかったり、治ったりするのよお」


 えらく大雑把だな、とくねくね身体曲げながら嬉しそうに語るシンゴさんを見て思う。

 要するに、ワクチンだの特効薬だのの作り方を伝えた人がいたってこと、だよな。いや、俺と同じ世界から来たのかどうかも分からないから、実際にはマジで魔法の薬だったりするかも知れないんだけど。

 変なとこで役に立ってるんだな、どっかの世界の何か。

 だけど、それが何で次の言葉に繋がるんだろうな。


「だからね、お嬢ちゃん『異邦人』なんでしょ? アタシたち、その意味でもちゃんと力になるから。大昔お世話になった、その御礼よ」


「……それは助かりますけど、でも俺がお世話したわけじゃないですし」


「だって、大昔のお医者様にお礼を返すことはできないもの。それに、『異邦人』って元の世界と習慣とか違って大変なんでしょうし」


 何だろう。すっごく筋が通ってる気はするんだけどでも何かええと、うん。

 よく分からないけど、丸め込まれた気がするよ。まあ、悪い人じゃないみたいだし。というか、悪い人だったらハナビさんやハナビさんに話を聞いたアオイさんがしばき倒していると思う。

 そう思ったので、とりあえず話を聞くことにした。いや、そうでなくても話は聞くんだけど。大体、この場合の責任者は副隊長であるアオイさん、だしなあ。

 そのアオイさんは、真正面から突っ込んだ。分かりやすいなあ、もう。


「はっきり言うね。グンジ男爵について、なんだけど」


「あー、あの金に物言わせるオジサマ?」


 対するシンゴさんも、素直にぶっちゃけた。ビジネストークとかやれそうなもんなんだけど、そうする必要もないらしい。……マジで評判良くないんだな、グンジ男爵って。

 納得したようににやりと笑ったシンゴさんは、くいと顎で奥を指し示した。うわあ、こういう表情でこういうことすると、すげえ迫力ある。やっぱ、この手のお店仕切ってるだけのことはあるんだな。


「いいわよ。上がってちょうだいな、奥のお座敷で話しましょ」


 ……お座敷、あるのか。いや、俺の知ってるお座敷かどうか知らないけどさ。

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